生き残るためなら出し抜くのさ 28-1 挿絵あり
毛利水軍と村上水軍の支援で織田水軍を追い返し織田の石山本願寺の包囲網を打ち破り毛利氏からの支援物資を無事に搬入した事で石山本願寺は息を吹き返したのである。
本願寺の首脳は大喜びであった。ただ、各々の空気差はあったが。本願寺でも最も継戦派と称された顕如の後継の教如と配下の坊官らは信長に対する反抗作戦を練るため盛り上がっていた。一方顕如は毛利の庇護にある安芸鞆の浦の足利義昭の動きと朝廷を気に掛けていた。
お菊、おいち、お凛だが顕如との面談が木津川での戦いの前から予定されていたが顕如や本願寺の首脳が毛利氏との対応に追われたので延期となった。
お菊たちはいつものように木津川砦に戻ったが今回の勝利で緊張感は随分和らいでいた。
「なんか久々に静かな日々だね」
「そやな。教如様はともかく顕如様は色々考えてるらしいで」
おいちがお菊に返すと
「そうやな。勝ったけど毛利だってそんな余裕ないもんな。顕如様に穏便にお任せしたいわ」
お凛が言うとおいちは首を大きく縦にうんうんと振った。
「ところでやっとやけど新入りが何名か来たそうやで」
「へぇ。だから顕如様はあたしたちを呼ぼうとしたのかな?」
「そ!かもな。今は(六地蔵の)心眼様、阿形様、吽形様の元でビシバシ鍛えてるそうやで」
おいちが軽く言ったが
「ふうん。何だかな。女子?六花仙候補なの?」
「そうやって。17歳で素性がメチャ良いって」
「ふうん」
おいちは軽く言ったがお菊はあまり彼女らに明るい運命を感じなかったので暗く返したが。
「あとウチらも戦ばっかしでクタクタやん。そしたら顕如様、お休みくれたわ!」
「まじ!」
「おお!」
お菊とお凛は嬉しそうに反応した。
顕如だが戦況が安定したのでお菊だけでなく雑賀衆、堺衆にも休暇を許可したのである。
「お菊!あの計画を実行するで!」
「楽しみ!」
お菊は嬉しそうにおいちに返したが。
「凛凛!今回こそは雑賀の里に連れてってやるわ!アンタに白い砂浜と蒼い海、最高のお魚、ウチが手取り足取り本物の泳ぎを教えたるわ!」
「アンタが言うとなんか嫌な予感やな」
お凛だけは終始乗り気でなかったが。
お菊たちの休暇だが7月の後半に予定されていたが突如、雑賀の郷の都合で8月に延期された。おいちだが7月後半に雑賀の郷に所要があると戻って行った。
「なんかあったのかな?」
「根来衆となんか揉めてるらしいで」
お凛はお菊に小声で返した。
「根来衆って天王寺の戦いから信長公に渋々だけど付いてたよね。その件だろうね」
「そうやろな。でもウチら部外者が首を突っ込まない方がええかな」
お凛は素っ気なくお菊に返したが。
根来衆だが雑賀衆と同じ紀伊の勢力で地理的には雑賀衆が紀ノ川の下流を拠点にしているの対して根来衆は紀ノ川上流を拠点とし雑賀衆とは隣接していた。
ただ雑賀衆が浄土真宗の信者、門徒が多く身分も土豪や農民商人僧などバラバラなのに対し(門徒じゃない者も多かった)根来衆は高野山の真言衆の信者や僧兵が殆どを占めていた。根来衆だが織田信長が逆らった天台宗の比叡山を焼き討ちすると次は自分たちかもしれないと危惧し雑賀衆や実は不仲だが浄土真宗の石山本願寺と共に組んで信長と戦ったのである。
しかし大和が信長の配下に落ち、地続きで隣接するようになった上に石山本願寺側の戦況が悪化すると信長への態度を改め織田に近付き始めたのである。
石山本願寺や雑賀衆を憎む信長にとってもこれは渡りに船でこうして両者は結び付いたのである。
それでも両者が直接衝突しなったのは雑賀衆と根来衆同士で地理的に近接し血縁がある者同士も多かったのである。
そのような事情から根来衆も信長に味方するも直接雑賀衆を攻撃はしなかったのである。それでも梯子を外された雑賀衆は慌てて根来衆と交渉を始めたのであるが。
「みんな色々あるんだろうけどさ」
お菊は呆れ気味に返したが。
