機を見るに敏は雑賀の衆 29-3
顕如との話し合いが終わって10日が過ぎ秋が近くなる頃、毛利領安芸から兵糧や硝薬を満載した安宅船を中心とした船団が石山本願寺に到着したのである。本願寺向けの荷駄と毛利からの使者を降ろすと入れ替わるようにお菊とお凛らを乗せて雑賀の郷に向けて安宅船を中心とした船団は出航した。
「あんたたちが来てくれると心強いよ。鈴木(重秀)殿もおいちも雑賀衆も息を吹き返すよ」
毛利や村上水軍衆との窓口は下間頼龍とおふうが行っていたが今回はおふうが雑賀の郷に同行していた。この船団は毛利輝元の肝入りで編成され操船は村上水軍が行っていた。
「(下間)頼龍様は今回来ないんやね」
お凛がおふうに聞くと
「そうさ。顕如様は雑賀衆との交渉はお凛とお菊が一番って判断したのさ」
おふうが返すと
「そんな大役は困るわ。ウチ、断ったのに顕如様に押し切られたわ。なんでやろ?」
お凛が不満そうに言うと
「あんたたちの 女子の友情 が一番だって」
おふうがにこりと笑いながら言うと
「でも堺の会合衆はもう雑賀衆には協力しないって決めたのにな」
お凛が返すと
「顕如様はそれもうまく行けば覆るって期待してるんだよ」
おふうが返すと
「なんか見透かされてるみたいで嫌やな」
お凛は不満を言ったが。
「でも織田の戦力は強大だよ。阿虎様(上杉謙信)や甲斐の武田勝頼公が味方してくれてもやはり苦しいと思うけど。だから堺衆も根来衆も織田にひれ伏せたのでしょ?」
お菊が言うとお凛も頷いた。
「顕如様も策は打ってるよ。荒木村重公や松永久秀公の懐柔や安芸鞆の浦にいる将軍様(足利義昭)を盾に朝廷や旧幕臣に味方になれとまでは言わなくても終戦交渉の手助けを求めてるよ」
おふうが返したが
「うまく行ってるのかな?荒木殿くらいかな?」
お菊が小声で言うと
「だしさんは綺麗な女子だからね。荒木殿はだしさんに惚れ込んでるよ。松永殿は金策が苦しいし大和が欲しいから本願寺になびいてるよ。京や朝廷の旧幕臣衆はちょっと苦戦だけどうまく行けば がらり と変わるよ」
おふうがさらっと言うと
「やっぱ だし って女の人は荒木殿を女の武器で たぶらかした んだ。嫌だな」
お菊が言うと
「本願寺のためさ。でもだしさんは荒木殿を実は本気で気に入ってるらしいよ。だしさんは茶人が好きだったから不幸中の幸いだよ」
おふうが言うと
「めちゃ齢が離れてるのにな。男ってホンマ若い女に目が無いんやな。アホやな」
お凛が呆れるとおふうとお菊は苦笑いしたが。
「あんたって意外と堅物だよね。まぁおいちは軽過ぎるけどさ」
「なんかその言い方、癪やな。でも商人は見た目は柔らかく、中身は手堅くが鉄則やで」
「へええ」
お凛の返しにお菊は感嘆したが。
「ところで将軍様の檄を真に受ける京の幕府の元奉公衆とかおるんかなぁ?」
お凛がおふうに聞くと
「確かに苦戦だね。織田家の超大物に声を掛けたけど難しいかな?」
おふうが率直に言うとお菊は昔、京で明智光秀と一悶着起こした時に光秀が信長の正室の帰蝶を 僕の影の主君 と呟いた事を思い出したが。当時は意味が分からなかったが今になって光秀が元幕府の奉公衆で美濃に血筋があり帰蝶も美濃出身と知って何かを感じたが。ただやはりあり得ないと思ってお菊は考えるのをやめたが。
「まぁ顕如様はお凛もお菊も武功だけでなく政治も分かる立派な大人になったって喜んでたしだから今回お凛に任せたんだよ。大丈夫だよ」
「あんましそう言う大人になりたく無かったなぁ」
お凛の返しにおふうは再度苦笑いしたが。
航海中はおふうは村上水軍と海路や周囲の検索に追われていた。第一次木津川の戦いで毛利村上水軍や本願寺は堺の南の和泉の織田水軍を壊滅させたが織田も水軍衆の再構築に急いでいると聞き奇襲などに備えて慎重に行動していた。
お菊は雑賀の郷に到着するまで安宅船の居住小屋で本を読んだり横になったりしてのんびり過ごしていた。
「お菊?ちょっと良いかい?」
おふうが突然小声でお菊に話掛けて来たのである。
「大丈夫ですけど?」
お菊が不思議そうな顔で返すと2人は甲板に出た。
「ちょっとあんたに相談でね。この船の船長が弥生の縁戚なんだ」
「弥生さんの。そっか」
お菊だが弥生が安芸因島の出で村上家の娘だったのを思い出した。
