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他力本願 27-2

 毛利水軍の大将は乃美宗勝と言う経験豊かな老武者である。ただ実際に戦うのは水軍衆として名高い村上水軍である。船団は大阪を目指して順調に東に進んでいた。2人は旗艦の関船の甲板上から西にある大阪方面を眺めていた。

「君の娘さんが石山本願寺に居たそうだが?」

 乃美は村上水軍の大将の村上吉充に声を掛けた。

「先月の戦で死んだそうです。あんな親不孝な娘でも死なれると悲しいですな」

 老武者の村上吉充は寂しそうに言った。

「ふむ。彼女にお子さんは居たのかね?」

「居たようですが侍にするつもりは無いとワシは会わせてもらった事がないですな」

「武人の娘としては失格だが母親としては立派だ」

 乃美は笑いながら返した。

「予定通りで良いかな?」

 乃美が船長に振ると

「は!雑賀衆とは連絡取れております!雑賀衆が南方から織田水軍を攻撃開始したら我らの村上水軍が北から突撃、挟み撃ちを敢行します!その間に毛利水軍本隊が顕如様にゆるりと物資をお届けいたします!」

 船長はてきぱきと即答した。

「よし。すべて順調と見た。淡路島で待機、雑賀衆との連携は万全にな」

 乃美率いる毛利水軍は予定通り進み淡路島の岩屋に入ると雑賀衆との連携の機会を待ったのである。


 お菊だが織田方の住吉浜手の城の木津川を挟んで対岸の木津川砦においち、お凛らと配備させられた。木津川砦だが東には織田方の天王寺砦があり両砦に挟まれ危険度が高いので本拠地の本願寺に次ぐ重要拠点として優秀な兵が優先して配備された。

 ただ本願寺の兵の不足は激しく三津寺砦と難波砦は廃棄し木津川砦に統合していた。それでも戦が無ければ普段は監視業務ばかりで静かであったが。


「退屈だなぁ。堺に遊びに行きたいな」

 お菊があくびをすると

「(織田方の)住吉浜手の城と和泉岸和田城の動きが激しいらしいで。気を付けなあかんで」

 お凛が緊張気味に言ったが

「はぁい」

 お菊は覇気無く返したが。

「なぁ、聞いたかいな?」

 おいちが小声で言った。

「何がさ?」

「この前の晒し首の件や」

「ろく?」

「アンタ政治は鈍いな!(織田方の京都所司代の)島田秀満殿の件やで!」

 的外れなお菊においちが少し苛立ったが

「早とちりで織田からの和睦の交渉団を斬ったなんてマジかいな?誰か処罰されるのかいな?」

 お凛が小声で聞くと

「顕如様が斬った坊官を処罰をしようとしたら蓮如様の一派が暴れて無しになったらしいわ」

「全然本願寺の中の軍規が成って無いやんけ。あと内輪で争ってどうすんねん」

 お凛が呆れたが

「信長公はまた言い掛かりを?」

 お菊が聞くと

「それも不気味やねん。信長公やけど島田殿の首を返したら静かにしてるそうやで」

「どうせ何か企んでるんでしょ」

 お菊が再度、あくびをしながら返すと

「そうやけどな。なんか不気味やな」

 おいちも納得しないように言ったが。


「また織田水軍が来た!全員配置!」

 突如、物見櫓の兵が大声を上げた。

 南から関船一艘と小さい小早が数艘随伴して本願寺の方に向かって来た。沖合の商船、弁才船が慌てて逃げ出していた。でもいつもの風景であった。

「やれやれだね。ここ最近は毎日のように姿を現すね」

 お菊も溜息をついた。

「なんか大きな動きがありそうやな。だから信長公も静かなのかもな」

「こちらの戦力は回復しておらんのになぁ。参ったわ」

 お凛とおいちもぼやいた。

「なんかあたしもううんざりだよ。何をしてるのか自分で分からなくなるよ」

 お菊が小声で悲しそうに呟いたがおいちとお凛は聞いていない振りをしたが。


 信長配下の三好康長の工作で河内や和泉の衆は織田に付いたのである。元々三好長慶時代は三好の勢力圏であったが三好が衰退し本願寺が優勢の頃は本願寺に付いていた。また本願寺の勢力が衰え織田の勢力が伸びて来ると織田に付いただけである。

