機を見るに敏は雑賀の衆 挿絵あり 29-1
お菊だがお凛と石山本願寺に戻る前に久々に研屋の島野屋にひとりで向かった。島野屋の島やんに礼を言うのとちょっと聞きたい事があったのである。
島野屋に前に着いたお菊は入口の扉を開けようとしたが中から何か口論の声が聞こえたのである。
「あらら?予想外。しまったな。お菓子でも買って来れば良かったかな?男同士って喧嘩っ早いね」
お菊はそう思いながらも扉をそっと開けて中を覗くと島やんは前にも会ったが中年の男と口論していたのである。
島やんと男の間に若い新入りと思われる15歳くらいの少年が気まずそうに座って居た。
お菊は島やんたちの口論を見てても仕方が無いので決心すると
「こんにんちわ!」
満面の作り笑いで中に乱入したのである。
「おわあ!何だよ!急に!」
島やんはお菊を見て腰を抜かして驚いていた。
「おお!お菊さんじゃないか。久々だね」
中年の男は落ち着きを取り戻したが。
「急にごめんなさいね?どうしちゃったんですか?助平な島やんが怒ってるなんて?」
お菊が言うと中年の男は大笑いし作業場に居た他の2名は必死に笑いを堪えていた。
「お菊!助平は余計だろうが!」
島やんは顔を赤くして怒ったがお菊は飄々としていたが。
「島やんは頭が固すぎるんだよ!手先の器用な良い新入りがせっかく来たのに今まで通りでやり方を変えるなってやかまし過ぎるんだよ!」
中年の男は少年の肩に手をやり庇うように言った。
「今まで通りのやり方でこの店は成り立ってるんだよ!」
中年の男と島やんの口論は再度始まったのである。
「?」
途中で入ったお菊は何が原因で揉めてるのかよく分らなかったが。
「新しいのに挑戦も良いだろうが!五郎(新入りの少年)は細かい細工や加工が得意だからそれをもっと伸ばせって!太刀研ぎも実用一点張りじゃなく装飾的な華美な紋様とか 彫物 を太刀に入れて価値を付けてやって行こうってワシは前から言ってるんだ!」
「弥次さん(中年の男)の言う事も最もだが今は大量の注文をこなすのが先だろうが!」
「注文がたくさんあって余裕がある時に新しい技術を磨けってワシは言ってるんだ!前も島やんがうるさ過ぎて良い新人に逃げられただろうが!」
「俺はこの店の主人として言ってるんだ!」
「ワシは島やんの親父さんから店を支えてくれと口酸っぱく言われてる!だから今も口うるさく島やんに言ってるんだ!」
島やんと弥次は互いに一歩も譲らなかった。五郎はおどおどと困っているだけである。
「あ~島やんと弥次さんまた始まった。いつもの事だけどなぁ」
「俺らは仕事、仕事」
他の2名は呆れながら黙々と依頼品の太刀を研いだり焼いて修復していたが。
島やんと弥次は新しい技術を入れる入れないの件で揉めていた。
お菊もちょっとどう判断したら良いか分からず黙ってしまったが。
「いずれ戦の世が終われば今の仕事が終わる時が来る。島やんの親父さんもそれを口酸っぱく言っていた!次に備えにゃならんのだ!」
「まだまだ戦は続くに決まってるだろ!日ノ本で戦が終わるまであと10年は掛かる!乱世は続くのさ!雑賀衆もやはり織田とは話が通じなかったって再度兵を集めている。将軍様を擁する毛利も上杉と武田が将軍様の命で本願寺に付くのを確信してまた動き出してる!」
島やんは弥次に反論していたが。
「雑賀衆がまた兵を集めてるの?阿虎様が本願寺に付くの?」
お菊だが島やんに聞くと
「そうだ!だから本願寺も雑賀衆もまた強気になった!そんだけだ!」
島やんが言うと
「それでも大勢は変わらんよ!京、いや、帝を制した者がいずれ日ノ本制す。だから会合衆の偉い人は信長公に従うと決めたのだ!」
