他力本願 27-1 挿絵あり
天王寺合戦で織田信長の攻撃を大きな犠牲の上に何とか抑えた石山本願寺だが信長もすぐに対応して来たのである。まだ戦が終わって時間が経過していなかったが信長は兵をかき集めて家老の佐久間信盛に1万5千を預けて若江城に差し向け天王寺砦も再強化し陸路から石山本願寺へ向かう道の封鎖を始めたのである。
摂津や河内、和泉には本願寺の門徒が多数暮らしていたが彼らもこの戦いは実質的に織田の勝ちと見て彼らも巻き込まれるのを怖れて陸路での本願寺への物資の搬入に躊躇するようになり本願寺だが物資の入手に苦労するようになるのである。
それでも海路ではまだ物資は送れていたがそれもやがて織田方に付いた和泉の水軍衆が動くようになると海路での安全な搬入も困難になりつつあったのである。
そのような最中だが戦いが終わって一週間弱経過し、今回の戦いで戦死した門徒を供養すべく本願寺の本堂で大規模な法要を顕如自らが執り行った。
顕如だけでなく顕如の後継者の蓮如やその弟の准如、顕如の正室の如春尼、顕如の重臣衆の下間頼龍、下間頼廉、下間仲孝らと六地蔵と六花仙の残存者、鈴木重秀ら雑賀衆の首脳、お菊、おいち、お凛、七ッ童子らや多数の門徒も参加し戦死した弥生たちや小次郎、まえこや無名の門徒らを極楽浄土に送ったのである。
顕如は集まった多数の門徒の前で爽やかな笑顔でみんなを労ったのである。いつものように進むは極楽、退くは地獄を唱えて。
しかし今までのような狂信的な門徒の盛り上がりは今は率直に感じられなかった。
みんな何か引っ掛かった妙な気配を放っていた。お菊らも充分にそれを感じたし顕如も本願寺の首脳陣もである。それでも法要は無事に終わったのであるが。
その後、本堂で行われた本願寺の首脳の会合で
「顕如様。門徒の不満は今までに無く高まっております。ここを退去する兵も出始めております」
下間頼龍は顕如に立腹されるのを覚悟し率直に言った。
「臆病者たちめ!」
若い蓮如は歯軋りしたが。
「これほどの犠牲を強いても戦況は悪化の一方。新たな道を門徒に示す必要もありますでしょう」
下間頼廉も遠慮せずに続いた。
「策は練っている。もうすぐ援軍も来る」
顕如は額に脂汗を浮かべながら冷静に返したが。
「本願寺に和睦の交渉に来ていた織田の京都所司代を討ってしまった件ですが信長公が朝廷の公家衆まで使って返却を求めて来たので昨日京に送り返しましたが」
下間仲間が遠慮勝ちに言うと
「せっかく織田の重臣の首を討ち取ったのにそれを返すなんて坊官はかなり不満を漏らしています!」
蓮如が反発すると
「理由はなんであれ和睦の使者を戦が始まったからと事情も聴かずにいきなり斬るなど思慮浅く不憫過ぎる。これは信長公の求めに応じるしかない」
顕如が蓮如に返すと蓮如は再度不満そうな顔をしたが。
「(討ってしまった京都所司代の)島田(秀満)殿の付き人の話から本当に信長公がこちらに向かって進んでいるとは知らなかった可能性が高かったようですが」
仲孝が小声で言うと
「それはそうだろう。あんな少数でここに攻めて来るなんて正気の沙汰じゃない」
顕如も怖れ気味に言った。
変な静寂が一同を覆ったが
「ともあれこのままでは我々は中から崩れてしまう。それだけは防がねばならない」
顕如は苦い顔で冷静に言うと。
「将軍様(足利義昭)を支援されてる毛利輝元様が間もなく援軍や物資を間違いなくこちらに送ってくれます。織田を蹴散らせば門徒衆も落ち着きを取り戻すでしょう。あと万が一にも帝(正親町天皇)にも使者は送ります」
仲孝が冷静に言った。京を追われた足利義昭だが紀伊を経由して毛利の庇護を受け毛利領の安芸(広島県)鞆の浦で暮らしていた。そこで打倒信長と京への帰還を企んでいたが内心輝元も快くは思っていなかったが。
顕如だが戦況が芳しくないのは百も承知だったが現場の兵ではなく指揮する坊官は戦局より自分の所領を守るのに必死だった。そこを納得させるのは自分の職務と承知していたが雰囲気的にそれも難しくなっていた。坊官を説得させるため最後は帝を頼るのもやむを得ないと顕如は考えていた。
顕如は何も言わずに仲孝に頷いた。
法要が終わるとお菊、おいち、お凛らは本堂の外に出て本願寺の門前町外れの罪人らの晒し場に向かった。
「体調はどうかいな?」
「ありがとう。元に戻った。大丈夫」
お菊はおいちに返した。
「予想外の展開やな」
お凛が静かに言うと
「そうだね」
「ホンマやな」
お菊もおいちも静かに頷いた。
晒し場に着くとそこには石山本願寺を裏切ったろくの首が晒されていた。ろくだが本願寺を裏切った後にお菊を襲うも失敗すると何とか根来の郷に逃げ帰るも雑賀衆との騒乱を怖れた根来衆の一派に裏切られて暗殺されたのである。首は本願寺に詫びとしてそのまま送り届けられ、裏切者の首として晒されたのである。
ただろくの首だが意外と冷静な諦めにも似た表情だったのは変な言い方だが救いではあったが。
「額に(鉄砲で)撃たれた跡がある。撃たれてから首を取られたんだ」
お菊が無感情に言うと
「諸行無常なやぁ」
おいちも返した。
「ホントだよね。嫌な奴だったけどこんなの見るとなんだかな」
お菊も複雑に言った。