8月の半ばに入ってようやく雑賀の郷からおいちの配下の七ッ童子の小雀、蛍、鶴首、無二らが迎えの船で木津川砦まで来てくれたのである。
船が苦手なお凛はぶつくさ言ってたがお菊は構わずお凛を船に押し込んだが。
雑賀の里へは陸路より船の方が早くこの日は波も穏やかで船は順調に進み2日弱で木津川砦より雑賀の郷に到着した。雑賀の港ではおいちがお菊とお凛を待ち構えていた。
「おお!意外とエエやん!海と川の濃い青と山の緑が釣り合ってるわ!」
ただお凛だが雑賀の郷に到着するや意外や良い反応をしたのである。
「だから言うたやろ!来て絶対に損はさせんて!」
おいちも調子良く返したが。
その日はおいちの実家の雑賀城の裾の屋敷で取れ立ての刺身や魚料理を堪能し翌日の移動に備えたがおいちから少し残念な知らせがあった。
「すまんが白い砂浜と蒼い海は今回は行けなくなったねん。地元衆の護衛の協力が得られなかったねん」
「ええっ。残念」
お菊はがっかりしたが
「その代わり紀ノ川上流にキレイな浅瀬があんねん!そこに行くで!海と違って水が冷たくて気持ち良いしベタ付かんし。流れがちょっとだけ速いんで気を付けなあかんけど。鮎も泳いでるからご馳走するで!」
おいちが言うと
「あら。鮎の塩焼きとかおいしそうね」
お菊は食い気が先に出たが。
「ウチはやっぱアンタのお屋敷でくつろがせてもらおうかな。流れが速いと怖いもんな」
泳ぎが苦手なお凛は躊躇したが
「小雀と蛍と鶴首も来て手伝わせるから大丈夫やで!雑賀の郷の若いのもみんなそこで水練してるし!行こうや!」
おいちに押されてお凛も渋々行く事になったのである。
翌日だがおいち、お菊、お凛は馬の背中に揺られておいちの一押しの紀ノ川の浅瀬に向かったのである。
「叔父上(鈴木義兼)が先に行って鮎の塩焼きの支度してくれてるわ!」
「楽しみ!」
お菊は鮎料理を楽しみにしていたがお凛だが
「やっぱ遠慮するかな。何か嫌な予感するな」
お凛はちょっと構えていたが。
「大丈夫やって!今日は川の流れが穏やかやしこんな暑い日は川遊びは最高やって!」
「何かなぁ」
おいちに言われてもお凛はまだぐずっていたが。
雑賀のおいちの屋敷を出て2時間強ほど馬の背中に揺られて上流に進むと白い河原が広がり川幅は少し狭くなったが水が清らかに流れる場所が見えて来た。河原が広いので外からはよく見えないし民家も離れていた。
「人払いもバッチリや!恥ずかしがりな凛凛に気遣ったで!」
「なんかその言い方ムカつくわ!でも濃い緑に川が青くてええな!ちょうどお尻も痛くなってきたわ」
お凛だが2時間の馬の背中で揺られたのでお尻をさすりながら言った。お菊もだが。
「もうすぐやで。実はここはもう根来衆の領域なんやが今回は事前に連絡してるんで大丈夫や」
「へぇ。雑賀の郷と本当に近いんだ」
「でも知り合いが多いから基本は行き来しても平気やけどな。今日は一応護衛とか人数がいるから事前に知らせたねん」
「なるほどね」
この時のおいちとの会話だがこの時はお菊はたわいの無い会話と思っていたが。
白い河原に降りると川では先に水浴びしてる集団が見えてきた。おいちの愛馬の竜華号がいななくと護衛の兵がお菊たちに気遣って下がった。
なんかきゃあきゃあと嬉しそうな声が聞こえ賑やかであった。
「良いね!楽しそう!」
お菊は気にしてなかったが
「ありゃ?うわあ!なんか嫌な予感するわ!」
お凛は変な声を上げたがお凛の予感は的中したのである。
「姫様!お先です!」
「今日はすごく気持ち良いですよ!」
「流れも静かで最高です!」
おいち配下の七ッ童子の小雀、蛍、鶴首や配下の女子衆が先に来ており手を振り大はしゃぎであった。
「おお!みんな今から行くで!待っててな!」
おいちも嬉しそうに手を振って返した。別にこれは普通であったが。
「ちょ!おいち!男もおるやんけ!なんやねん!コレ!」
