生き残るためなら出し抜くのさ 28-5
「曲直瀬道三先生からここは良い薬屋と聞いてね」
明智光秀がさらっと言うと
「ナントか不動産先生って誰さ?」
お菊が小声で怪訝な顔でお凛に聞くと
「曲直瀬道三先生な。日本一の名医やで」
お凛もさらっと返したが。
「丹波の赤鬼(赤井直正)攻めの前線を放ってこちらに来られるとは余裕ですね」
お凛が光秀に嫌味を言うと
「余裕など無いね。堺で薬を手に入れる方が今の僕には大事なのさ。僕はこう見えても妻には頭が上がらないからね」
「へぇ」
光秀の意外な返しに今度はお菊とお凛は驚いて変な声を出してしまったが。
「ところで何の用かな?雑賀の郷の件と思うが」
「そうですね。我々の早とちりでした。貴方様なら人目の付かない所で上手に交渉するのはお手の物でしょうから」
「買いかぶってもらっては困るよ。そんな風に思われているのも心外だね」
光秀は苦笑いしながらお凛に返したが
「立ち話も何だが。そこの茶店にでも入ろうかな」
そう言うと光秀、お凛、お菊は近くの茶店に入ったのである。
光秀、お凛、お菊は奥の中庭の見える茶間に通された。
前回同様に光秀だがまた亭主を買って出たのである。借り物の茶具だが慣れた手付きで準備を始めた。
「鈴木(義兼)殿と岡(吉正)殿は雑賀の郷に(鈴木)重秀殿との話し合いのために帰ったそうだ。おそらく結論が出るまでに時間が掛かる。秋までに雑賀衆の結論が出るか信長公の堪忍袋の緒が切れるかの我慢比べだね」
光秀だが準備しながらさらりと言ったが
「この問題の本質は分かっていると思うが石山本願寺にあるのだよ。本願寺が白旗を立てればすぐに終わるのさ。何年 屍の山 を築きながら戦う気かな?僕だって好き好んでこんな事している訳ではない。信長公だって同じさ」
光秀が厳しい口調で言うとお菊はなんか不満があったが上手く言葉にまとめられなかったが。
「顕如様は優しくてお若いからですよ。下っ端の坊官を抑えられないんです。本願寺の坊官は自分の所領を失いたくないんですよ。でも門徒は顕如様に惹かれて付いて行ってしまうのですよ。利用する者される者同士だから戦が終わらないのです」
お凛が返すとお菊はお凛を一瞬見た後に頷いてしまったが。
「驚いたよ。そこまで見抜いてるのにね。なんで君たちは戦いをやめないんだい?」
光秀がお凛とお菊を睨むと
「仲間を放っておけないだけですよ」
お凛が言うとお菊も頷いた。
「素晴らしい友情だね。怖れ入ったよ。どうぞ」
光秀はそう言うと立てた茶を差し出したのである。
「う!」
「苦い!」
お凛とお菊は思わず顔をしかめてしまった。
光秀だがこの日はわざと前回と違い強烈に濃い茶を出したのである。
「信長公は雑賀の求める 惣 は絶対に許さない。僕もだ」
光秀は険しい顔で言うと
「でしょうね」
お凛も返した。お菊は何か言いたかったが黙ったが。
「根来衆や高野山は今回は信長公に従うが寺領の再検地(削減)は拒否した。だから信長公は根来衆も高野山も信じるのをやめた。雑賀衆も同じ穴のムジナで降伏して客将(人質)を出してもすぐに手の平返しをするだろうってね。そこでまずは雑賀衆に応えれない要求(人質をおいちから鈴木重秀の嫡男に交替)を出して断れば根絶やしにする方針にした」
「なるほど。そう言う経緯だったのですね」
お凛は冷静に言ったが
「でもそう簡単に落ちないってさ!」
お菊が強がると
「君の言う通りだ。だから僕だけでなく織田の重臣衆はみな反対した。順番がおかしいってね。本願寺を降伏させるか雑賀の海路を防がねば雑賀の攻略は無理だとね。でも信長公も最近は体調が悪いのか後継者が気になっているのか 焦ってる んだ。昔みたいな冷静さが無いのさ」
光秀は不満を漏らした。
お菊はちょっと織田の内情を聞いて驚いたが