「大人って面倒くさいな。南無阿弥陀仏」
「ホンマやな。南無阿弥陀仏」
お凛が手を合わせるとおいちも続いた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
お菊も無感情にろくの首に念仏を唱えた。
「あれ?昨日まであった首が無くなってるな?どうしたんかいな?」
おいちだが今日の目当てだった別の首が無くなっているのを不思議がると
「ああ、織田のお偉いさんの首かい?信長公からの脅しだけじゃなく朝廷からも返すよう圧があり本願寺が慌てて丁重に包んで昨日京に送り返してたよ。せっかく討ち取ったと思ったら全くどうしようもないね」
首の見張りの男が吐き捨てるように言った。
「なんで返したの?」
お菊が聞くと
「どうも和睦交渉に来た織田のお偉いさんはまさか信長公が本願寺に攻めて来るなんぞと思わなかったらしい。予想外だったようだ。それを本願寺の早とちりの坊官が討ってしまったとさ!思慮が浅すぎてホント笑えないね!」
男は呆れながら言った。
「?」
お菊、おいち、お凛らは政治的な事情はよく分らなかったがそれ以上は聞くのはやめた。
お菊、おいち、お凛はお菊か小次郎と住み弥生が所有する坊の桜花院に帰り、茶菓子を食べながらくつろいでいたが
「寂しいな。優しかった弥生さんもうるさい小次郎もいなくなっちゃった」
お菊は寝そべりながら饅頭を見ながらぼそりと言った。
「悲しいかな。戦はまだまだ続くらしいで。アーメン」
お凛だが左手を枕に仰向けに本を読みながら無感情に返した。
お菊は軽く溜め息をついたがふと
「ところであんた何を読んでるのさ?南蛮本?」
お菊だがお凛の読んでる本が気になり覗き込んだ。
「キリシタン本で聖書言うんやけどおもろいで。経典みたいなもんかいな」
お凛は素っ気なく返したが。
「そんなの面白いんだ。でもあんた意外性があるよね。怪力だったりいきなり男相手に啖呵切ったり。そしてそんな難しい南蛮本読んだりさ」
お菊が感心すると
「この戦が終わったら将来は商人として独り立ちしたいんや。父上なんかに頼らず自分の力だけで何とかしたいねん」
お凛が真面目に返すとお菊はお凛の父親を思い出し複雑な顔をしたが。
「あたしは戦が終わったらどうするか何も考えてないな」
お菊がぼそりと言うと
「だったら雑賀の郷で働いてや。雑賀衆は本業は海運商やで。凛凛は船が苦手やろ?ウチとお菊の船で凛凛の荷物を運ぶで」
おいちが軽く言うと
「でもあんた雑賀の姫なんでしょ?どっかに嫁に出されるんでしょうが?」
お菊が怪訝な顔をすると
「雑賀衆の中の別家に嫁ぐんだったら関係ないやん。今まで通りやん」
おいちが素っ気無く返したが明智光秀がおいちに企んでいる何か、利用価値が何かを言っていたのが一瞬気になったが忘れる事にして
「そりゃそうだけどさ」
お菊もおいちに返しておいたのであるが。
「でも疲れるわ。やっと弥生さんや小次郎の法事が終わったと思ったら早速また戦らしいな」
おいちが溜息をついた。
「ほんまやな。本願寺は堺とを結ぶ陸路を通れるよう元に戻したいみたいやけど今回は堺の会合衆も信長公の圧に屈するのが増えて本願寺への支援がかなり減りそうやもんな。このままではマズいかもな」
お凛も続いた。
「船(海路)だけでの物資の搬入もきついもんね」
お菊も悟った。
信長だが佐久間信盛、信栄親子に命じて本願寺の木津川砦の対岸に元々、三好時代よりあったが廃城同然になっていた砦を大急ぎで改修させたのである。住吉大社だけでなく堺からも近いこの地に信長が城を作れたのは堺の多くの豪商が信長に従いつつあるのを意味していた。この城は住吉浜手の城と呼ばれ海にも面し織田の水軍衆の拠点のひとつとなった。またこの城のおかげで堺から本願寺へ陸路で物資を搬入するのは困難になった。
ただ信長だが天王寺合戦での石山本願寺の予想以上の強硬な抵抗を受け、自軍にも大きな被害を出していた。直接自らの部隊で本願寺への街道を全て封鎖し堺だけでなく門徒衆が多い紀伊へ陸路での連絡も断ち切りたかったが天王寺合戦での予想以上の兵の消耗で今の織田家だけではこの策に必要な兵力の捻出も不可能であった。陸路を塞いでも海路での物資の搬入もこの時点では可能であった。
この不足する戦力の補填に尽くしたのが三好家の出の三好康長である。天王寺合戦では良い所がなかった康長だが和泉や河内は旧三好領で三好の影響力は微かに残っていた。康長はかなりの高齢な武者だったが三好の一族の血筋と経験と政治力を活用して大量の兵や船をかき集めたのであるお
ようやく信長も毛利及び村上水軍と渡り合える戦力を確保できたのである。できたはずであったが。
「村上水軍はもうすぐ安芸因島を出る出る言うけど一向に来ないしな。たはぁ」
お菊も溜息をついた。
「ところで明後日やけど顕如様とお話やって。今後の作戦かいな」
「なんか妙策でもあればええけどなぁ」
おいちとお凛も連れなく言った。
3人の気持ちも晴れなかったのである。
その頃、安芸(広島)の毛利輝元だが石暇本願寺と足利義昭の要請を受けてようやく支援物資を積んだ大船団を大阪に送ったのである。
毛利の大船団だが因島の村上水軍の護衛を受け、大阪へ発ったのである。




