地獄からの巫女 26-3
明智光秀だが深夜にも関わらず天王寺砦の陣小屋で隋風と話をしていた。
隋風は光秀がまだ若い10代後半、美濃で斎藤義龍に家臣として仕えて居た頃からの長い付き合いである。厳密に言うと光秀と光秀正室の煕子の法力を隋風が嗅ぎ付けて隋風が光秀の元にそのまま居候する形になり光秀の貧乏(浪人)時代もそのまま付き従い今に至っているのである。
光秀の法力を感じる脇差は隋風が元々所持していた。隋風は何のためらいなくこの脇差を光秀に渡したのである。使いこなせる人間に渡した方が良いからである。
この脇差は見た目は古ぼけた冴えない脇差であるが比叡山延暦寺攻めでは光秀はこの脇差に助けられている。光秀にとってもこの脇差は幾多の地獄(戦場)を共(友)に渡り歩いて来た仲である。
光秀は下戸だから酒は飲まない。隋風は酒好きなので嬉しそうにおちょこでちょびりとやっていた。
「これが最期の酒とかはやめてよ」
隋風が冗談を言うと
「まさか?策は練ってるよ。もう京都所司代が本願寺と直に交渉を始めているはずさ」
光秀は京都所司代の村井貞勝と島田秀満に信長の頭越し、許可無しだが和睦交渉の振りをするよう頼んでいた。
「織田の援軍はどうかな?」
「あまり期待していないよ。こちら(織田家)も戦力が足りない。帰蝶様と(織田)信忠様の美濃衆や信長公の尾張衆くらいしか動かせないのでは?越前も(上杉)謙信公の対策のため(柴田勝家や羽柴秀吉は)兵を動かせない。紀州熊野方面と伊賀方面の(滝川一益と織田)信雄様は負けたらしいからね。駿河や信濃も(徳川)家康公が頑張ってるけど長篠(の戦い)で大打撃を受けた(武田)勝頼公も兵を立て直して再度駿河に攻め入ってる。せっかく僕らが取った丹波だって赤鬼(赤井直正)が反撃をしようとしてるからね。それでも信長公が来れば雰囲気は変わるだろうけどここに来るまでには兵が集まらないから時間が掛かるだろうね」
光秀だが珍しく溜め息をついた。
織田家だが信長の次男の信雄が紀州熊野と伊賀の攻略を図った。伊勢の北畠具教は信長に表向きは従っていたが実は裏で紀州と伊賀と繋がっており攻略は失敗した。そのため信長もこの戦力を使えず美濃や尾張のそれほど戦力が無い直臣を動員せざるを得なかった。光秀が今回、天王寺砦に救援に来るのに時間が掛かりそうと判断したのはそのためである。
「兵糧はあるがこの城の造り(城壁が薄く鉄砲を防げない、防御が弱い)も良くないのでうるさい雑賀衆や本願寺の鉄砲をどうするか頭をひねってるよ」
光秀だが天王寺砦の守りに当たり空城の計を考えていた。この陣小屋の守りを徹底的に固めて雑賀衆や本願寺を天王寺砦内におびき寄せ入って来たら雑賀衆や本願寺が苦手な接近戦に持ち込もうと考えていたのである。
「雑賀衆や本願寺は鉄砲は得意でも太刀打ちは苦手だ。でも問題はお菊だよ。法力を使われたらまずい。いろはよりも法力は落ちるようだがお菊のキレた時の突破力は凄まじいからね。僕でもキレた彼女の相手はあまり自信がない。長島攻めでも武勇の誉れ高い鬼武蔵(森長可)を突破し今回も家老様(佐久間信盛)の三猿隊(佐久間玄蕃、河童、八戒)を撃破し塙直政殿までも討ったなんて驚いたよ」
光秀は率直に言った。
「わざとお菊の法力を使わせて疲れさせるしかないね」
隋風が案を講じたが
「でもその間に味方の兵の屍の山を築かれると僕らの兵が減り過ぎて戦局が苦しくなる。お菊め」
光秀はお菊を警戒していた。
「随分とお菊も本願寺にこだわってるね」
隋風は涼しく言ったが
「すまないがお菊はそんな熱心な門徒には見えないが何故だ?仲間がいるからか?ならば理解出来なくもないが賢くない。お菊だっていろはと同じように戦局は見えているだろうに」
「いろはね」
「いろは!いろはも何故……」
光秀はいろはを思い出した。
いろはは比叡山坂本の尼僧の橘花の坊で暮らしていた孤児だった。光秀が足利義昭に奉公衆として仕えて居た若い頃に知り合い光秀の配下として光秀や煕子と一緒に三好三人衆相手に転戦奮戦した。法力持ちで発動時には強力な突破力を見せ光秀も助けられた事があった。
