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機を見るに敏は雑賀の衆 29-5

 雑賀城だが紀伊南部からの南紀衆の援軍も続々と到着し賑やかになっていた。

 ただ南紀衆は武装した地侍農民漁民で雑賀衆と違い鉄砲は得意では無かったがそれでも太刀打ちが苦手な雑賀衆が鉄砲の弾込めしている間の守りに力を発揮してくれるのは違いなかった。


「雑賀城から北へ雑賀川に沿って弥勒山寺、打越山、虎伏山の各砦、そして(紀伊)中津城の線が東側の恐らく織田の拠点の太田城からの防衛線です。中津城は(雑賀荘側で紀ノ川の対岸の)十ヶ郷や総持寺、中野城を落とした後に紀ノ川を渡って攻めて来るであろう織田側の渡川妨害も兼ねます。海側(西側)には雑賀の水軍衆も展開させ連携して織田側が紀ノ川を渡るのを抑えます」

 岡吉正だが簡易な手書きの地図を広げながら鈴木重秀に策を語っていた。

「雑賀川には 仕掛け を行いました。そう簡単に突破できないはずです。土橋党の士気も高い」

重秀の重臣の的場昌長も続いたが

「紀ノ川と海側から上陸されなければ何とかなるだろう だな」

 重秀が重い口調で言うと岡と的場は頷いた。

「ただ、やはり戦力は不足している。数で押し切られるかもしれない。本願寺や毛利からの援軍は来ないのか?」

「残念ですが望み薄かと」

 水軍衆の狐島吉次が重秀に即答すると

「足弱衆(女子供老人)を(一緒に籠城させて)手伝わせますか?弾込めくらいは役に立ちますし敵には数がいるように見えますし」

重秀の重臣の佐武義昌が相談すると

「無理強いは駄目だ。当初の予定通り戦えない者、戦いたく無い者は順次雑賀の郷から紀伊の山奥へ熊野党に頼んで逃してもらえ。自由なのが我ら雑賀党さ」

「良いかと。味方の兵も家族が無事なら安心します。足弱衆の件は熊野党が紀伊の奥地まで案内してくれるので安堵しています。さすがの織田も追えないでしょうね」

 重秀の返しに佐武は安堵したが。


「で、いつ、信長公は来るか?」

 重秀は岡に聞くと

「おそらく年末の雨が少ない鉄砲が威力を発揮する時期に攻めて来るでしょうな」

「ただ、貝塚や泉佐野の砦、堺に居る味方からも織田側に何の異変も無いと」

 岡と重臣の佐武義昌が即答したが。

 重秀は一呼吸置くと

「今更だが倅(息子)を(人質として)渡すと言って信長公は頷くと思うか?」

「根来衆と高野山を信長公は味方にしたのでもはやそれも必要ないのかと」

「うむぅ。まさか信長公が雑賀だけでなく根来や高野山を切り崩して来るとは」

 岡の返しに重秀は再度重い口調で返した。

「今は最大限に抵抗して見せるしか無いかと。激しく抵抗すれば向こうも考えを改めるのではと」

 狐島が返すと

「分かった。みんな引き続き準備を怠るなよ」

 重秀も覚悟したのである。


「岡、少し相談が」

「承知です。三井寺坊主や熊野衆らを根来や高野山に遣わせて信長公と再度交渉をもさせておりますので」

 重秀は全体の打ち合わせの後に再度岡と何か話をしていた。

 

 11月になるとお菊だがおいち、お凛、舞、小雀と一緒に和歌浦の宿所から今回の雑賀側の主力拠点になる弥勒山砦に移動した。

「雑賀川沿いには既に柵は設置済みで紀ノ川との合流箇所まで何ヵ所か砦を作って織田を迎え撃つらしいわ」

「なるほどね。連なる丘みたいな高台を拠点にするんだね(雑賀城、弥勒山寺、打越山、虎伏山など)。これなら少数でも何とか守れるのかな?中津城だけが一番きついのかな?」

 お菊はおいちに返したが。

「織田がどんくらい兵を動員するか次第かいな?こっちは良くて2千くらいかいな?でも織田が間違いなく数万の大軍で来るやろうな」

 お凛は絶望的に冷静に言った。おいちは黙っていたが。

「宮郷の太田城に織田の兵が既に出入りしてるとか。内通者からの情報です。戦が近いんでしょうね」

 小雀が心配そうに言った。太田城は雑賀衆でも織田に付いた宮郷の拠点である。

「根来衆の内通者からもそのような情報が入ってるので違いないわ。根来寺や粉河寺周辺では上流から木材を切って来て川船を建造させているらしいわ」

「紀ノ川を渡る船を作らせてるの?」

「大当たり!」

 おいちはお菊にわざと軽く返したが。

「まずいじゃん。雑賀の水軍衆で抑えられるの?」

「だから中津城で紀ノ川を渡らんよう抑えるねん。中津城は重要やねん。アンタら(お菊、お凛)と舞、小雀ら主力を入れるで。後で案内するわ」

 おいちは普段通り軽く話していたが。


 弥勒山砦で休憩後においちに連れられてお菊、お凛、小雀、舞は紀伊中津城に向かった。中津城は北に紀ノ川、西に雑賀川が流れる要衝に建つ小さな平城だが紀ノ川を渡らせないためと織田の鉄砲対策で城壁は強固に作られ一部鉄の防御板をも内側に張り付け、高価な鉄盾も多数配備されていた。

