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生き残るためなら出し抜くのさ 28-3

 お菊はお凛に連れられて開口神社の会合衆と石山本願寺との打ち合わせが行われる御殿に入ったのである。

 御殿は開口神社の側にあり普段は会合衆の会談や冠婚葬祭など色々な行事に使えそうな大きな建物であった。

 通常の評定では主君が座る席には神社らしく御神鏡が堂々と置かれていた。

 御神鏡が置かれた上座の左には会合衆、右に石山本願寺の席が設けられ互いに向かい合って話すよう設定されていた。

 ただ上座の方は会合衆も本願寺も誰もまだ来ていなかったが。

対して下座は事前にこの打ち合わせを見るのを許された会合衆や堺の地侍や浄土宗の僧が呼ばれ徐々に席は埋まっていた。

 雑賀衆と思しく面子がお菊とお凛を見て軽く挨拶したがお菊もお凛も知らない面子だったが。

 下座だが上座の舞台を観衆するような妙な配置で狭い間隔にたくさんの観衆が座れるようなっていた。

 お菊だがお凛の父親に軽く挨拶したがお凛が父親から離れて座ったのでお菊もお凛と一緒に並んで座ったのであるが。

「どうやって座るかですべて分かるからギリギリまで双方とも来ないんやな。あと雑賀衆と(織田家の)溝尾(茂朝)殿が何処に座るかやな」

 お凛が言うと

「?」

 政治に疎いお菊はよく分らず不思議そうな顔をしたが。

「お凛の言う通りだな」

「邪魔するぞ」

「阿形さん!吽形さん!」

 驚くお菊とお凛の横に阿形と吽形がどかりと座ると

「まぁ、事前にある程度話して詰めてあるのでここで揉める事は無いと思いますがね」

「船長さん!」 

 お菊、おいちを今は無き長島願証寺まで連れて行ってくれた雑賀水軍の安宅船の船長の狐島吉次も来たのである。

「まぁ、万が一ここで揉めてもさすがに乱闘は無いだろう」

「みんな爺、おっと大人だからな」

 阿形と吽形が小声で冗談を言ったが

「揉めた場合の助太刀と思ったわ」

 お菊が真顔で返すと阿形も吽形も苦笑いしたが。

「船長もですか?」

 お菊が聞くと

「私はそんな腕力は無いがね。でも何が起こるか分からないから自分の目で見ておきたくてね。雑賀の郷に伝える責もあるしね」 

 狐島は意味深に返したが。


 下座も満員御礼になり打ち合わせの時間を過ぎてしばらくするとまずは会合衆の千利休、今井宗久、津田宗久と幹部が10名入って来て座った。会合衆が座るのに合わせるように向かい側にも本願寺からの下間仲孝、予定外だったが下間頼廉、心眼、おふうと付き添い数名が会合衆と向き合うように座った。ただ頼廉は顕如の右腕と言われ来てもおかしくはなくここまではおおよそ予想通りである。


 少し間が置いて出て来たのでは雑賀衆である。おいちの後見人の鈴木義兼と爺やの岡吉正と護衛衆である。雑賀衆がどちらに座るか予想が難しかったが雑賀衆は堺の会合衆の隣に座ったのである。

「やはりな」

 お凛が呟いた。

「そうなの?そこなの?」

 お菊は雑賀雄が本願寺と並んで座ると思ったので少し不満を感じたが。


 最後に入って来たのは織田家の溝尾茂朝である。しかし彼が姿を表すとどよめきが起きた。

「あ!」

「ウソやろ!」

「むむう!」

 お菊とお凛、阿形、吽形も唸ったが。

「あの男なら やる と思ったよ」

 狐島は冷静だったが。


 溝尾茂朝ではなく明智光秀が自ら堺に乗り込んで来たのである。屈強な三宅秀満が護衛のためと思われ横に居た。他には堺に普段は不在だが名目上の織田家の堺の代官の松井夕閑、織田家の筆頭家老で今回の本願寺征伐軍の大将の佐久間信盛の嫡男の信栄と元々は本願寺に従い摂津、河内、和泉の地の利に明るい三好康長までも一緒だった。

 そして光秀たちは会合衆や雑賀衆の横ではなくなぜか本願寺の横に座ったのである。

「どういう意図だ?」

「分からん」

 阿形と吽形が唖然とすると

「あの人(光秀)が来てるとは何か嫌な予感がするわ」

 お凛も厳しい顔で呟いた。下座の観衆も同じように感じたようでみんなざわついてたが。

「……」

 お菊は訳が分からずぽかんと黙っていたが。

 下間仲孝と頼廉だが驚きの顔で光秀に何か小声で話掛けていたが全然聞こえなかったが。


「ご静粛に」

 千利休が通る声で言うと

「今日は堺と雑賀衆の今後の件を本願寺と織田家にお伝えしたく」

 千利休は冷静に表情を変えず言うと傘連判状を取り出した。そして光秀に手渡したのである。傘連判状には堺衆は今まで通り信長に忠節を誓う。そして雑賀衆も堺衆に会わせて信長に従うと宣してあったのである。

 光秀は傘連判状を満足そうに見た後、横に居る仲孝、頼廉に見せると

「みんな長きに渡る戦で疲れています。ここは互いに冷静になる時ですよね?」

「……」

 光秀が仲孝と頼連に爽やかに語り掛けたが仲孝と頼廉は複雑な顔で黙っていたが。

 光秀は傘連判状を再度受け取ると

「信長公は満足しています。ただ会合衆の御三方(千利休、今井宗久、津田宗久)の署名は円の中に追加頂きたく。これでは土一揆の連判状で責ある者があやふやですからね」

 光秀は半分冗談で言ったつもりだったが下座に居た観衆の会合衆にはこれが冗談に聞こえず信長に従わざるを得ない事への不満の鋭い視線を光秀に放っていたが。光秀はその視線に動じず逆に千利休たち会合衆の首脳は承知したと言わんばかりに光秀に頭を下げたが。