しかし光秀が信長の配下になるといろはは光秀と袂を分かったのである。
いろはは信長の比叡山焼き討ち時に延暦寺の兵として戦い、信長を奇襲するも信長の法力の前に最期は敗死した。
そして比叡山で戦死したいろはに替わるようにお菊が現れた。偶然だろうと光秀も考えていたが(厳密に言うと直接2人は会ってない状態で2年弱この世に互いに居たが)何か引っ掛かっていたのである。
「いろはの後にお菊が僕の前に現れるとはね」
光秀だが下戸なので酒は飲まないがちょっと嫌な何かが過ったので少しだけ酒を口に含んだ。
「十兵衛殿(光秀)が法力遣いを呼んでるんだよ」
「やめてくださいよ」
隋風の冗談に光秀は渋い顔をしたが
「でも今更だがこの法力とはなんなんだろう?」
「う~ん。何だろうね?」
隋風はとぼけたが
「僕は下天を泰平の世に導く良い力だといろはと居る時は解釈していた。でもそれも今は揺らいでるが」
「……」
隋風はちびりと酒を黙って飲んだ。
「確かに信長公の圧倒的な法力は泰平の世を作るためかもしれない。僕もそう信じている。でも、そのためとてあまりにも屍が増えるのはどうかと」
光秀は再度軽く酒を口に含んだ。
「(信長の虐殺で)人がすっかり居なくなった長島には越前で投降した使えそうな門徒を殺さず移住させて住ませて田畑を耕せてるからね」
隋風はさらっと嫌味を言ったが
「しかも信長公に激しく逆らったのも法力持ちの坂本の橘花殿、長島願証寺の下間頼成殿、おひょう殿やその配下衆だなんて。こんな特殊な力を持っていても互いに分かちあえず殺し合うとはね。これは皮肉かい?あてつけかい?」
「……」
隋風は再度黙って酒を飲んだ。
「お菊もそうだ。ただお菊は法力を御してない。多分、感情が激高すると発動するのだろう。何も考えず。それでも発動されるとあの突破力は手に負えないけどね」
「それが奇跡の巫女たるゆえんだよ」
隋風が苦笑いしながら返したが。光秀は笑っていなかったが。
「僕も法力を多少は使えるし感じる。その間は動きや読みが速い感じはする。でもお菊のような圧倒的な力は残念ながら僕は出せない。でも今回はお菊に対応しないといけない。だからお菊と戦う時だが前も言ったがあなたの法力を僕に分けて欲しい」
「俺も前も言ったけど気持ちは分かるけどやった事ないよ。君だけに働くとも限らない。上手く行くかも分からないし」
隋風は率直に光秀に返した。
「あの鬼のような突破力を見せられたら並みの人間では止められないからね。そうなれば地獄絵必至さ。だからあなたに来てもらったんですよ。あなたの力を借りて止めるしかないんですよ」
光秀は真顔で隋風に言った。隋風は渋い顔のままだったが。
「僕はお菊を殺すのは惜しいと思っていたけど今となっては過ちだったかな?」
「いろはのような力を扱える駒が欲しかっただけなんでしょ?」
光秀は隋風にうなずいた。
「そのいろはすら最後は僕の元を去ってしまった。いろはは賢いから延暦寺が私欲に溺れて堕落してるのを知っていたのに」
光秀が暗い顔で言うと隋風は周囲をきょろりと見渡してから酒をちょびりとやり一呼吸整えると
「いろはは信長公の危険さを見抜いたんだよ」
小声で緊張気味に言った。
「そんなの僕も百も承知だよ。それでもまずはあの方に下天を泰平にして頂かないといけない。その後は何とでもなる」
光秀も小声で言った。
「だからあなたの力を貸して欲しい。頼みます」
光秀は隋風の両肩に軽く手を添え頭を下げた。
隋風は困惑していたが悩んだ顔で酒を口に含むと頷いたのである。
「分かったけど。でも法力はいろんな形があるね。俺は武力を上げたり幻術を見せるとかはやった事ないね。危険な気配を感じて逃げるのは得意だけど」
「どんな法力であれ一人よりも二人の方が心強いかから助かりますよ。ところで隋風殿はお菊の気配を感じるかい?」
「今はあまり感じないね。」
