機を見るに敏は雑賀の衆 29-4
石山本願寺を出港した毛利村上水軍の安宅船を中心とした船団は2日程の行程で雑賀の郷の重要拠点、雑賀荘の和歌の浦に入った。和歌の浦から雑賀衆の拠点の雑賀城はすぐである。
「ようこそ雑賀の郷へ」
雑賀城でおふう、お凛、お菊を出迎えたのは雑賀衆の棟梁でおいちの父親の鈴木重秀である。
「お久しゅうございます」
おふう、お凛、お菊らは重秀に深々と頭を下げた。
「信長公だが(真言宗系の)根来衆や高野山を味方にしつつある。雑賀の郷でも門徒が多数を占める雑賀荘や十ヶ郷以外の(門徒が少ない)中郷、宮郷、南郷は信長公に味方するようだ」
重秀が重い口調で言うと
「顕如様は苦境の皆様をお手伝いすべく毛利氏と協力して大量の兵糧米と硝薬をお渡しいたします」
おふうが返すと
「これほどの支援物資とはありがたい。でも応援の兵力は期待できないのか?」
「残念ながら本願寺も余裕が無く今は兵は出せません。織田の切り崩しは進めています。もう少し辛抱を。代案もあります」
「分かりました。でももはや時間があまり……」
おふうに重秀は何か言おうとしたがそれ以上が言わなかったが。
「それでも我々は信長公がここに攻めて来るのであれば全力で迎え撃ちましょう。長期戦に持ち込めば地の利に明るいこちらが有利」
重秀の手前に居た雑賀衆の重臣の初老の男が言った。
重秀だけでなく重秀の重臣の岡吉正も一瞬渋い顔をしていた。
「?」
お菊はこの男が誰か分からず不思議な顔をしたが。
「もし信長公がここを攻めるのであれば門徒は雑賀の郷に救援に向かうよう顕如様は檄を飛ばしています」
おふうが言うと
「予定通りですな。我々も並行して雑賀荘の各砦の守りを徹底的に固めますので」
重臣の男が言うと
「土橋党の棟梁の貴方様が根来衆を懐柔してくれればこれ以上無いのですが」
おふうがしんみり言うと
「今回はそれはね。でも二手三手は打ちますよ」
土橋守重はにやりと笑って返した。
「……」
お菊はよく分らなかったが。
「ところで堺の会合衆は結局どうされます?」
土橋守重に対してお凛は数秒黙った後に
「会合衆の千利休様たちからの親書です。堺は商い以外のお付き合いはしないと」
お凛が緊張した顔で懐から千利休からの親書を取り出すと重秀は親書を受け取り表情を変えずにそれを読むと守重に渡し
「予想通りなので何も驚きませんよ。お凛殿。堺にとって信長公は大事なお客だからね」
守重が言うと重秀も
「銭を払えば物資は流してくれるだけでもせめてもの情けと承知」
淡々と返したのである。
お菊はなんかお凛の ふうっ と言う心の声が聞こえたような気がしたが。
「私とお菊はしばらくこちらでご厄介になりますので」
おふうが言うとお菊は一瞬お凛をちらりと見たが。
その後、おふうは荷駄の積み下ろしのため和歌の浦の港に戻りお菊とお凛は雑賀城の近くに和歌の浦の仮住まいの屋敷に通されたのである。
お菊とお凛を岡が案内した。
「我々が姫を差し出すと信長公に頭を下げたのに突然信長公が姫では無く殿(重秀)の息子(おいちの弟)を差し出せなどあんまりで困惑しているが」
案内の途中に岡が不満を言うと
「姫君や弟君を差し出したところで信長公は 惣 は認めないですよ(根来衆や高野山の所領も認めるはずがない)。なぜ根来衆(や高野山)はそれでも信長公に味方したのですか?」
お凛も岡に不満そうに返したが。
「比叡山の焼き討ちや長島一向一揆や越前一向宗での老若男女問わず撫で斬りを真顔でやる男だから決断したのでしょう。中郷、宮郷、南郷の門徒じゃない者ももう巻き添えは御免だったのでしょう。堺の会合衆も同じでしょうな」
