機を見るに敏は雑賀の衆 29-6
伊勢の北畠具教の一族が織田信長に粛清された三瀬の変は伊賀と甲賀の郷だけでなく雑賀の郷にも影響を与えていた。
北畠具教だが表向きは信長に忠節を誓っていた。だから信長の次男の信雄を養子として迎え入れ自分の娘の雪姫を信雄に嫁がせ伊勢の後継者にしていた。
ただ内心はそうでなかっただけである。密かに信長に抵抗する伊賀や甲賀の衆を助け熊野の衆とも関りを持っていた。それが信長にばれたので粛清された。歴史的にはそれだけである。
12月になっても信長の動きは特に無かった。
お菊はお凛、おいちと弥勒山寺砦でくつろいでいた。
「舞の奴、大丈夫かいな?」
「あんまりやな」
お凛がおいちに返した。
「なんか 嫌な事を忘れる って(紀伊)中津城で武道の訓練に励んでるわ。相手をしてる小雀や中津城の守備隊が悲鳴を上げてるわ。どうも伊賀甲賀に戻るにも大和や摂津、伊勢界隈の関の目が厳しいらしいので残るらしいわ」
「商人なら通れそうだけどね?いや、ここでもう覚悟を決めてるのかもね」
お菊が言うとお凛もおいちもうなずいた。
「それにしても七ッ童子筆頭の小雀が舞の訓練相手に悲鳴を上げるなんて相変わらずの強さだね。でも舞ひとりで何とかなるんじゃない?」
「そうは言ってもさすがの舞も鉄砲で撃たれたら終わりやで!」
お凛がお菊に返したが。
「確かに信長公が伊賀と甲賀を狙ってるそうだけど。心配だろうね。こちらも援軍も出せないし」
お菊が再度同情すると
「ただ熊野衆が織田軍を今年の夏に押し返したそうだわ。だから伊賀甲賀に来るか雑賀に来るか読めんけどな」
「でも織田が熊野衆に大敗してその原因が具教様が裏で熊野衆を支援していたって信長公に見破られて粛清されたらなんか本末転倒じゃん?ってみんな隙あればそんな簡単にお侍って主君へ手の平返しするの?」
お菊だが不思議そうにおいちに聞いたが。
信雄だが三瀬の変が起こる年の夏に紀伊の東の熊野衆を襲ったが返り討ちに遭って大打撃を受けて信長の逆鱗に触れていた。
「ただの 言い掛かり ちゃうかな?確かに北畠氏があまり織田の言う事を聞かんのは事実としてもやっぱ直接伊勢を織田で統治したかったんやろうな」
お凛が冷静に言うと
「そうや!信雄殿の姫の雪姫様って父上(具教)様らが殺られたんで追って自害しようとしたけど無理やり信雄殿に止めさせられたって!」
「信雄殿ってひどいね。姫の親兄弟を自分たちが殺めておいて姫は自害させないって」
お菊が呆れたが
「なんか雪姫様ってすごい美少女らしいねん!それで信雄殿が無理やり自害させんかったらしいで!美少女って得やな!」
おいちが軽く言ったが
「あんた何言ってるのさ?男の勝手じゃん。ひどい話だよ」
お菊が呆れたが
「そうやな。でもやっぱ怖いわな!ウチも自害しろ言われてもあんまり自信ないわ」
おいちが正直に言うと
「あたしも無理だな。突っ込んで敵に倒される方がマシ」
お菊も正直に返したが。
「まぁ姫様はお家のために嫁に行って手打ちになったらお役御免で磔台行きなんてほんまひどいわ!よくある話らしいけど。ウチは覚悟は一応出来てるけどなぁ」
おいちがぼやくと
「アンタ何を言うてるねん。何度も言うてるけど磔台に行きたくなければ織田に詫びるしか方法無いんやで?アンタの美少女力で信長公に捨て身で詫びに行くしかないで?織田も冬は雪で動けんやろうけど早ければ春先に絶対にここに来るで」
お凛がいつものように織田に詫びるように言うと
「それはウチの権限外や。残念やけど」
「美少女力が生かせんかったらただのお飾りやんけ!まぁホンマに美少女かどうかは織田が決める事でそうじゃなければ おさらば やけどな」
お凛がおいちに嫌味で返すと
「なんやと!凛凛!今のは聞き捨てならんわ!」
「口だけ美少女なんてこの期はいらんねん!雑賀の姫の実力見せてみ!」
「くうう!その減らず口は腹立つな!ウチがアンタよりもちょっとだけ美少女やからって女のやっかみはアカンで!」
「なんやと!ウチはおいちには引けを取らんと自負してるわ!伊達に堺衆を引き連れておらんで!」