弥次が押し切ろうとしても
「帝だろうが将軍様の命だろうが勝って なんぼ なんだよ!勝たねば延々と戦は続くんだ!」
島やんも下がらなかったのである。
「堺の人って信長公に従うのは本音ではどうなの?」
お菊が弥次に聞くと
「嫌に決まっている。堺は信長公の代官を受け入れ矢銭を払った時点で自由な商いの町ではなくなった。でも同時に信長公は大事なお客様なのだ。現実に合わすしかない」
弥次が言うと島やんは黙ったが。
「でも本願寺と雑賀衆がまた組んでこれに毛利や上杉や武田が加われば信長公に勝てるんじゃないかな?」
お菊が言うと
「信長公は800万石の圧倒的な経済力を持つ。本願寺、雑賀衆、毛利、上杉、武田を合算させてもせいぜいその三分の二程度だ。お菊さん、戦は兵だけじゃない。金が大事なんだよ。金で強力な武器や優れた将や兵を集めるのだ。信長公がそれを一番分かっているんだ」
弥次が言うとお菊も内心は納得してしまったが。
「そうか。じゃあこれから堺の人は本願寺、雑賀の郷とどうやってお付き合いするの?」
「ただのお客様だ。戦には関わらない。それ以上でもそれ以下でもない」
弥次は冷徹に言い放った。
同時にお菊はおいちとお凛を思い出したが。
変な静かな間が数秒流れた後、
「ところでお菊、あんたこんな時に何しに来たんだい?」
島やんが話を変えるように聞くと
「堺のみんなって信長公や本願寺、雑賀の郷をどう思ってるのかなって聞きたくてさ」
「そんなのあんたが知ってどうするんだ?」
島やんが再度怪訝な顔をすると
「こう見えても悩んでるのさ」
お菊が小声で言うと
「はぁ?」
島やんは再度変な声を出したが。
「まぁ、分かるよ。お菊さん。これからは色々とあなたも厳しいだろうからな」
弥次だけ見抜いたように言ったが。
「あと島やんにお礼を言いに来たのさ。島やんが薙刀に鉄線を入れてくれたから敵の太刀の直撃を防いでくれたよ。だから極楽浄土に逝かずここに来れたのさ。ありがとうね」
「フン!そんなん朝飯前って言ったろ?」
お菊が礼を言うと島やんは鼻高々に返したが。
「まったく調子がいいぜ。しかし危なかったな?お菊さん」
「阿弥陀如来様のご加護!」
お菊は軽く返したが。
「ところでせっかくだから五郎の彫物を見せてよ」
お菊が言うと五郎は試作を幾つか見せてくれたのである。
無銘の太刀に阿弥陀如来と女性の南蛮人が彫られていた。
「すごい!阿弥陀如来様だ!上手なんだ!へええ!」
お菊は感嘆してしまった。
「ところでこの南蛮の女の人は?」
「キリシタンの神様のイエス様の母上、マリア様です」
お菊が聞くと五郎はすらっと返した。五郎の首筋のペンダントには十字架が掛けられていた。
「これを太刀だけでなく鍔にも彫ると絵になるだろ?」
「本当だね」
弥次が自慢気に言うとお菊も納得した。
「五郎は見込みがあるから色々修行させてるのだ」
「まったく!そんなん彫ってる時間が勿体無いのによ!」
弥次が五郎に期待しながら言ってもまだ島やんは不満そうだったが。
「確かに素敵だな。あたしも五郎に阿弥陀如来様を薙刀の一の足(付け根)に掘ってもらおうかな?」
「!研ぐのはまけてやるがこれはダメだ!時間がもったいない。俺はこの仕事はまだ認めない!」
「何だよ!今までの話を聞いてるのかよ!この分からずやの石頭が!」
「何だと!」
また弥次と島やんの口論が始まったが。
「五郎、がんばってね。島やんが許してくれたら彫ってもらいにあたしの薙刀持って来るね。島やんって助平で石頭だけど腕は良いから技術を学んで吸収してそれから五郎は独り立ちもありだよ」
