地獄からの巫女 26-5
「何の騒ぎだ?」
天王寺砦に籠城する明智光秀も外の異変に気付いて慌てて物見櫓に自らよじ登って状況を確認した。天王寺砦の北側に陣取る本願寺だが元々そこに建つ本願寺と親しい神社に協力を依頼し陣としていた。その神社から煙がもうもうと上がり雄叫びや鉄砲の大音響が聞こえ戦が始まったのを光秀らも確認した。
「嘘だろ?」
藤田伝五が声を裏返した。
「なんで(少数の)若江城の部隊が?狂ったので?」
溝尾茂朝も唖然としていた。
本願寺を東から睨む若江城の織田の戦力は千程度しかいなかった。天王寺砦をぐるりと囲む本願寺の戦力1万強に数字の上では勝てるはずが無かった。その若江城の部隊が天王寺砦の北の本願寺の陣に攻め入っていたのである。
「十兵衛様(明智光秀)!若江城の部隊だけではないです!瓢箪(羽柴秀吉)や九曜紋(細川藤孝)の旗印も見えますのでおそらく上様(織田信長)の命で動いてるのかと!」
物見の明智兵が横から報告した。
「(守口砦の細川)藤孝殿だけでなく(近江長浜の)羽柴殿までがいつの間にか若江城に来ていた?」
光秀だが味方の予想以上の速い展開に正直驚いたのである。尾張や美濃、近江から兵を集めて装備を整え石山本願寺に進軍させるには普通は1週間から10日が掛かる。
光秀らが天王寺砦に籠城してわずか4日目に味方の援軍がやって来たのである。
天王寺砦の若干南東の本願寺の陣になっていた四天王寺からも煙が上がって戦が始まっているようだった。物見兵は遠くが見渡せる南蛮望遠鏡を覗き込みながら味方の旗印を必死に確認していた。
光秀も冷静に状況を分析していた。光秀だがあの法力を感じる脇差が反応しているのに嫌な予感がしたのであるが。
「まさか信長公が来ている?すごい気だな」
光秀は思わず怪訝な顔で口走った。
「北の本願寺の陣所を焼き討ちしているのは羽柴秀吉殿、藤孝殿と秀満殿、若江衆の部隊のようです!東の四天王寺にも既に我が軍が乱入している模様!旗印から松永(久秀)隊、丹羽(長秀)隊、滝川(一益)隊、蜂谷(頼隆)隊、稲葉(一徹)隊、と帰蝶様配下の美濃衆、あと上様(織田信長)の(親衛隊の)赤黒母衣衆と思われます!我が軍が敵の数をものともせずに押してる模様!」
物見の兵は旗印を見ながら的確に報告した。
「良い報告だ。うん」
光秀は良い展開に笑顔で言ったが
「本当に信長公が来てると?影武者では?」
「本物ならばあまりに無謀です!」
ただ伝五と茂朝はまだ信じられないと顔に出していたが。
「本当に信長公が来たのだよ。塙直政殿を討たれて激怒しているのだよ」
光秀は反応する脇差を見ながら言った。脇差の反応が分る面子はここでは光秀しかいないが。
「我々もここで黙っている訳にはいかない。出陣する!家老様!三好(康長)殿!北の味方の支援を!」
光秀は佐久間信盛、信栄、三好康長に砦の外に出て信長の支援を指示したが
「兵が足らん!籠城に徹して(北側で戦っている部隊を)迎え入れた方が良かろう!」
佐久間信盛は自軍の戦力が少ないので躊躇したが
「信長公はここを出て戦えと 怒ってる のですよ?出陣を!」
光秀が渋る信盛に冷徹に言うと
「は!」
佐久間信栄と康長は信長の万が一後で怒られるのに怖気て決心したのである。
ただ
「北の敵部隊は我が軍の予想外の来襲と焼き討ちで混乱しています。何とかなりますよ。羽柴隊、細川隊、若江衆と合流出来たら勝てますよ。合流したら天王寺砦に籠城して迎え撃てば大丈夫」
光秀が笑顔で言うと
「分かったわい」
「は!」
佐久間信盛、信栄、康長らは準備を終えると天王寺砦の北側で本願寺と奮闘する羽柴秀吉、細川藤孝、若江衆と合流すべく出陣して行ったのである。
「(荒深)小五郎!隋風殿と留守を頼む!家老様の部隊が戻るまで待てばいい。本願寺の本隊と雑賀衆は絶対にこちらに来る。そうしたら合図を送って家老様たちを天王寺砦に必ず撤収させるよう。我々は負けないので落ち着いて戦うように」