「相変わらず闇夜に紛れて禁止している本願寺への密輸が絶えないのでのう。昨日も夜半に密輸船を見つけ捕らえたわい。捕らえた船乗りはあとで全員磔にしておくがのう。そうじゃ。今回から信長公の命でそやつらの妻子も磔にするわ。決まり事を守らん奴は信長公は女子供も容赦せんぞ。妻子を失いたく無ければ本願寺への密輸をやめい」

 松井夕閑が厳しく言うと下座か殺気立ったが。

「代官様。誠に申し訳ございません。今後はこのような事は無いようにいたします。不届き者の仕置きはお任せしまする」

 千利休、今井宗久、津田宗久ら下座の観衆の殺気も気にせず松井夕閑に深々と詫びたが。


「さて、これが信長公からの書状で。どうぞ」

 今度は光秀が信長からの書状を千利休に渡すと千利休は表情を変えずに読むと今井宗久、津田宗久に回した。彼らも表情を変えずに読み終えると雑賀衆の鈴木義兼と岡吉正に回したのである。しかし義兼と岡の顔は見る見る険しい顔になった。そして最後に仲孝、頼廉らにも回されたが仲孝と頼廉も険しい顔になった。


「むろん、信長公への即答は不可は承知で。信長公は思慮深いので突然方針を変えるのはままあるのでね」

 光秀はさらりと言ったが。


「何が起きた?」

「あの表情から信長公が追加で難しい条件でも出したんだろ」

 阿形と吽形がひそひそと話した。

「このように約束事をすぐに反故にするようでは人の信を得ることが出来ず身から出た錆の如く仏罰が当たるでしょう。それは信長公にとって予想外でしょう」

 仲孝が手を合わせながら返すと

「心掛けましょう。僕は信長公と違って神仏を怖れているからね」

 光秀は笑顔でさらりと返したが。

 重い空気と沈黙が数秒流れた後に

「ではこれにて。茶事に呼ばれる方は待機」

 千利休だが急に閉会しようとしたのである。


「ご説明を!」

「我々にも理解を!」

 しかし下座の会合衆や観衆から声が上がったのである。

 今井宗久、津田宗久は渋い顔をしてたが

「大した事は無い。織田に来る客将(人質)を姫ではなく男子にしてくれと頼んだだけですよ」

 光秀は笑顔で返すと

「ええっ?」

 と言うどよめきが下座から上がったのである。


「なんでおいちじゃダメなのさ?」

 お菊も思った矢先

「男子はお家を継ぐ。そう簡単には客将と言えども出せぬ。信長公もそれは百も承知なので最初は姫で承知したのでは?」

 岡吉正が不満そうに言うと

「信長公の熟考の末だよ。姫を捨て駒にして裏切りとかは過去にもあった。それを防ぐためだよ」

 光秀は冷静に返した。これは事実で手切れで姫を磔台に送るのは珍しい話ではなかった。

「だから今回は私も姫に同行すると言ったが?」

 岡が厳しい口調で言うと

「あなたたち門徒衆は本願寺の教義のためなら死を恐れないでしょ?それは困るのでね」

 光秀が返すと

「だから今後は堺衆と組む!最初の条件に戻して頂きたい!」

 岡が言うと

「分かりました。信長公にお伝えしましょう。でも望み薄かな?堺も腹黒い門徒衆が多いですからね」

 光秀もちょっと不愉快そうに返したが。

 そして

「信長公の考えをお伝えしようかな?信長公の天下を平定する戦はまだまだ続く。あなたとおいちを織田に客将としてお迎えしても織田と雑賀衆が手切れになったら信長公はあなたとおいちを処断せねばならない。客将としてお金をたくさん払っておきながら手切れになったらその客将の費用だけでなく雑賀の郷に大軍を率いて焼き討ちしないといけない。お金がいくらあっても足りない。そんな費用も時間も勿体ないのですよ。なら最初から絶対に死なれたら困るので素直に男子を織田家に出してください」

 光秀がズバリと言うと鈴木義兼と岡は黙ってしまったが。

「いずれにしろ即答は出来ませぬ。お時間を。惟任日向守様」

 鈴木義兼が頭を下げると

「承知していますよ。良い返事をお待ちしています。ただし!秋までにお返事頂いたい」

 光秀が厳しい口調で返すと

「承知」

 義兼と岡は光秀に力なく深々と頭を下げたのである。


 こうして打ち合わせは短時間で終わったのである。


「また織田の後出しかよ」

「猫の目じゃあるまいしコロコロ変えるなって。これじゃあ雑賀衆も大変だ」

「俺らだって大迷惑だよ。ぶつぶつ」

 下座の観衆も不満を垂れながらぞろぞと帰路に着こうとしていたが。


「何だかなぁ。良く分からないけど。泥臭いよ。汚いよ」

 お菊がぼそっと言うと

「これが政治やな。明智殿が信長公に取り立てられる理由やな」

 お凛が言うとお菊はよく分らず不思議そうな顔をしたが。

 お菊とお凛が帰ろうとした矢先、

「あ!お菊様!お凛様!待機を!明智様からです!茶事にと!」

 茶坊主が飛んで来るとお菊とお凛を止めたのである。

「明智殿?茶事?」

 お菊は不思議そうな顔をしたが

「……承知」

 お凛は冷静に対応したが。


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