 雑賀衆からすると紀伊と本願寺の間の和泉や河内が織田に下ったのは打撃であった。陸路での往来が困難になったからである。まだ海路で石山本願寺との往来は出来たが和泉の岸和田城に織田の水軍衆が集結し始めると船での安全な往来も難しくなっていた。


 狼煙(のろし)を上げると本願寺の水軍衆の軍船が配備されてる本願寺桜花楼砦からも迎撃の軍船、関船と小さい小早数艘が出て来た。

 いつものように鉄砲で小競り合いを行うと織田の船団はやって来た南方面に引き上げて行った。お菊たちの出番は無く遠くから見守るばかりである。


「織田の水軍の拠点の岸和田城を叩くのは難しいのかな?」

 お菊が聞くと

「三好時代からの堅牢な城やねん。難しいわ」

 おいちは素っ気なく返したがその後、小声で

「岸和田の南に本願寺の貝塚御坊があるねん。そこに河内や和泉の門徒や雑賀衆が居るねん。でもお互い本音では地元衆同士やから争いたくないねん。上が騒いでもな」

 複雑な事情を語ったのである。

「なるほどね。確かに。じゃあこれは茶番なの?」

 お菊が小声で言うと

「信長公が本気になったら海路も妨ぐで」

 おいちが言うとお菊も黙った。

「毛利水軍が来てくれれば降伏するかな?」

「水軍をどかせば陸から攻められるかもしれんけど最近は本願寺も兵が集まらんからな。住吉浜手の城のだけじゃなく天王寺砦や若江城にも織田の兵は居るしな」

 お凛も不満そうに言った。門徒衆であっても昔のように兵が集まらないのである。門徒衆と言えども負け戦が続けばさすがに教えのためでも命は惜しいし本願寺の現世の益の教えに完全に相反していた。明智光秀がお菊に説教した事と同じである。

 実はお凛が一番それを痛感していた。お凛の堺衆だが以前は熱心な門徒宗や自由を条件に奴隷上がりの兵などが志願してやって来たが堺の会合衆はもう織田に従う方に舵を切っていたのである。会合衆としては本願寺に協力しない方針にしていた。そのため個人、熱心な門徒として参戦している者ばかりであった。お凛はいずれ会合衆から本願寺に申し出が入りバレる話なので細かくはおいちら雑賀衆や本願寺には話さなかったが。

 ただお凛の知らないところで会合衆は信長に本願寺に協力しないが商いはしたいと伝え信長に呆れられていたが。


 織田の水軍衆との小競り合いが終わると本願寺の船団は珍しく木津川砦に向かって来た。誰かが船の上で手を振って合図していた。

「おふうさんだ」

「何やろ?」

 お菊とおいちが不思議がってる内に船団は到着したのである。

「もうすぐ毛利の大船団が大阪に着くよ。おそらく織田もそれを阻止するため海路だけでなく陸路、天王寺砦、若江城からも攻めて来るよ。本願寺も若江城や荒木村重の野田福島城からの攻撃に万全に備えてるよ。みんなも心してね」

