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生き残るためなら出し抜くのさ 28-2

 その日はお菊やおいちたちは我を忘れて川遊びをしたので雑賀の郷に帰る頃には日は暮れて夕方になっていた。

「凛凛にもちゃんと話さなあかんな」

 帰りの竜華号の背中の上でおいちがぼそりと言ったが

「凛凛はあたしと違って政治に詳しいから大丈夫だよ」

 お菊が軽く返すと

「そうやな」

 おいちも沈んだまま返した。

 七ッ童子も川遊びでは騒いでいたが帰りは静かに黙々と馬を進めていた。


 雑賀の郷のおいちの実家に着いた頃には夜になっていた。

「ただいまや。遅くなったわ。凛凛、今日はすまんかったわ」

 おいちが家に入って声を上げると

「お帰り!待ってたで!」

 お凛は上機嫌だった。

「ありゃ?」

 川での予想外の展開と実家で留守をさせられて怒っているかと思ったお凛が予想外に上機嫌なのにおいちやお菊たちだが驚くと

「アンタのお父上様(鈴木重秀)が海に釣りに連れて行ってくれてな!楽しかったわ!」

 お凛がにこにこしながら言うと

「は?ウチの父ちゃんがアンタを釣りに連れて行った?」

 おいちはぽかんとしてたが。

「大漁や!ほれ!」 

 広間に行くと釣れた魚が刺身や焼き魚、煮魚になって豪華に大量に並んでいた。

「おわぁ!」

「すご!」

 お菊とおいちが仰天すると

「おいち!アンタのお父上様から事情は聞いたから大丈夫や!今日は何もかも忘れてみんなでたらふく食べて飲んで騒ごうや!」

 お凛がニコニコしながら言うと

「うう!凛凛!すまんわ!ありがとう!」

 おいちが泣きべそをかくと

「こら!泣くな!らしくない!」

 お菊とお凛も泣くのを堪えながら返した。

「こんな時に下戸な自分が悲しいわ!」

 おいちが泣くのを我慢しながら言うと

「大丈夫!あたしも下戸!」

「ウチもや!」

 お菊とお凛も返すと

「ようし!酒抜きで乾杯や!みんなでたらふく食べよ!」

 おいちがそう言うとその日は夜遅くまでみんなで賑やかに食べては飲んだのである。

 

 翌日だが予定より早かったがお菊とお凛は木津川砦への帰路に付いたのである。感情を互いに早く整理したかったからである。

 船に乗る前にお菊とお凛はおいちと軽く抱擁するとおいちに見送られ船は出航した。お菊とお凛はおいちが見えなくなるまで雑賀の港をぼうっと見てた。おいちが見えなくなっても2人は海をぼんやり眺めてた。