岡が言うと
「そうかもしれません。堺も門徒宗はまだ粘ってもそうではない者はもう限界ですね」
お凛も岡に返した。
「……」
お菊は黙っていたが。
雑賀城から歩くとすぐの風光明媚な小さな和歌の浦に面した小洒落た屋敷が通された。海に面しており
「おおっ!お魚さんが釣れるわ!」
「良いね!」
お凛とお菊が軽く言うと
「小船があるのでいざとなれば沖に出られますしな」
岡も小声で返した。
そしてお菊とお凛が屋敷の中に入り襖を開けると
「オラ!アミ-ガ!(よ!女友達!)」
威勢の良い声がしたのである。
声の主はおいちだった。にやにやしながら座っていた。
「おいち!」
「何してんねん?」
お菊とお凛が驚くと
「嫁に行きそびれたわ!せっかくの玉の輿が台無しや!」
おいちが軽く言うと
「くくく!ゴメン!我慢できない!」
「紀ノ川で感動のお別れを演出したのになんやねん!このオチ!」
お菊とお凛は腹を抱えて大笑いし始めた。
「コラ!そんなに笑うな!ウチだってマジで恥ずかしいわ!」
おいちも顔を赤くし苦笑いしながら言った。
「信長公が正しいって!こんなお転婆姫は絶対に手に負えないもん!」
「信長公さすがよく見てるわ!こんなすぐ素っ裸になるのもアカンと思うたんや!」
「コラ!聞き捨てならん!」
おいちはお菊とお凛に膨れると
「アンタらも原因やで!」
「なんでさ!」
「なんでやねん」
今度はお菊とお凛がおいちに膨れたが。
「信長公はウチらをうるさい三羽烏って怒ってるらしいで。だから急に弟を出せ言うたんやで」
「しようがないよ。あの人敵だもん」
「惣を守るんやろ?だから戦になってるんやで」
お菊とお凛はおいちに再度反論すると
「くう!減らず口やな!あ~!雑賀の和睦工作もパァになってウチの安土か京での豪華絢爛生活も台無しや!」
おいちがぼやくと
「玉の輿も良いけどあんただって本当は行きたくなかったんでしょうが。オジンの殿さまにも嫁がなくて良くて丁度良かったじゃん」
「和睦工作の件も所詮は無理やったんやな」
お菊とお凛は淡々と返したが。
「ウチと釣り合う若いイケメンにしてくれって頼んだので信長公が怒ったのかいな?」
お凛とお菊はおいちのボケにがくっとすると
「アンタに選ぶ権利 無いやろ!てか余裕やな!」
「あんたって面食いだよね」
「くう!聞き捨てならん事をぬけぬけと!でもこうなったら反論できん!信長公め!今度はぎゃふんと言わせたるわ!あ~とにかく癪だわ」
おいちは口を尖らせていたが。
「で、雑賀衆は結局本当に戦うの?」
「戦うしかないやん!」
「織田の大軍を抑えられるんかいな?」
「だから顕如様に援軍を頼んでるねん」
(当てにならん)とお凛は言おうとしたが黙ったが。
「で、ここに来てくれたからにはウチらはまた一緒やろ?」
おいちが少し恥ずかしそうに言うとお菊はお凛を一瞬見たが
「安心せいや」
お凛は即答したのである。
「あたしもあんたと戦うからね」
だからお菊もおいちに返したが。
「そう言ってくれると思ったわ!」
おいちはお菊とお凛に抱き付いたのである。
ただお菊は再度お凛をちらりと見たが。
その後、おふうは雑賀衆への荷駄を降ろすと毛利村上水軍と一緒に一度石山本願寺に戻って行った。
おいちも雑賀城に入って今後の話をしていた。お菊とお凛だがそのまま雑賀の郷に残った。
お凛だが暇がある時は桟橋で釣りをしていた。ある日、お菊はお凛に聞いたのである。
「あんたここに居て堺の会合衆の千利休様に怒られない?大丈夫?」
「まだ粘るんや。土橋党は戦う気が満々やけど重秀様はそうでもないわ」