「船長が弥生の息子を村上氏の拠点の安芸因島に連れ帰りたいってね。村上一門として取り立てたいって。どうするかってね」
おふうが言うとお菊は数秒黙った後に
「あたしは反対ですね。もし弥生さんがその気だったら多分、本願寺で息子さんの武道の修行をさせたと思うけど弥生さんそんな事させてなかったみたいだし。弥生さんは息子さんを武士にしたくなかったと思う」
お菊が言うと
「なるほど。確かにその通りだね」
おふうも納得した。
「分かった。船長には悪いけど弥生の息子の件はとぼけよう。お菊も口裏合わせ頼むよ。弥生もその方が喜んでるよ」
おふうはにこりと笑うとまた仕事に戻って行った。
「うん。弥生さんならそうするよ」
お菊もなんか自分で納得したのである。
お菊はまた居住部屋に戻り本を読んでいたがお凛が居ないのに気付いた。
甲板に出て見渡すと船尾の方でひとりで釣りをしているお凛を見つけたのである。
「あんた釣りが趣味だったんだ」
お菊が驚くと
「あ~アンタとおいちが紀ノ川で素っ裸で泳いでるのにウチはこりゃ付き合えんわと雑賀の郷に戻ったらおいちの父上の重秀様が釣りに連れてってくれて。なんかすごく気に入ったんや」
「なんかその言い方はちょっと腹が立つな。否定できないけど。でも船が嫌いなあんたが釣りが好きになるなんてね。意外だよ」
お菊が再度驚くと
「めちゃくちゃ釣れて楽しかったねん」
お凛は淡々と返したが。
「へぇ~確かにあの時は大漁だったもんね」
「そや。でも走ってる船の上ではなかなか掛からんな。海が深いからお魚さんもあまりおらんのかもな」
「そうだね。海が深そうだもんね。で、釣れたの?」
「全然。一匹も」
「あらま」
「まぁ、のんびり構えるわ」
お凛はひたすら糸を垂らしていた。
「そう言えば昔さ、おいちと船で中嶋城を監視してる時も暇だったので釣りしたけ小さなお魚さんしか釣れなかったよ」
お菊はおいちと中嶋城監視時に警備の船の上から魚釣りをしたのを思い出したのである。
ただ、時間ばかり過ぎて全然釣れずお菊がだんだん眠くなってうとうと始めたが。
「ふわぁ。なんか凛凛、随分真剣だけど楽しいの?」
お菊があくびをしながら聞くと
「全てを忘れる現実逃避かいな」
お凛は意外な返しをしたのである。
「へ?」
「!何でもないわ」
お凛は我に返ったように返したが。
「ふうん?どうしたのさ?」
お菊が心配そうにお凛に聞くと
「……なんか嫌な仕事を受けてもうたなと思ってな」
お凛が寂しそうに言うと
「嫌な仕事?」
お菊はぽかんとしたが
「おいちや雑賀衆に顕如様の戦えって言葉を伝えておいてウチら堺衆は戦わんって変やろ?」
お凛が言うとお菊も少し黙ったが。
「顕如様はあんたら堺衆にも一緒に戦って欲しいからわざとあんたにお遣いをさせたんでしょ?」
「そうやろうけどな。でも千利休様から用事が終わったら早う堺に戻れと命が出たわ」
お凛が淡々と返すと
「そうなんだ」
「だからおいちや重秀様に言葉を伝えたら堺に戻ろうと思ってな」
「そうか。仕方ないよ」
お凛だがお菊に文句を言われるかと思ったがお菊だが不満を表す事もなく淡々と言った。そして
「あたしもこの戦、勝てるか怪しいと思ってるもん」
「お菊?」
お凛がお菊に少し驚くと
「あんたが言ってた800万石の織田に500万石、いや、本願寺はもっと少ないのに勝てる訳ないよ」
「お菊。アンタ冷静やな。じゃあなんでアンタはまだ戦うんかいな?」
お凛が聞くと
「おいちが 惣 を守るため戦うって言ったでしょう。それだったら手伝って良いかなと思ってさ」
「雑賀の門徒を手伝う教義のためでもあるかいな」
お凛がお菊に聞くと
「それは実はもうあまり大事じゃないかもしれないど。でもやはりおいちたちを放っておけないよ」
「おいちが戦をやめたら?」
「あたしもやめようかな?」
「い?」
ぽかんとするお凛を放ってお菊はそう言うと去って行ったのである。
「なんやねん、お菊の奴。分かってるのか分かってないのか」
お凛は少し不満そうな顔をしてお菊を見送った後に再度釣りを始めたが。
「ちょっとあの2人の間にはもうウチはお呼びでないのかもなぁ」
そう言うとしばらく黙々とお凛は釣りを続けたが
「ウチ、何をしとるんかいな」
懐に隠し持ってるマリアのペンダントをお凛は握ったのである。