「はっ!死守しまする!十兵衛様のお帰りお待ちしております!」
荒深小五郎も力強く返した。
「隋風殿。危なくなったら念を送るから僕に力を貸してください。頼みます」
「十兵衛殿に死なれたら困るからね。やった事ないけどやるしかないね」
隋風も承知した。
「さて、僕らも出るぞ。四天王寺へは信長公の本隊が東から上手く攻めている。四天王寺から火の手が上がっているのでもう中に乱入しているはずだ。僕らも信長公と合流する。なるべくお菊の化け物じみた力は出さないようにしたいが難しいかな?僕の法力がどれほどかは分からないがやるしか無い。しかし信長公め。なんて力だ?」
光秀は小声で信長の力に驚いたが。
「(別れの)盃でも飲みますか?」
伝五が冗談を言うと
「僕は戦が終わればさっさと国にみんなと帰るよ。こんな所で死ぬつもりはさらさら無くてね」
光秀が笑いながら言うと明智兵もどっと笑って安堵したのである。
「門徒衆や雑賀衆は懐に飛び込んで太刀打ちに持ち込めば弱い!鉄盾と槍だけで突っ込む!鉄砲は置いて行け!行くぞ!」
「うおお!」
光秀だが命を出すと自ら先頭に立ち戦いが始まった四天王寺に急行したのである。
四天王寺の本願寺の部隊は大混乱に陥っていた。織田の予想外の奇襲で迎撃体勢を整えておらず四天王寺の陣内に織田軍の乱入を許してしまったのである。
それでも最初は本願寺の兵も士気は高かった。織田の名将らが信じられない少数の戦力で押し入って来たので数で勝る自軍で圧し潰して手柄を立てようと目論んだのである。
しかし織田の名将らの名前は伊達でなかった。滝川一益、丹羽長秀、蜂谷頼隆、松永久秀、稲葉一徹ら各将自身だけでなくその親衛隊兵も数は少なくても良く鍛錬され怖れを知らず精強だったのである。
今回だが織田信長も自ら出陣し前線に兵と一緒に立ち、直接指揮を執ったので織田兵の士気は凄まじい高さになっていた。
光秀も前から言っていたが本願寺の僧兵はともかく雑兵や傭兵は太刀打ちが苦手だった。信長だがそこを今回、徹底的に狙った。信長配下の百戦錬磨の精鋭たちは数で勝っているはずの本願寺の兵を斬り崩しながら進んだのである。
本願寺の門徒衆も正確に鉄砲で織田兵を狙撃するも織田兵は鉄盾で上手く防ぎなら門徒宗に突っ込み槍や太刀を浴びせるのである。
「ひるむな!団結しろ!固まれ!数はこちらが有利だ!」
「ここを死守!進むは極楽!退くは地獄だ!」
本願寺の僧兵たちは必死に粘ったが太刀打ちに慣れない雑兵や傭兵は織田兵に怖れをなして逃げ出す者も出始めていた。
「本願寺に至急救援を!持たない!」
本願寺の前線は崩されて悲鳴を上げていた。
お菊たちも本願寺の救援のため庚申堂から四天王寺に入った。
「さすがに強い!並みの兵では相手にならない!まずい!」
「あの重い鉄盾で鉄砲を無力化するとは!さすが!」
マリア配下の金閣、銀閣も織田兵の戦い方に唸っていたが、
「感心してる場合じゃなくて抑えないとみんな極楽浄土行きだね?弥生!ウチらが抑えるから後方で体勢を整えておくれ!」
「マリア、頼むわ。本堂で体勢を整えて抗戦しましょう。難波砦と木津川砦の救援は間もなく来るわ。雑賀衆の本隊が来ればなんとかなるわ」
弥生だがマリアの隊が時間を稼ぐ間に本堂を中心に兵力を固めて守りを固めようとしたのである。
光秀らは信長と合流すべく本願寺の兵を押しのけながら四天王寺に進んだ。
「思ったよりも抵抗は弱い。雑賀衆はいないと見た。運があったね」
光秀は軽く言ったが
「前に強力な敵がいます!ご注意!」
「蜂屋隊も一時下がったようで。稲葉隊と交替するようです!」
前方の明智兵が次々と光秀に状況を知らせると
「前に居るのはお菊たちでは?」
溝尾茂朝が警戒すると
「間違いない。ちょうど良かった。別れの挨拶でもするかな。僕が前から突っ込む。横の守りは茂朝と伝五に任せる」
「は!」
光秀率いる明智隊は織田本隊の防戦に必死の本願寺の隙を突いてあっさり四天王寺に侵入したのである。