「塙直政殿との戦いで法力を使い切って戻ってないのかもね。都合は良いが無理押しはよくないな。お菊は隋風殿を感じている可能性もあると?」
「可能性はあるね。あと、彼女は十兵衛殿が信長公に踊らされてるのに気付いてるよ。昔は十兵衛殿を狙っていたかもしれないけど今の彼女の狙いは信長公だよ」
隋風は厳しい顔で言った。
「分かってますよ。京で以前、お菊に会った時も僕に宣っていたよ。賢しい(さかしい)嫌な娘だな。まったく。ただ殺すのは惜しい。こうなったらとことん踊っている振りかな?」
「……」
光秀を隋風は渋い顔で見てたが。
「しかし信長公を倒すためとは言え、いろははどうして地獄の門戸を開こうとしたのだろう。開けばこの世が手に負えなくなったかもしれないのに」
光秀は比叡山焼き討ちを思い出したように言った。
「いろはには信長公が鬼にでも見えたんだろうね。まぁ法力が何か分かれば俺もっともまともな僧になってたよ」
光秀も隋風の返しに思わず笑ってしまった。
「でも彼女の法力はやはり憎しみの力かもしれないね。乱世に対する憎しみだね」
隋風はあまり楽しくない表情で今度は酒をぐいっと飲み干した。
「じゃあ僕はますます死ねないね」
「信長公もね」
「もちろんさ。信長公の夢は僕の夢、僕の夢は信長公の夢だからね」
光秀はいつもの台詞を言った。隋風は苦笑いしたが。
「今回は厳しい戦いになるかな?もう遅いな。寝るかな」
「俺は和睦交渉に期待するよ」
「もちろんさ。僕もだよ。戦いはまだまだ長い。交渉は村井殿か島田殿に託すよ」
こうして光秀と隋風の闇夜の作戦会議は一応終わったのである。
「お菊さん!大丈夫ですか?」
四天王寺の庚申堂で休むお菊の元に雑賀衆の七ッ童子の女子3人がやって来たのである。小雀だが薬を抱えてた。
「ありがとう。でも大丈夫。弥生さんにお薬もらったよ」
お菊は上半身を起こしながら笑いながら言った。
「だはぁ!一歩遅かった!」
「堺まで買いに行ったのに!残念!」
蛍と鶴首ががっかりしてた。
「ふふふ。ごめんなさいね。でもあなたたちの気持ちは充分に伝わったわよ」
弥生が横から入った。
おいちだがこの日も居なかったのでお菊は心配になり聞いた。
「おいちは大丈夫?」
「謹慎部屋から逃げ出そうとして殿(鈴木重秀)に見つかってお灸を据えられてました」
「あはは。おいちらしいよ」
小雀の返しにお菊は安堵したが。
「本願寺に京都所司代の島田秀満様が来たそうで和睦交渉をしてるとか。顕如様は乗り気とか」
「天王寺砦ですが無理に力落ししたら落とせるかもしれませんがこちらの犠牲も大きいでしょうし」
鶴首と蛍が言った。
「信長公の次男の信雄公が東紀州や伊賀に兵を向けて追い返されましたが実は雑賀の郷を直接狙ってるのかもって。だからみんな些細な事で兵を減らせないと殿も心配してますし」
小雀も心配そうに言った。
「なるほどね。それはまずいね。兵を減らせないよ」
お菊も信長のやり方に内心感心はしたが。
「でもお菊さんも元気そうでよかった。あたしらはおいちさまに報告してから難波砦に帰りますよ」
小雀たちは明るく返した。
「安芸から毛利の援軍も間もなく来る予定よ。そうしたら信長公もさすがに和睦に応じるしかないと思うわ」
「毛利氏がやっと味方してくれるんだ」
お菊が驚くと
「雑賀衆は海運の縁で毛利の村上水軍とは昔から親しいんですよ」
蛍が説明した。
「でも信長公、そんな簡単に(和睦に)応じる人には見えないな」
お菊が言うとみんな苦笑いしたが。
「織田だって戦力は足りてないはずだ。ここで手打ちも悪く無いだろう。まぁ、お前もそれだけ減らず口が叩ければ明日には元に戻るだろ」
「余計!」
お菊は小次郎に口を尖らせるとみんな笑ってしまったが。
しかしみんなが帰って静かになった布団の中で
「でもおかしい?なんか変な胸騒ぎがする。ろくじゃない。明智殿でもない。まさか信長公?でも信長公は美濃に居るはずだし。何だろ?」
お菊は布団に潜っても胸騒ぎをずっと感じて居たのである。