「もうおいちとは会えないのかな?」

 お菊がぼそっと言うと

「分からん。おいちの相手次第やろうな」

 お凛も無感情に返した。

「七ッ童子が随分とお酒を飲んで騒いで笑ったね」

 お菊が再度ぼそりと言うと

「ほんまや。でも酒の席だから許したけど裸で騒ぐのは勘弁やで!」

 お凛が顔を赤くしながら膨れるとお菊は笑ってしまったが

「まぁでもそうでもして羽目を外さないと七ッ童子も胸が張り裂けそうで堪えられんかったんやろうな」

 お凛は真顔で言った。

「昨日の友が敵になるんだもんね」

 お菊も暗い顔で返した。


「おいち何処に嫁(人質)に行かされるんだろうね。良い人に当たると良いね」

「そやな」

 お菊とお凛は海を眺めながらぼんやり話した。


「お菊。来週やけどウチと一緒に堺に来て欲しいねん」

「構わないけど?なんで?」

 お菊が不思議な顔をすると

「会合衆の打ち合わせがあるねん。今回は父上だけでなく堺の会合衆の偉い人も全員出るって。ウチも出ろって父上から言われたねん」

 お菊は堺衆が本願寺に付くか信長に付くかで割れてると聞いていたので察したので

「分かった」

 と即答したが。


 翌週だがお菊だがお凛と堺に向かった。久々にあのお凛の怪しい屋敷に泊めてもらったがお凛の父親はお菊に会わなかったので何となくお菊も会合衆の風勢を察したが。

 お凛だが配下の者と少し打ち合わせをした後に部屋に戻って来た。


「明日の面子やけど本願寺からは顕如様の右腕の下間頼竜様、交渉の達人の仲孝様、護衛は心眼殿とおふうさんが来るそうや。雑賀衆からは鈴木義兼様、岡吉正様が来るわ。堺衆は千利休様、今井宗久様、津田宗久様らお偉いさん全員集合や」

「なんか重そうなお話しになりそうだね」

「そやな」

「堺衆さ、やはり信長公に付きそうなんだ?」

 お菊が直球で聞くと

「そうやな」

 お凛はさばさばと返したが

「あんたはどうするのさ?」

「決めてないわ。明日考える。堺の門徒の会合衆は信長公に伏すのに抵抗してるからな。それでもウチらは後ろで黙って見てるだけやけど」

 お凛は淡々と返した。

「後な、明智殿の部下の溝尾茂朝殿も来るそうや」

「会合衆にすごい圧を掛けるんだね。さすが明智殿だね」

 お菊も呆れ気味お凛に返したが

「ちょっとこうなるともうきついかな。本願寺が諦めてくれたらええけど」

 お凛だが弱音を吐いたのである。お菊は黙っていたが。


 会合衆の打ち合わせは開口神社(あぐちじんじゃ)で行われる。

 お菊とお凛だが打ち合わせが始まるまで時間があったので近くの茶店で休憩したのである。

「……」

 お菊とお凛は会話も無く静かに時間が経つのを待っていた。その時、近くに居た商人と思しき男たちの会話が耳に入ったのである。


「今日の開口神社で会合衆の打ち合わせだが」

「どうせ織田に付くか本願寺に付くかだろ?」

 初老の男たちはいつものように話していた。

「織田水軍をせっかく追い払ったのに雑賀衆が本願寺を離れるのは本願寺は痛いな」

「遅かれ早かれこうなったさ。根来衆も織田に下ったし。織田が雑賀の郷に大軍で押し掛けて来たら防げんだろうな。元々雑賀衆はバラバラだしな。本願寺も防戦一方じゃないか。(本願寺の所領だった)加賀と長島だけじゃねぇ。摂津も河内も山城の寺領も失いつつある。金も兵糧も無い。金の切れ目が縁の切れ目ってさ」

 男たちは淡々と話していた。

「……」

 お菊は黙って聞いていた。お凛は目を閉じていたが。

「毛利がどこまで本願寺を支え切れるかだな。明智(光秀)殿が四国の長宗我部を懐柔(味方に)して長宗我部の水軍衆で毛利を攻めるってさ。そうすると毛利は本願寺支援のための水軍衆を動かせない。織田の羽柴兄弟(秀吉、秀長)も播磨(兵庫県)を落として陸路での本願寺への物資の搬入を止める段取りだそうだ」

「堺の鉄砲鍛冶や刀鍛冶は信長公からの注文に追われて儲けてるから会合衆のお偉いさんも信長公に従う方に決めざるをえないだろうな」

「……」

 お菊は男たちの会話を黙って聞き続けていたが。お凛は相変わらず目を閉じていた。

「俺も堺の鉄砲鍛冶からの頼みで(鉄砲の)材料の鉄を出雲(島根県)で確保して売って稼がせてもらってるからな。最近だが毛利は堺が織田寄りと見て鉄を出荷するのを渋ってるがな。だから(毛利に敵対して滅んだ)尼子系の商人を使って鉄をかき集めてるんだ。雑賀衆も一枚岩じゃないから金を渡せば船で買ってきて横流ししてくれる連中もいるし。お前さんもおこぼれで儲かってるんだろ?」