「一番お金が掛かってるのはこの城やわ。一番安全やで」

 おいちは軽く言ったが

「でも大軍に包囲されたらキツいなぁ。小雀以外の七ッ童子はどうなったのさ?」

 お菊がおいちに聞くと

「もしかしたら無二が来るかもしれんけど他は今回は中立やって」

「そりゃ負け戦には来ないやろうな?なんで信長公に詫びないねん?」

 お凛が不満そうに言うと

「惣を守るためやで。そんだけ」

「信長公に頭を下げたくないんやろ?分かるけどもう戦力差はいかんともしがたいで」

 お凛がおいちに不満そうに言うと

「そうやな。凛凛の言う通りやな。そうや!ちょ!来てや!」

 おいちだがそう言うと紀ノ川に近い物置に小型の船を隠してるのを見せたのである。

「みんな危なくなったらこれで逃げてや」

「あんた何言ってるのさ?」

 お菊が呆れると

「ウチらが今回すごく無茶言ってるのウチだってよく分ってるわ。巻き込んですまんと思ってるわ」

 おいちがにこりと笑いながら言うと

「こんな船で織田の船がうようよいる中を脱出なんて出来ないって。蜂の巣になるよ。あたしたちがここに来たのは本願寺に居ても結末は同じかもしれないから来ただけだよ」

 お菊が返すと

「ウチは会合衆とは別行動してもうたから覚悟の上や。でもな、アンタらがやはり考えを改めるの待つけどな。お節介やけどな。あとおいち!ウチは水が苦手なんや。こんな小舟に乗って逃げなんてアンタ拷問やで。ひっくり返って溺れ死ぬくらいならここで戦って死ぬわ!」

 お凛の言い方においちもお菊も笑ってしまったが。

「アンタらに覚悟させてすまんわ。ほんならウチもここに一緒に籠城するかいな?一緒に極楽か地獄かどっちかに行くのもええかな」

 おいちは涙目に笑いながら言うと

「あなたは駄目よ。弥勒山砦に居て。あそこが一番安全よ。あなたは最後まで責を持って最後に降伏するかどうするかまで考えてそれでもダメならあたしたちを追うように極楽か地獄に来てくださいね」

 舞がさらりと言うと

「ううう。みんな、ちょっとすまんわ」

 おいちは背中を向けると少し嗚咽しながら下がったのである。

「そう簡単に殺られないよ。そう簡単にはさ」

 お菊も呟いたのである。


 しかし11月も後半に入っても織田に動きは無かった。織田の主力は美濃や尾張、近江におり佐久間信盛も摂津で本願寺と睨み合ったままで松永久秀や荒木村重も動きは無かった。柴田勝家や羽柴秀吉は関係がおかしくなりそうな上杉謙信対策で北陸で動けなくなっていた。ただ明智光秀だが丹波攻めを中途半端だが信長の命で中断し静かにしていると言う。

 だからお菊だけでなかったが何か嵐も前の静けさのようにも感じたが。


「お菊!」

「舞?どうしたの?」

「おいちとお話できなくて寂しいんでしょ?あたしが暇だからお相手しようかなってね?それとも武道の訓練でも久々にしない?」

「むかっ!そうだ!なんか動きが無さそうだから弥勒山砦に行っておいちとだべって来ようかな?」

 お菊だが久々に弥勒山砦に行っておいちと無駄話でもしようかなと言ったが

「ここをお凛と一緒に時々密かに抜け出しておいちと茶菓子や無駄話しに行ってるんでしょ?お見通し!」

「う!さすが並みのくノ一じゃないね」

 お菊だが舞に普段の行動がばればれでたじろいだが。

「重秀様が呆れてたわよ」

「女子(おなご)はおしゃべりが好きなの!」

 お菊は素知らぬ顔をしたが。

「ところであなたに相談があってね」

「何さ?」

 舞からの予想外にお菊は不思議がったが

「伊賀衆、甲賀衆から知らせがあって尾張の織田兵が動きだしたけど伊勢に向かってるみたい」

「伊勢?何でさ?」

 舞からの情報に政治に疎いお菊は分からなかったが

「分からない。伊勢山田の商人で雑賀衆や毛利と取引してる者への脅しか雑賀衆や南紀衆に味方する熊野三山(熊野本宮大社)を攻めて動揺させようとしてるのかも」

「ふうん。そういう話ならおいちと凛凛が得意だから一緒に相談に行く?」

 お菊が舞に聞くと

「そうね。心配なのは織田が熊野三山を襲って雑賀の郷に向かおうとしてるのならば織田が時間が掛かるのは分かるわ。だったら雑賀の郷も熊野三山に援軍を送って織田に打撃を与えておけばこれからの雑賀での戦いは少しは楽になるかなってね」