お凛が動揺したのはおいち配下の七ッ童子の男衆、無二、但中、発中、下針とその配下も居たからである。彼らも平然と女子衆と川遊びをしていた。もちろん彼らも裸であるが。
「……!」
顔見知りも居るのでさすがにお菊も赤くなったが
「あかん!ウチは無理や!さよなら!」
お凛はそう言うと真っ赤な顔で慌てて馬を反転させ全力で逃げ去ったのである。
「こら!凛凛待て!ここで慣れればどこでも大丈夫や!わ!逃げ足早っ!ウチがアンタのカナヅチだけでなく男嫌いをも手取り足取り教えて直してやろうと思ったのにな!まったくなんやねん!」
「あんたね!いくら何でもこれは厳しいよ!あたしだってちょっと目のやり場に困るよ!」
お菊がおいちに膨れると
「うぶ な振りはやめい!アンタこそウチのはるか斜め上を行ってるで」
「なにおぉ!このお!」
おいちの返しにお菊は膨れたが
「ま。ウチは暑いからさっさと入って遊ぼ!すまんなお菊!」
唖然とするお菊を置いておいちは竜華号から降りるとさっさと全部脱いで川に入って行ったのである。
鈴木義兼や配下の者が苦い顔をしていたが。
「義兼殿!おいちももう19歳ですよ?さすがにちょっとこれはまずいんじゃ!」
お菊が義兼に口を尖らすと
「まぁまぁ。昔からのここの風習です。でも姫もさすが今年で終わりにする言うてました。だからお菊殿たちを呼んだ次第で」
「もう!呼ばれてもさすがにあたしは入れないよ!」
お菊は膨れながら顔を赤くし目のやり場に困りながら義兼に返したが
「あと、今日あなたに来て頂いたのはちょっとお話がありましてな」
義兼は暗い顔で言った。
「お話?」
お菊がきょとんしたが義兼は淡々と鮎を焼き
「もうちょっとで鮎が焼きあがります。もうちょい」
「?」
「出来た!どうぞ」
焼きあがったばかりの鮎をお菊に差し出したのである。
「うわぁ!ありがとう!おいしそう!頂きます!で、お話は?」
お菊が鮎を食べながら聞くと
「姫が自分からはとても話せないと。だからワシが話しますが」
義兼は大きく息を吸うと
「雑賀は織田信長公に降伏する事にした」
「!」
お菊は固まってしまった。
「どういうことですか?もう石山本願寺に協力しないと?」
驚くお菊に義兼は力なく頷いた。
「根来衆とも話し合ったがどうも来年信長公は従わねば10万の大軍でここに攻めに来ると。それまでに返答しろと。根来衆も巻き込めない」
「そんな……」
「殿(鈴木重秀)は姫を織田に人質に出す。姫はもうここに帰れないかもしれない。あと今、一緒に楽しんでいるあの子たちも敵になると子もいると思う。雑賀の中にも信長には意地でも従わず惣を守るため本願寺と抵抗を続ける者も居る。我々は分裂するのですな」
「そんな……そうだったのか」
お菊は茫然とした。しばらく黙っていたが立ち上がると全部脱いだのである。
「え!お菊さん!ちょっと!」
義兼らがお菊の予想外に驚くのも気にせずお菊は川に入ったのである。
「気持ち良い!海とは違うね!」
お菊は川の水の冷たさにはしゃいだが
「お!お菊、来たか!さすがやな!」
おいちがお菊を待ち構えていたが。
「ほら!」
お菊は思いっきり水をおいちにかけたのである。
「やったな!」
お互い何も考えず水を掛け合ったのである。
隣のお菊よりちょっと若い娘だが赤ちゃんを抱いて水浴びしていた。
「あら!かわいいね!おいくつ?」
「0歳ですよ!」
「大事にしてあげてね!」
お菊は赤ちゃんに目配せしてあげた。
「そ!ウチらもそんな年になったんやね!」
おいちがお菊に水をかけながら言うと
「最後の夏休みかな!さようなら子供!」
お菊も負けずにおいちに水を変えて返したが
「ああ!ウチは大人になりたくない!大人になりたくないわ!」
おいちはいつの間にか泣きながらお菊に水を掛けていた。
「泣くな!この!らしくない!」
お菊も泣きながら水を掛けたのである。この日はみんな遅くまで川遊びをしたのである。