 おふうが言うと

「ついに来たかいな!やったわ!信長公に一泡吹かせたるわ!」

 おいちが嬉しそうに声を上げた。

「ついでに住吉浜の手城と岸和田城も落とせば雑賀の郷と本願寺が陸路で結ばれますね!」

 横から七ッ童子の小雀が入って来ると

「そうや!その勢いや!そうしたら雑賀の郷の中の不穏な空気も吹っ飛んで雑賀の郷はひとつにまとまるわ!」

 おいちは思わず本願寺に今まで通り付くか信長に詫びるかで揉めてる雑賀の郷の本音を漏らしてしまったが。

 お凛はにこりと笑いお菊は一瞬驚きの顔をしてしまったが。


 数日後だが雑賀衆の重臣の岡吉正が菊之助を連れて木津川砦にやって来たのである。

「菊坊!久々だね!」

 お菊は軽く言ったが菊之助は珍しく緊張していた。

「爺や!よくやってくれたわ!バッチリやね!さすがや!菊坊も安心せや!」

 おいちは岡と菊之助に軽く言った。

「なんの事?」

 お菊がおいちに聞いたが

「アンタは政治は知らんで大丈夫!政治はおいちにお任せや!」

 おいちは軽く返した。

「?」

 お菊はよく分らず不思議な顔をしたが。

 岡と菊之助だがその数日後、住吉浜の手城に大事な交渉があると向かったのである。

「大丈夫?護衛も少ないけど。なんの交渉なのさ?」

 お菊だが心配そうに岡と菊之助を見送った後、おいちに聞くと

「父上(鈴木重秀)や紀伊の国人衆、三井寺も動いてるから大丈夫や!まぁ簡単に言うと堺から本願寺への荷駄を見逃して欲しいって話やな。あと紀伊から堺への荷駄もな」

 おいちは軽く言ったが

「あんたさ、遠回しに陸路を通してくださいって言っても敵なんだよ? はい っていう訳ないじゃん」

 お菊が呆れると

「頭は使いようやで。ちょっとアンタのお耳を貸してや」

 そう言うとおいちはお菊の耳越しにごにょごにょと長い説明をしたのである。

「ええっ?大丈夫なの?」

 お菊だがそれを聞いて思わず仰天した。


 おいちによると住吉浜手の城の城主の佐久間安政だが正室が紀伊の保田氏の出身である。保田氏だが紀伊の守護の畠山氏の重臣筋であった。その安政の妻だが実父が亡くなり織田と雑賀衆の争いに巻き込まれて実父の保田氏の所領の継承が出来なくなっていた。そこを鈴木重秀が気付いて接近したのである。

 安政だが佐久間姓だが佐久間信盛とは別の一族である。佐久間信盛に大阪にいきなり呼び出されて危険な本願寺との戦いの最前線に放り込まれた事に安政は不満を感じていた。

 安政だが母親が柴田勝家の妹なので佐久間信盛よりも柴田勝家に好意を持っていた。安政だが勝家を武人としては実直で優秀だが商いや政治は不得手で物資、鉄砲の不足には信長の無茶振りもあるがいつも確保に苦労しているのは知っていた。

 鈴木重秀だが安政の正室の紀伊での所領を認めさらに雑賀衆が入手した鉄砲や弾、硝薬の横流しを提案したのである。たださすがに信長にバレたら無事に済まないのを安政は悟り躊躇したが重秀は紀伊の守護の畠山氏が実質、滅亡状態を理由に妻の保田氏一族が紀伊に残っている以上、紀伊の統治は畠山氏に代わり守護代保田氏の責務である、安政にもその権利と責務があると言いくるめたのである。

 安政だが重秀に乗せられてしまったのである。重秀だが紀伊の守護代の安政に従う証として菊之助を送り込んだのである。


「ちょっと!菊坊、大丈夫なの?お預かり(人質)じゃん!」

 お菊が口を尖らすと

「菊坊は賢いから危なくなったら安政公の配下になっても構わん言うといたで」

「え?適当過ぎない?」

 お菊が呆れると

「生き残るのが大事やろ?菊坊だけじゃないで!雑賀衆も同じやで!」

 おいちは構わず返したが。

「おふうさんも言ってたけど毛利水軍が来るじゃん」

 お菊も返したが

「そりゃ毛利氏に勝って欲しいけど毛利氏は播磨(兵庫県)で織田の羽柴(秀吉)軍と対峙してるし四国の長宗我部とかとも対峙してるんやで!九州でも島津と言う凄いのと揉めてるやろ?そんな余裕は無いで。来なかった場合の万が一も考えなアカンのやで!」

 おいちが反撃すると

「もうったらさ!勝手すぎるってさ!」

 お菊も渋々下がったのであるが。


 そんな中、7月上旬のある朝だが物見櫓の兵が大声で叫んでいた。

「織田水軍が来た!すごい大軍だ!」

 確かに大阪湾を見ると100艘以上の安宅船を中心とした織田の大船団が木津川の河口を封鎖するように展開して来たのである。これは今までに無い規模の大船団だった。

「うわ!すごい数!」

「マジかいな!信長公本気やん!」

 お菊とおいちが仰天した。

 織田信長の配下の和泉衆、河内衆の水軍衆だが伊勢から来た信長配下の九鬼嘉隆配下の水軍衆と共同で木津川の封鎖、物資の搬入を妨げる作戦を始めたのである。

 本願寺だが陸路も海路も封鎖されたのである。




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