「先手を打つのか」

 お菊に対して舞は頷いた。そして

「これならあなたもおいちとお話する名分立つでしょ?おしゃべりに行くだけだったら重秀様に呆れられちゃうでしょ?」

「むかっ。否定できないけど。じゃあ行こうよ」

 こうしてお菊、舞、お凛は弥勒山砦のおいちの元に相談に行ったのである。


 弥勒山砦に行ったお菊、舞、お凛だが舞が伊賀衆や甲賀衆からの情報で織田の尾張衆が伊勢に向かう気配があるとの知らせをおいちに知らせると

「こちらでも熊野党からその話は聞いたわ。けど兵があまりに少ないし熊野党じゃなくて伊勢山田の商人が狙いか大型の安宅船を織田の九鬼水軍が作ってるらしいんでそれの物見かいなって噂やねん」

 おいちが言うと

「なる(ほど)。熊野三山攻めには兵が少ないか」

 お菊が返すと

「堺の商人からもなんか織田が九鬼氏の造船所ででかい安宅船を作ってるって噂はあるみたいやで」

お凛も続くと

「熊野三山は大丈夫かなってウチらは見てるんや」

 おいちが言うと

「そっか。確かに熊野攻めにしては兵は少ないね。杞憂だったかな?」

 舞が う~ん と返すと

「それより嫌な知らせが入ってるねん」

 おいちが小声で言った。

「嫌な知らせって?」

 お菊が不思議な顔をすると

「太田城に明智殿の配下の溝尾茂朝殿と羽柴秀長殿の弟の秀長殿が入ったらしいで」

「明智殿の重臣の溝尾殿が来たのは嫌な感じだね。ところで羽柴秀長さんって誰?」

 お菊がおいちに聞くと

「羽柴秀吉公の弟で信長公がめちゃ評価している人やって。長 は信長公から一字もらったみたいやからかなり優秀らしいで」

「それ、もうすぐ紀州攻めが始まるんちゃうか?まずいやんけ」

 お凛がおいちに懸念したが。

「明智殿と羽柴秀吉殿が来るための下準備か」

 お菊も納得したが

「いや、噂なんやけど溝尾殿が明智軍を率いて秀長殿が羽柴軍を率いるそうや」

 おいちが言うと

「明智殿は丹波、秀吉殿は柴田勝家殿と一緒に謙信公が怖いので加賀(北陸)方面を離れられんのやろうな。さすがええ判断やな」

 お凛は感嘆していたがおいちが首を横に振ると

「いや、なんかお家の事情らしいで。明智殿の正室様が亡くなったそうで明知殿が動けんそうや。秀吉殿も嫡男が病で亡くなって2人とも憔悴してるそうやで」

 おいちが小声で言うと

「そうなんだ。それは敵さんだけど辛いね。南無阿弥陀仏。でも明智殿の奥さんまだ若いのに」

 お菊は比叡山焼き討ち時に見た光秀の正室の煕子とその娘たちを思い出したが。

「秀吉公の息子さんも3歳くらいやって。可愛そうやな。南無阿弥陀仏」

 お菊の手を合わせて南無阿弥陀仏を唱えたが。

「織田も戦どころじゃないのね。そうなると織田の伊勢への別動隊はやはり伊勢山田の商人への圧か九鬼水軍が作った安宅船の件かしらね?」

 舞は不思議そうな顔をしたが。


「なぁ!ちょっと安堵やからせっかくやから堺から手に入った砂糖と卵たっぷりの特上カステラみんなで食べよ!小雀も呼んでや!」

 おいちが嬉しそうに言うと

「信長公に堺衆は目付けられてるのに。変な買い物して堺衆を困らせるのやめてや~」

 お凛が口を尖らせたが。

「ええやん!明日どうなるか分からんのやから生きてる今を楽しもうや!」

 おいちが返すとみんな苦笑いしたが。

「織田も動けそうも無いから広いここ(弥勒山砦)でしばらくゆっくりしようかな」

 舞も安堵したのである。


 しかし数日後、伊賀の郷から早馬が書状を持って飛んで来たのである。その中身を見て一番青ざめたのは舞であった。


 伊勢に向かった織田軍の目的は伊勢の北畠具教ら北畠家一族の粛清と抹殺だったのである。世に言う 三瀬の変 である。

 信長だが言う事を聞かなかった北畠一族を滅亡させると伊勢を事実状の支配下に置いたのである。


「まずい!信長公が具教様を討つなんて夢にも思わなかった!信長公の狙いは伊賀と甲賀の郷だ!」

 舞は口走った。


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