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機を見るに敏は雑賀の衆 29-2

 数日後、お菊とお凛は堺を発ち石山本願寺に向かっていた。織田方の天王寺砦から東は織田の勢力圏であったが信長は一般人に対しては門徒だからと言って危害を加えると事はやめた。織田信長だが長島一向一揆や越前一向一揆から学んで門徒抹殺から共存へ、尾張や美濃で行われているような施政に改めたのである。

 信長だが残虐で冷徹無慈悲な面と自分の評判を気にする面を持ち合わせて居た。

 信長だが既に次を睨んでいた。いずれ本願寺が降伏し自分が畿内の統治者になる時を考え残されるであろう多数の門徒衆から余計な恨みや憎しみを買うのを控えるのである。


 堺だが信長に正式に屈していた。堺にも多数の門徒衆が居るのは信長も承知である。だから自分に従えば何を信じようと勝手であると寛大に振る舞ったのである。

 ただし、門徒の坊主は見つければ 人々を煽動している と言い掛かりを付けては殺害していたが。ただそれを知った門徒の坊主も他の宗派を名乗って捕まらないようにしていたが。

 お凛だが本願寺に向かう途中にある織田の住吉海岸砦を遠目に見ると

「ここを落とさんかったのが最大の失策やったな」

 ぼそりと呟いた。

「でもそんな余裕なかったよ」

「毛利水軍に頼み倒してでも落とすべきやった」

 お菊にお凛は真顔で返した。

「でもさ、ここ、雑賀からの人質(菊之助)が居るじゃん」

 お菊はそれは無いと言うと

「雑賀は早い段階からウチらが知らんだけで、いや、もしかしたらおいちも知らんかったのかもしれんが分裂してたんや。だから元々こうなるのは織り込み済みだったのかもしれん」

「よく分らないけど?」

 お凛と違い政治が分からないお菊はそう返すしかなかったが。


 天王寺砦から西の地域、堺から住吉海岸砦も一応表向きは織田の勢力圏である。一般人の往来は認められていたのでお菊とお凛も堺の町娘として問題なく通れた。ただ堺から本願寺へは人の通行は認めても物資の搬入は禁じられていた。しかし沖合、海は織田側が第一次木津川の戦いで水軍衆を失う大敗を喫して以来は本願寺や毛利の支配下にあった。そのため陸路は駄目でも船で物資は本願寺に問題無く運ばれていた。信長も毛利系の商人の船まで止めれず堺衆も闇夜に紛れて金儲けのため本願寺に物資を運び込みなど ざる 状態であった。


 本願寺が住吉海岸砦を放置してたのは戦力不足もあったが堺への遠慮である。なんとも中途半端な状況が続いていたがこれが後々本願寺に大きな打撃になるが。

 お凛だが本願寺が住吉海岸砦を落としておけば堺は信長に付かなかったかもしれないと思っただけである。


 本願寺に戻ったお菊とお凛だが意外と人がいないのに気付いた。

 先に心眼に堺での明智光秀との出来事を話そうと思ったが心眼は下間頼龍と京に出掛けており不在だった。阿形と吽形も新兵の訓練のため本願寺の外の道場にずっと居ると言う。下間頼廉もおふうと淡路島におり毛利村上水軍衆から物資の受け取りをしていると言う。

 しばらくしてやって来たのは下間仲孝とマリア、マリアの配下の金閣と銀閣だった。

「お帰りなさい。顕如様が直に君たちと話をしてくれるよ」

「顕如様が?」

 仲孝が穏やかに言うとまさか顕如と直接話す事になると思わずお菊とお凛は驚いたが。

「お菊さんもお凛さんも良くやってるから別格扱いだな」

「おいちさんと三羽烏ですからね」

 金閣と銀閣も続いた。

「雑賀衆の件を任せられるのはやっぱあんたらしかいないからね。だから顕如様も直接あんたらと話すってさ」 

 マリアも続いた。

 お菊とお凛は互いに顔を見合わせたが。


 本堂の奥にある顕如の坊の前まで行くと

「お待ちしていましたよ。お菊さん、お凛さん」

 お菊とお凛より少し年上の若い女性がお菊とお凛を待って居た。

 そして2人を顕如の茶室に案内したのである。

「祐筆(秘書)かいな?」

「すごい美人(べっぴん)さんだね」

 お凛とお菊は小声でひそひそと話したが。

 顕如の茶室に通されるといつものように顕如は穏やかな表情でお菊とお凛を待って居た。顕如は明智光秀と違いさっと茶を立てるとお凛とお菊の前に差し出した。お菊とお凛を案内した美女がその後は茶菓子を追って差し出した。