「そうなのかな?」
お凛の重秀の心中の解釈を聞いてお菊はいぶかったが。
「堺衆は協力できんし本願寺も兵が出せんなら勝負ありと思うわ。重秀様かおいちにもう一度(織田と戦っても結果は見えるって)話そうと思うわ」
お凛が言うとお菊はお凛の横に座ると
「あんたの言う事は分かるけどさ。やっぱなんかおかしくない?(鈴木)義兼様に聞いたんだけど土橋党って根来衆に顔が効くのに(根来衆は織田に付くのに)今回がなんで織田と戦うのさ?」
「ウチの推測やけど土橋党は重秀様を説得しようとしてるんかいなと」
「そうなの?でもこの前は(土橋)守重殿は重秀様以上に信長公と戦う気満々だったじゃん?」
お菊が訳が分からないと言うと
「信長公と重秀様が本気の戦いにならんように土橋党は わざと 仕組んでるんかいなってな。それか……」
「わざと?それか?」
「なんでも無い。考え過ぎた。ウチも実はよく分らん。だからまだここに居て調べてるんや」
「?」
お凛の返しにお菊は訳が分からないと言った顔をしたが。
お凛だがこの戦いの根は土橋と重秀の勢力争いでそれに信長が絡んでいるかと思ったのである。ただ確証は無いのでお菊に言わなかったが。
お菊もお凛もしばらくすると雑賀城に呼ばれるようになった。おいちの説明で信長の紀州攻めでの防衛戦の準備は順調に進んでおり雑賀衆は雑賀城のすぐ北にある丘の上にある広大な弥勒寺を要害に改修中でここに主力を終結。その先の虎伏山までもいくつか砦を造り雑賀荘の北端の紀ノ川に紀ノ川を渡る織田を阻止するため紀伊中津城と言う平城まで用意していた。今回雑賀荘と敵対する事になった中郷、南郷、宮郷との境界にある雑賀川も簡単に渡れないよう柵を設けるなど徹底的に守りを固めていた。
「なかなか準備万端で良いけど。やっぱなぁ」
お凛がおいちに言い難そうに言うと
「信長公がウチじゃ客将(人質)として不足言うても弟はさすがに出せんで」
おいちが言っても
「そうやけどな。あまりにも差が大きいわ」
お凛が言うとおいちも
「アンタらがいるから何とかなるわ」
おいちは軽く言ったがいつものおいちの軽さはお菊も感じなかったが。
「おいち、七ッ童子はどこに配備するのさ?」
お菊が聞くとおいちは少し間を空けた後に
「小雀はウチと一緒に行動するわ」
「他のみんなは?」
「まだここに来とらん」
おいちが厳しい顔で正直に言ったのである。
「そやろうな」
お凛が返すとなんかおいちとお凛の間に変な空気が流れたが。
「ま!南紀伊からも追って味方は来るで!」
おいちはそれでも明るく振るまっていたが。
数日後、意外な人物が雑賀城に来たのである。
「舞!」
「どうしたん?」
お菊とお凛は仰天した。伊賀の舞が配下衆を10名強率いて伊賀からやって来たのである。
「雑賀衆が滅ぶと困るからね。伊勢から紀伊経由で遠いけど来れた。伊勢の北畠(具教)様が密かに味方してくれてるの」
舞が返すと
「伊勢の北畠具教様?信長公の家臣衆でしょ?」
お菊が不思議な顔をすると
「北畠様は信長公が嫌いだから密かに通してくれたのよ」
舞が目配せしながら言うと
「?」
お菊はよく分らずぽかんとしたが。
「久々に武道の訓練の相手をたっぷり楽しませてもらお!お菊はすごい事になってるって噂を聞いて楽しみ!」
舞が軽く言うと
「別にあなたには特別な感情無いからちょっと力が出そうもないなぁ。舞、ごめんね」
お菊が真面目に返すと
「ありゃりゃ!」
舞はガッカリしてたが。
「ようし!南紀伊から援軍が来たら倍くらいに兵は増えるで!何とかしたる!」
おいちの気合をお凛はちょっと不満そうに見ていたが。