おいちとお凛が口論を始めたが
「まぁまぁ、おいちも凛凛も落ち着いてよ。あたしもまだなんか良い方法無いか諦めてないからさ」
お菊がおいちとお凛の間に入って2人をなだめたのである。
12月も後半になると根来の郷や粉河の郷で製造された大量の川船が根来衆の拠点の根来寺周辺に集められていると忍びの知らせが入った。紀ノ川を渡るための織田の大船団で織田も春にはまず雑賀攻めで動き出すのではと根来の郷でも話題になっていた。
伊賀衆からも尾張、美濃、近江で織田の兵の動き有りと雑賀の郷に知らせが入っていた。
「お菊!たまには訓練の相手をしてよ。腕がなまるでしょ?」
ある日お菊は舞に声を掛けられたが
「あなたが強いのは承知だから遠慮するよ」
お菊が断るとと
「え~。つまんないな。そろそろ訓練に本腰入れた方が良いわよ。伊賀衆から尾張美濃で織田の動きありって。もしかしたら来月にもここに来るかもよ」
「正月は織田も雑賀ものんびり過ごすと思うよ」
舞は驚かせるつもりで言ったがお菊は乗って来なかったが。
「余裕ね。さすが本気出すと誰も手に負えない地獄のお菊ね」
「その言い方、すごく嫌だな。でもその手も乗らないよ」
「あなた、織田の中ではそう呼ばれているのよ」
舞が真顔でお菊に返すと
「関係ないよ。それに今回の戦は無益で勝てないよ。地獄のなんとか呼ばわりはどうでも良いけどあたしも地獄行きは覚悟してるよ。だから達観してるだけだよ。だから空いてる時間はおいちやお凛とだべって楽しく生きてる残り時間を楽しむんだよ。どうでも良いよ」
お菊がやる気なく返すと舞も少し黙った後
「あなたがそんな弱気と思わなかったな。残念だな」
舞が返すと
「あたしは政治が分からないけどなんか裏があり過ぎてげんなりなんだ。石山本願寺が降伏してくれれば雑賀の郷だって救われるのに援軍も出してくれないでひどいよ。雑賀の郷はあんだけ本願寺に助けに行ったのにさ」
お菊が正直に悲しそうに返すと
「そうだね。政治、お金、信仰、愛情なんでもごっちゃかな?お菊が答えを見つけてみたら?」
「死ぬ前までに見つけたいけど自信無いな」
お菊が舞に返すと
「そこまで感じられるならお菊も大人になっているのでは?良いんじゃない?お菊が今日は乗り気で無いのは分かったからまた今度気が乗ったらお相手してね!アディオス!」
舞はそう言いうと部隊に戻って行ったのである。
「舞の奴、よくやるけど。でも舞もおいちと一緒で伊賀甲賀の 惣 を守るためか。あたしにはそれが実は分からないのかな。でもほんと本願寺もなんで救ってくれないのさ」
お菊は呟いた。
年が明け1577年の正月になるとぜんざいが配られ陣中で軽く正月を祝ったが石山本願寺からの支援で貴重な甘い砂糖の入ったぜんざいが配られたのである。
「冬は助かる!癒される!」
「おいしい!やった!」
お菊や小雀は貴重な甘味に大喜びだった。
「良い知らせや!本願寺がついに少しやけど援軍を出すって!毛利も村上水軍を少し出してくれるそうや!あと織田が動き出したわ!みんな気合やで!」
おいちが言うと
「ぜんざいは助かるけど信長公、安土城ってすごい山城作ってるみたいやで。安土に行った会合衆が仰天してるわ」
お凛がそれを止めるように間に入ったが
「ウチらは織田の拠点なんて興味なし!守りだけやで!」
おいちがいつもの 作った 軽いノリで返すとお凛は不満そうに言うのを止めたが。
その後、お菊だがお凛と密かに話したのである。
「凛凛!あんた大丈夫?最近は雑賀の郷でも浮いてるけど堺の会合衆にも目を付けられてんじゃ?」
お菊がお凛を心配すると
「堺の商人はみんな信長公からの注文で大わらわやそうや。鉄砲や甲冑や太刀や槍や鉄盾やでみんなウハウハやて」
お凛は侮蔑気味に言った。
「あんたが勝手に雑賀の郷に参加してるとしても堺に戻ったら罰されちゃうでしょうが?」
「ウチは雑賀の郷に戦わないよう説得するためここに居るんや。だから雑賀の衆に嫌な顔されても平気や」
「でも雑賀の郷は戦う気満々じゃん。無理だよ」
「それでも最後まで諦めん」
「無理だって」
お凛はそれでも下がらなかった。