そんな弥次と島やんに気にせずお菊が五郎に声を掛けると
「おい!お菊!人を助平呼ばわりやめろ!あと新入りに独立云々言うなって!」
島やんはお菊に立腹したが
「島やんは助平なのは事実じゃん!助平は女子は嫌いだってさ!五郎を手懐けれないのも島やんが悪いじゃん」
お菊がぷいっと返すと
「だはぁ!」
島やんは顔を赤らめてずっこけ、弥次は大笑いし事情を知らない五郎はぽかんとしていたが。作業場の2名は聞いてない振りしてにやにやしながら作業していたが。
お菊はその後、お凛の屋敷に戻ったのである。
「お菊!どこ行ってたん?」
「島野屋さん」
「え?アンタ島やんと知り合いかいな?」
お凛はお菊が島野屋を知ってた事に驚いていた。
「そう!昔だけど薙刀を研いでもらった事あるよ」
「へぇ。アンタ意外と小金持ちやな。島やんは腕は良いけどお高いって評判やからな。そう言えば弥生さんも良く使ってたらしいで」
「弥生さんが?へぇ」
お菊も弥生が島やんの客だったとは知らず驚いたが。ただ島やんが以前なんで六花仙と先に名乗らなかったと焦ってたのも思い出したが。
しかしお凛は呆れ顔で続いたのである。
「なんか島やんは弥生さんが気に入ってたからすごい特別価格で受けてたらしいで。まぁなんかかわいい女子兵やったら島やんあんな堅物な顔してるけど随分気前ええらしいで。だから島やん助平って陰口叩かれてるけどな」
お菊は事実と思って苦笑いしたが。
「アンタももしかしたら特別価格やろ?」
「!なはは」
お菊は笑ってごかましたが。
「アンタ見た目に反してほんま意外とやり手やな」
「なんかその言われ方、複雑だな」
「褒めてるんやで。でもほんま男ってしょうもないわ」
お凛の言い草にお菊は再度苦笑いしたが。
「そうだね。で、あんたは島やんには頼まないの?」
「島やんの堅物の振りして助平はウチの主義に合わんから頼むのやめた。今は他の店に頼んでるわ」
お菊はお凛の堅物な返しに笑ったが。
「さすが堅物の凛凛だね。でも女の武器も使いようだよ。凛凛だって良い物持ってるしさ」
「はい?」
お凛はお菊の予想外の返しに変な顔をしたが。
「あと弥生さん、さすが!島やんをたぶらかせてたなんて!あたしもちょっとは弥生さんに追いついたかな?くくっ!」
お菊はひとりで吹き出すと
「?どした?」
「何でもない!」
不思議がるお凛にお菊はちょっと顔を赤めながらごまかしたが。
「ところでさ、堺の人ってこの戦をどう思ってるの?」
お菊は真面目に弥次や島やんに聞いた事をお凛にも聞いてみたのである。
「もう辟易やろうな」
お凛は率直に答えた。
「やっぱりね。あんたは?」
お凛は数秒黙った後に
「もう6年目やで。堺では門徒だけがまだ粘ってるけどな」
「雑賀衆だけど信長公からの無茶振りに応えられないし毛利だけじゃくて阿虎様や武田も味方になるから降伏するのやめるって本当かな?」
お菊がお凛に聞くと
「ホンマらしいわ。でも仕方ないわ。ウチは会合衆の決め事に反するけど本願寺が戦う言うなら一門徒として戦うわ。でも本音ではもうこの戦、引き時かいなとも思う」
「そっか。明日、顕如様に会えたら本音を聞きだすんだね」
「そうや。まぁ、でも顕如様に会うのは難しいかな」
「で、もし戦う場合でもさ、雑賀の郷に行ってあんたはどうおいちたちに話すの?」
お凛は数秒間黙った後に
「やはり6年経ったわ。もう戦局は見えているかいな?会合衆や堺衆は信長公に従う。残り少なくなった堺の門徒だけは雑賀衆や本願寺と一緒に戦う。それだけや」
お凛は弥次同様に戦に乗り気でなかったのである。
「そっか」
お菊はわざと軽く返したが。