 お凛は茶道をお凛とお菊は知らないのだろうと顕如は判断した振る舞いと解したが。

「お帰り。さすが奇跡の巫女たちだね」

「明智日向守(光秀)と堺でお会いまして」

 お凛が率直に顕如に返すと

「うむ。聞かせてもらうよ。おおよそ予想は付いてるが」

 顕如はお見通しと言わんばかりに言ったが。

「これ以上の戦は無益。堺衆も雑賀衆も信長公に恭順の意を示していますので顕如様の素晴らしい決断をお待ちしていると」

 お凛が言うと

「確かに今年の春の天王寺の戦までは信長公が優勢だったね」

「織田は今後は門徒宗だからと手を出さないと聞いています」

 お凛が続けたが

「しかし夏に木津川で織田の水軍衆を毛利村上水軍と敗ってからはまた我々に流れは来ているよ」

「確かに。でも信長公はすぐに体制を整え直すでしょう。だから堺衆も雑賀衆もやはり信長公に従おうとしている次第です」

 お凛も下がらなかった。

「しかし雑賀衆は従順の意の客将(人質)の条件を信長公に釣り上げられ不満だそうだね。」

「雑賀衆は不満のようですが堺は会合衆の筆頭の千利休様がもう信長公に従うと決断されてます」

 お凛が返すと

「今、(下間)頼廉や心眼が京に行ってるのは信長公の京都所司代と交渉事と思ってもらって構わないよ。不調だけど。でも京には越後の商人も居て上杉謙信公や甲斐の武田勝頼公が我々と同じように阿弥陀如様の意向を継ごうとしている」

「……」

 今までの情報通りだったのでお凛もお菊も驚かなかったが。

「(下間)頼龍やおふうも淡路の毛利や村上水軍衆と密に連絡を取り合ってるよ」

 この情報も別に目新しくないので驚かなった。

「はい。阿虎様(上杉謙信)も勝頼公も(毛利)輝元様や村上水軍衆も猛者で心強いです。しかし800万石の織田に500万石程度で向かうのはやはり無理があると」

 お凛が率直に言うと

「お凛さん。あなたの言う通りよ。でも荒木村重様も松永久秀様も素敵な方よ」

 美しい女性が穏やかに言うと

「?」

 お凛は彼女が何を言ってるのか分からず顔をしかめてしまったが。お菊もぽかんとしていたが。

「だしの言う通りだよ」

 顕如が静かに言うと

「彼らは信長公に顎で使われてることに不満を感じてる。銭の持ち出しが多過ぎて破産寸前だ。そこで我々が手助けした」

「まさか」

 お凛がいぶかったが

「私は荒木様に見初められ側室になるわ。三度目の正直の信長包囲網は完成目前よ」

 美女、だしは笑顔で冷徹に言った。

「!」

 お凛は予想外の作戦は進行してるのに顔を強張らせたが。

「お凛、お菊。君たちには雑賀の郷に行って(鈴木)重秀殿とおいち親子が再度、我々と手を組むように交渉してくれないか?雑賀衆が我々に味方すれば堺は揺らぐ」

 顕如は笑顔だったが目は笑ってなかった。

「……」

 お凛は10秒以上黙った後に

「分かりました」

 と静かに答えたのである。

「……?」

 政治に疎いお菊も勘でこれで良いのか?と言った顔でお凛を見たが。

「さすがお凛とお菊だよ。雑賀衆の土橋党から戦に当たり大量の兵糧と硝薬の提供を頼まれた。今回は我々は信長公の目を欺かないといけないので雑賀の郷に兵は出せないが欲する物は確実に渡すよ」

「雑賀の土橋党?」

 お凛も分からず不思議な顔をしたが

「雑賀の郷でも本願寺に忠実な門徒よ。おいちの鈴木家とはちょっと不仲だけどね」

 だしが冷静に言うとお凛は再度顔が強張ったが。

「来週雑賀の郷に物資を積んだ船を出す。君たちもその船に乗って雑賀の郷に行くのはどうかな?」

 顕如がにこやかに言うと

「かしこまりました」

 お凛は静かに返したのである。

「君たちが立派な大人に成長しているのを見て私も、いや、阿弥陀如来様も安堵している。もちろん阿弥陀如来の御加護も間違いないよ」

 顕如は目が笑ってないまま嬉しそうに言うと

「進むは極楽、退くは地獄 ですので」

 お凛は静かに返したのである。

「日向守の件はあまり気にしない方が良い。異教徒の首脳(ボス)で堺で高名なルイス・フロイスですら日向守を密会を好む腹黒い男と評してるからね」

「かしこまりました」

 お凛は顕如に返した。

 政治に疎いお菊だがちょっとなぜか今回は不満を感じていたが。


 顕如との話が終わり本願寺の外に出ると

「凛凛!堺衆のあんたが雑賀衆に加担したらまずくないのさ?」

 お菊が不満気にお凛に聞くと

「個人での活動ならば何とでもなるで」

 お凛は素っ気なく返したが

「なんか明智殿の話と違う。あたしはよく分らないけど」

 政治に疎いお菊は頭を悩ませていたが

「明智殿の情報も間違っておらんけど顕如様の方が一枚上手かな。女の武器まで使うなんて恐ろしいわ」

 お凛が真顔で言うと

「だしって女の人?本当に荒木殿の側室になったら荒木殿ってもしかしたら」

 お菊もマズイと思い小声になってそれ以上は言わなかったが。

「フロイス様は明智様を嫌ってはいるけど信長公はもっと嫌ってるけどな」

「?」

 お凛がぼそっと言った事がお菊は分からなかったが。

「でもあんたの言った通りだね。雑賀もバラバラなのかな?」

「そやろな。だからやはり雑賀の郷に行くしかないわ。アンタが来ればおいちも出て来て腹の中も読めるやろうし」

 お凛はこの日はずっと真面目だった。

 そして最後に

「ウチらもまだまだ ひよっこ なんやな」

 呟いたのである。


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