「堺に帰って文句じゃなく痛ぶられてくたばるならここでくたばるだけやで」
「……そうだね」
お凛の気合にお菊もそれ以上は言えなかったのである。
「1月の終わりに来るって!違いないわ。明智光秀公の奥方や羽柴秀吉公の息子が亡くなったのでいったん止まってたんやろな。喪明けや」
1月の半ば、おいちは弥勒山寺砦でまくしたててた。
「明智殿や羽柴殿に味方の根来衆や高野山だけでなく石山本願寺からも弔意の使者を送ってたって。変な関係だよ」
お菊はなんか分からないと言った顔をしたが
「村八分でも残り二分の一分は葬儀は手伝う。惣 ってそう言うもんやね」
「お侍なのに?」
お菊は怪訝な顔をしたが
「お侍たって元は地侍言うくらいやから農民みたいなもんやね」
「そうなの?ふうん」
お菊はよく分らず納得しなかったが。
「で、後の一分は?」
「火事の火消や」
「なる(ほど)。今回は関係なさそうだね。逆にこっちが(織田からの)火の粉を被ってるくらいだよ」
お菊が不満そうに返すと
「あと嬉しいわ!七ッ童子がこっちに来てくれたわ!」
おいちは嬉しそうに言った。小雀は来てくれてたが鶴首、蛍ら女子衆だけでなく無二、下針、発中、但中らも合流すると言う。
「大丈夫なの?凛凛と同じでなんかあんたに物言いのために来たんじゃ?」
お菊がお凛を思い出しながら言うと
「雑賀の良い所は個人にお任せや。己の信じる道を行けって。それでも構わんわ」
おいちは軽く言ったが
「それってまとまりが無いでしょうが。混乱すると思うよ。弱点でしょうが」
お菊はずばり言ったが
「誰からも押し付けられへん。だから 惣 はやめたくないねん」
「そうだけどさ(それじゃあ結局は勝てないってさ)」
お菊はおいちになんかやけっぱちを感じたがそれ以上言うのを止めたが。
「お菊さん!」
数日後、お菊は小雀に声を掛けられた。
「七ッ童子のみんなとお菊さんと一緒に戦えるなんて!嬉しい!」
小雀は急に変な言い方をしたのである。
お菊は小雀の落ち着かない表情を見て小雀の意図を見抜いたがそれで平然と対応したが。
「お菊さん!あのう」
小雀は言い難そうに言った。
「なに?」
「お凛さんの事なんですが」
「凛凛がどうしたの?」
お菊は普段通り返したが小雀は少しもじもじした後、一気に言った。
「あの人、堺の会合衆の豪商の娘さんですよね?織田の間者じゃないかって」
「そんな事無いよ。結果的にそうなってもさ」
お菊は平然と返した。
「お菊さん?どういう意味で?」
小雀はお菊の返しに驚いたが
「雑賀の郷だって織田に付く人が居るでしょ?それと同じよ」
「でも!」
小雀は戸惑っていた。
「配置とかの情報が織田に渡ったら!勝てなくなるかも」
「勝てるかどうか怪しい戦だからあたしは気にしてない」
「お菊さん!でも!」
小雀はお菊の予想外の返しに戸惑ったままだったが
「それでも凛凛は雑賀の郷が降伏しなくても最後まで残る気だよ。だって雑賀の郷を降伏させるのが失敗したら堺に戻っても無事で済まないだろうし残るしかないじゃん」
「そうなんですか。じゃあ、あたしたち、お凛さんを実は巻き込んでいるのかな?すみません」
「おいちも言ってたよ。凛凛も分かってる。あたしも。気にしない!本願寺に居ても同じだよ」
動揺する小雀にお菊は普段通りに振舞ったが。
「お菊さん。あたしたち 惣 を守るために戦うって間違ってないですよね?あたしたち 正しい ですよね?」
小雀が真顔で言うと
「もちろん!だから手伝うのさ!」
お菊が笑顔で返すと小雀は納得したのか笑顔になり
「お凛さんの事はごめんなさい!戦になったら一緒に頑張りましょ!」
小雀はそう言うと部隊に戻って行ったのである。
ただお菊はなんか自分が本心を小雀に言い切っていないばつの悪い気もしたが。
1月後半になると本願寺の応援としておふうと村上水軍が到着。マリア、金閣銀閣らの六花仙の援軍も到着し雑賀の郷の戦力は3千近くまで増えたのである。
そして雑賀衆の安堵も束の間についに織田信長が動き出したとの知らせも入ったのである。
織田信長の紀州攻めの幕が開けたのである。