「まぁな。足軽兵の着物の生地の青苧を越後から仕入れてくれってさ。織田は金があるから逆らえんなぁ。ははは!」

「……」

 政治や経済に疎いお菊は男たちの会話を真剣に聞いていた。

 出雲岩見は鉄や銀の産地で毛利輝元の祖父の毛利元就が尼子氏との戦いの末に苦労して奪い取ったのである。銀山が有名だがここは鉄の産地でもあり鉄砲や太刀の原料として生産地に送られていた。堺が信長の配下に入ろうしたため信長に敵対する毛利氏は堺への鉄の販売を絞ろうとしたが堺の商人はそこを器用にかいくぐって入手していたのである。

「まぁ、青苧の産地の越後の阿虎様も信長公が加賀に迫っているのが不満らしいがな」

 片方の男も続いた。

 青苧も着物の原材料で越後が産地で京や堺に送られ生地から着物に生産されていた。が、織田信長と越後を治める上杉謙信の仲が不仲になると堺への流通が滞ったのである。それでも荷揚げ港の敦賀で送付先を堺でなく京に偽装するなどして堺の商人は入手していたが。


「越後の阿虎様?」

 お菊は加賀で会った阿虎を思いだし思わず声を出してしまった。

「ん?お嬢さんは政治や経済は気にせんで大丈夫だよ。堺の金持ちの男を捕まえて生きた方が楽だよ。まぁ阿虎様みたいな方は珍しい。兄上が頼れんかったので家臣に担がれて越後の君主になって乱世を戦い抜いて生き残ってるのだからな」

「はぁ」

 阿虎と謙信の関係が分からなかったお菊は変な声を出したが。


「とにかくもう本願寺と織田の戦は終わりして欲しい。本願寺の坊官が自分の所領を奪われる惜しさに顕如様を煽って戦い続ける事は無意味だよ。門徒も死に過ぎた」

「下手したら堺も巻き込まれてしまうからね。信長公は本当に恐ろしいからね。お?千利休様だ!お嬢さん。失礼するよ」

 男たちは堺の豪商の中の豪商の千利休を見つけると茶店を出て行った。

「今まで散々本願寺に稼がせてもらってさ。金持ちの男を見つけろって何さ」

 お菊は商人のご都合に不満を感じたが。

「越後の阿虎様が何だろう?」

 お菊が不思議がると

「上杉謙信公やな。信長公に対抗できる唯一かな」

 お凛が言うと

「え?加賀で会った阿虎様って謙信公なの?」

 お菊が驚くと

「そう言う事になってる。まぁ半信半疑やけど違いないと思う。ウチは憧れるけどな。女が自力で生きるってカッコええな。まぁあの商人のおっちゃんの言う通り良い男を見つけるのは楽やけどそんなに良い男なんておらんしな」

「言える」

 お菊が返すとお凛は笑ったが。

「ウチは父上が大嫌いやから一人で生きたいんやな」

 お凛が寂しそうに言うとお菊は商品として自分を見定めようとしたお凛の恐ろしい父親を思い出した。そして自分に手を掛けようとして庇ってくれた弥生をも思い出し暗くなったが。

「だからおいちは可愛そうやな。武家の娘ならば仕方ないけど。おいちは嫁に押し付けられるのに一番向いて無いな。だからアンタもこの戦が終わったら身の振る舞い考えた方が良いで」

 お凛は淡々と言った。

 この戦いが終わるなどお菊はあまり考えて来なかったが。

 だから

「そう簡単にこの戦は終わるかな?」

 お菊が聞くと

「経済的にはもう難しいと思うで」

 お凛は淡々と返したが。

「千利休様が来たから打ち合わせも始まるわ。ウチらも行こうか」

 お凛に言われてお菊も開口神社に向かったのである。


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