四天王寺の本願寺の陣の拠点の講堂を守り切るためマリアや配下の金閣、銀閣と防衛線を張り蜂谷頼隆の隊を何とか抑えたが新手の稲葉一徹の隊には疲労で戦死者や負傷者が続出し苦戦していたのである。
そこで弥生の部隊にお菊も入ってマリアの部隊を支援しようやく稲葉隊をなんとか追い返したのである。
「また新手!気を付けろ!」
「水色桔梗紋!要注意!」
弥生の配下の長兵衛と太郎が大声で警戒すると
「まさか!」
お菊が警戒すると弥生の部隊の前衛の何人かが斬られるとその男は姿を現したのである。
「そう。まさかだよ。良い勘だね」
明智光秀の隊だが四天王寺六時堂に到着したのである。
「まったく。今まで散々機会を与えてあげたのに君は全てそれを ふい にしてくれたからね。今日は信長公がいるから残念ながら見逃せないね」
「信長公がここに来てる?」
お菊が驚いて言うと
「君のような法力持ちを失うのは心苦しいが。信長公は君を目の仇にしてるからね。長島(一向一揆)で信長公の兄や弟、一族を女の武器を使って騙し討ちした下衆ってね」
光秀がにこやかに言うと
「罪の無い門徒を殺めて女を犯して正義ぶるな!獣が!」
お菊も負けずに返すと
「罪と言うのは難しい。君たちの正義が信長公にとっては罪の場合もあるのさ」
光秀はとぼけたが
「あたしはあなたのその二枚舌が大嫌いだ!信長公のためって言いながらあたしの堂島の町(故郷)を撫で斬りした時は松永兵にやらせつつ苦い顔してたくせに!京でも逆らった町民を殺めた時も織田兵にやらせつつ自分は苦い顔してたくせに!あなただって人を殺める事は罪と思ってるのにさ!」
お菊にズバリ言われると光秀も眉間にしわを寄せたが
「大人だからだよ。子供の君とは違うからだよ。仕方ないんだよ。ただ僕は君の才能は買ってるけどね」
光秀は少しいらっとしながら返したが。
「今日は君の側にいつも居るおいちとお凛がいないと見た。好機だね。うるさい雑賀の三羽烏も揃ってなければ容易いかな?」
光秀が前に向かってじりじりと進み出した。
お菊も臆せず薙刀を構えたが
「お菊。あなたと小次郎は信長公の部隊との戦いのため温存したいわ。ここは私に任せて」
弥生はお菊に言うと
「え?でも!」
お菊が弥生を止めようとしたが弥生は前に出ると
「明智殿。お久し振りですね?近江石部城と高槻城以来ですね?」
弥生が薙刀を構えると
「あなたの事は良く覚えていますよ。本願寺の要注意人物ってね。喜んでお相手しましょう。まぁ心置きなくあなたを極楽浄土にお送りしますよ」
光秀は普段通り爽やかに言うと
「相変わらずね。うぬぼれた男は女は嫌いなのよ」
「前にもあなたに言われたね。嫌われたものだね」
そう言うと光秀と弥生は太刀打ちを始めたのである。
「助太刀を!」
お菊は弥生の支援に入ろうとしたが
「殿の邪魔はさせない!」
光秀の親衛隊2人がお菊の前に塞がるも
「死に急ぐなってさ!」
お菊は叫ぶと1人目の槍をかわして薙刀で刺し倒し、背後に回ったもう1人も背中に目があるように軽く跳びかわして反転しつつ斬り倒したのである。
「おのれ!お菊め!僕の配下を!」
弥生と太刀打ちしながらも部下の戦死の様子を目の当たりにした光秀は苛立ったが
「そこ!」
「ち!」
油断した光秀にも弥生が一太刀浴びせたが光秀はそれは何とかわしたのである。
藤田伝五や溝尾茂朝だがマリアや金閣銀閣、弥生配下の太郎と長兵衛に予想外に手こずっていた。
お菊だが再度、光秀に接近するため間を伺いながら光秀の親衛隊を斬ったり刺したりして排除しつつじりじり光秀に近付いたのである。
(おのれ!兵を失い過ぎた!小賢しい!)
光秀だが予想外に苦戦になってしまったのである。
(不利か!こうなったら信長公の黒赤母衣衆を引き込むか)
光秀だがわざと信長の陣に後退する振りをして信長本隊に徐々に隊の移動を始めたのである。
弥生だが光秀の策に気付いて深追いする振りをして弥生も本堂に後退する機会を伺ったのである。