「雑賀も本願寺も織田も中身はばらばらですね」
お凛は冷静に言うと
「その通りだよ。でも組織が巨大化すると仕方ない。こうなるのさ。まずは中から固めないと。敵は外だけでなく中身に出て来るのさ」
光秀が少しため息をつくとお凛とお菊は黙ってしまったが。
「だから顕如上人ら本願寺の首脳に一目置かれてる君たちが声を上げてこの戦いの無益さを説いて欲しい。雑賀衆からの客将の件は僕らが再度信長公に掛け合うつもりだ。雑賀衆には引き続き降伏の意思を出し続けるよう要請もして欲しい。信長公は 乾いた お人だから出来る出来ないでしか人を見ない。君たちやおいちの 湿った 関係が分からないのさ。おいちを(信長の拠点の)安土(城)に置いておけば雑賀衆の実戦部隊の七ッ童子とかが動けなくなるのを理解してないのさ」
光秀は一気に言った。
お菊はなんか躊躇したが
「承知で」
お凛は返したのである。
「みんな疲弊し切ってるのさ。口直しでどうぞ」
光秀だが2杯目は薄いぬるい茶を出したのである。
「僕は妻に薬を届けないと行けないのですまないがすぐに坂本(光秀の居城)に帰る。何かあったら会合衆の千利休殿に知らせて欲しい」
「奥様の回復をお祈りしております」
お凛とお菊は光秀に気遣いと礼を言った。光秀は素早く坂本に帰って行ったのである。
「あの人、奥さん、いや、娘さんにも普段は優しいんだ。比叡山で嫌なの見ちゃったと思ったけど本当だったんだ」
お菊は呟いた。お菊は比叡山焼き討ちの後、坂本での大規模な戦死者の野外荼毘の時に姿を見せた正室、娘たちを抱擁する光秀を思い出したのである。
「そうか。そんな事あったんやな。まぁ、基本は悪人では無いんやろうな。アンタと同じで仕方なしなんやろうな」
お凛もぼそっと言った。
「ところで今日の件、心眼様、阿形殿、吽形殿に話す?」
お菊がお凛に聞くと
「そうやな。話した方が良い。無駄と思うけど」
お凛が同意した。
「湿った関係が信長公は分からないか。なるほどやね」
お凛はお菊を見ながらふっと笑った。
「何さ?」
お菊が怪訝な顔をすると
「いや、アンタやおいちのためにもウチらも奮闘するかいなと思ってな」
お凛はにこりとした後、何かを考えながら返したが。
「?」
お菊はお凛が読めず怪訝な顔をしたが。
「あと聞いて良い?堺衆は信長公に従うならあんたはどうするのさ?」
お菊が心配そうにお凛に聞くと
「ウチはウチで動く。まずはやはり最低でも雑賀衆を信長公に従わせるしか今は無いやろうな。上手く立ち回れば織田からも会合衆からもお咎めは無しやな。ここは明智殿に掛けるのも有りやな。織田も雑賀も本願寺も一枚岩では無いのは違いないわ」
お凛が呟くと
「そう?」
政治に疎いお菊は掴み切れず不思議な顔をしたが。
「あとあんたやっぱすごいね。明智殿との話を全部吞み込んでるなんてさ。あたしは無理だ」
お菊がお凛に感嘆すると
「堺の娘やからな。こんくらいはお茶の子さいさいやな」
お凛が返すと
「あと普段はコテコテの大阪の言葉のあんたがあんなに普通の言葉を冷静に喋れるのに驚いたよ。茶の湯も詳しいし。ちょっと品が無い堺の豪商のお嬢さんじゃなかったんだね」
お菊が真顔で言うと
「むかっ!ちょっとその言い方は腹が立つな!まぁアンタが驚くのも仕方ないかな。まずは本願寺に行こうかいな。それから雑賀の郷かな。しかし生き残るためやけど戦以外のこういう交渉はほんま結構疲れるな」
「口下手なあたしには無理だ。凛凛に頼むよ」
お菊の返しに
「そうやな。ウチはアンタとおいちみたいにちょっと じめっ と出来んのと同じかいな?」
「?」
怪訝そうな顔のお菊にお凛は苦笑いしてしまったが。
お凛はそう決めると石山本願寺にお菊とまずは戻る事にしたのである。




