地獄からの巫女 26-2
変装した狐目の無造作な乱れ(ぼさぼさ)髪の町女のろくだが変装した腕利きの配下の根来衆5名と一緒に荷駄に米と野菜を満載してお菊の居る四天王寺の庚申堂に向かった。
「布施だよ。堺の玉入屋だよ」
ろくがぶっきらぼうに言うと
「ここに持って来いだなんて本願寺からも聞いてないぞ?」
門番たちが怪訝そうに返したが
「どうせ敵の天王寺砦の包囲で兵糧は要るんだろ?遠慮なくもらった方があんたの評価は上がるよ?門番さん」
ろくがにやりと笑いながら言うと
「むう。確かに」
「そうだな。布施だもんな?ならありがたく頂くぞ?」
他の門番たちも同意すると
「結構。阿弥陀如来様の御加護さ」
ろくたちは難無く庚申堂の中に入れたのである。
ろくは案内の兵と庚申堂の中に入ると即座にこの寺の構造を確認した。本堂を中央に添え、裏に勝手(台所)や僧侶の寝床、風呂を兼ねた講堂があり、華奢な鐘楼はあるが塔は無い狭い小さい寺で速攻を掛けて素早く退散するにもってこいの寺であった。
お菊の居る本堂正面は弱そうな雑兵が数名守りに付き、マリアとその配下衆は講堂の中に居るのか姿が見えなかった。
ただ要注意は小次郎だった。本堂の東側の軒下で配下衆数名と集まり、一緒に碁を打っていた。ただ碁に夢中で突然やって来た 野菜屋 には無関心だったが。
「マリアさんは講堂の中で待機かい?昔の知り合いでね」
「いや。ここは狭いから配下の方と四天王寺の方に居るよ。呼んでこようか?」
案内の兵はろくに率直に返した。
「大丈夫だよ。忙しいとこをすまないね」
ろくは愛想よく案内の兵に返した。
「まぁ、あたしにもツキが来たかね?フン」
ろくは聞こえないくらいの小声で呟きにやりと笑ったが。
「米と野菜は勝手に置いてええかいな?」
ろくの配下の男が案内の兵に聞くと
「頼みますね。勝手にいる女子衆に渡してください」
案内の兵も軽い口調で返した。
ろくたちは何の緊張感も無く本堂の裏の講堂まで辿り着いた。
「おお!新鮮な白菜や大根、茄子がたくさんやな!」
「米もあるわ!みんな喜ぶなあ」
勝手を担当していた中年の飯炊き女たちが嬉しそう言った。
「がっつり食べて力を蓄えておくれよ。降ろしてやんな」
ろくが命じると配下衆は野菜や米俵を降ろした。米俵の中には太刀を潜ませていたが。
「本堂の阿弥陀如来様に挨拶したいんだけどね」
「中に病人が居て休んでるからすまないが外からのご挨拶にしてくだされ」
「残念だねぇ」
案内の兵たちは大量の米と野菜を持ち込んだろくたちを熱心な門徒衆と思ったようで気兼ねなくろくたちと会話した。
中年の飯炊き女たちもろくたちを全く警戒していなかった。
ろくの配下衆が荷駄を降ろし終えると
「ご苦労さんだね。お茶でも用意するね」
ろくたちに背を向け中年の飯炊き女たちは茶の準備を始めた。案内の兵たちも若い新入り兵に帰路の案内を任せて門番の方に戻って行った。
勝手が中年の飯炊き女たちと新入りの兵だけになると
「この茶、どこの産地だい?」
「堺の地場茶だね。堺の茶人の贔屓だからね。おいしいよ」
中年の飯炊き女が一杯、ろくに差し出すとろくは飲み干し
「おいしゅうございました」
そう返すとろくたちは突如、手刀を中年の飯炊き女たちや新入り兵に振り下ろしたのである。全員あっさりと倒され気を失ったのである。
「すまないね。あたしは優しいし阿弥陀如来様の前で無意味な殺生は良くないしねぇ。静かにおねんねしておくれ。お茶は世辞無しでうまかったよ」
ろくたちそう言うと米俵の中から太刀を引っ張り出し抜いて構えると勝手を素早く出て本堂の裏に回ったのである。静かに襖を開けて本堂の中に入ると阿弥陀如像の背中が見えた。明かりが消されて障子からの光のみで中は薄暗かったが。
「阿弥陀如来様、すまないねぇ。目の前で若い女子の首狩りだなんてさ。でもすぐに終えるからね。ちょっとの辛抱だよ。あたしが殺るよ!お前らは警戒しな!」
ろくたちは音も立てずに素早く阿弥陀如来像の前に出るとそこには布団が敷かれお菊は寝ていた。
「南無阿弥陀仏。お菊、安心しな。目が覚めたら極楽浄土だよ」
ろくはそう言うと布団に近付くと胸があると思われる個所に太刀を一突きした。
しかし
「手応えが無い!なにぃ!」
布団は人が入ってるように盛り上がっていたが、ろくの配下衆が布団をめくると中には枕が置いてあるだけだった。ろくは枕を刺したのである。
突如 チリン と呼び鈴が鳴ると
「曲者!」
お菊が叫んだのである。お菊は殺気のような何か気配を事前に感じて布団を抜けて待ち伏せしたのである。
ただ
「おかしい?昨日と全然違う。この人たちじゃない。感じない」
お菊は昨日の気配をこの集団に感じなかったのであるが。
「さすが良い勘してるね?お嬢ちゃん」
「あなたは ろく!何しに来たのさ!裏切者!」
お菊が驚くと
「お嬢ちゃんの首を貰いに来たのさ」
「あたしの首?なんでさ?」
「信長公への手土産だよ。観念しな」
「そう簡単に殺られないよ!」
お菊は太刀を構えたが
「そんな隙だらけじゃね!」
ろく猛然とお菊に突っ込んだのである。
「え?嘘だ!速い!」
お菊は慌てて防いだが
「お嬢ちゃん。自分が一番と思う驕りは己の身を亡ぼすんだよ?」
ろくだがいつも輿に乗ってる印象だったのでまさかこれほど太刀打ちが出来るとお菊も思わなかったのである。お菊は薙刀は慣れていても太刀打ちは慣れてないので防戦一方であった。
それでも
「ええい!たああ!」
お菊は気合を入れて反撃したがあっさりろくに防がれたが。
「まさかあたしがここまでやるなんてさ、心外なんだろ?顔に書いてあるよ。能あるなんとかは爪を隠すって言うだろ?あの変な力が出なければお前さんはただの小娘だねぇ」
ろくは不気味に笑いながら言った。
「うるさい!はぁはぁ」
ただ、この日だがやはりお菊の体力は完全ではなくすぐに疲労が襲って来たのである。お菊とろくの太刀は嫌な刃軋り音を出していたが次第にお菊が押され始めたのである。
「疲れたろう?すぐ楽にしてあげるよ。お前ら!ガキを囲め!」
「うわぁ!ヤバい!」
お菊だが悲鳴を上げた。ろくの配下に囲まれた上、ろくはすごい力でお菊を押し返して来たのである。お菊は背を柱に押し付けられ動けなくなった。
「ふふふ。苦しそうな顔もかわいいよ。お嬢ちゃん」
「殺るならひと思いでやれ!」
お菊は最後に強がったが
「焦るなっての。お前さんの救援が来たら目の前でお前さんをばらばらに殺ってやるよ。そうすれば本願寺の士気はガタ落ちになるからねぇ」
ろくは再度不気味言った。
(ダメだ!全然力が出ない!殺られる!)
さすがのお菊も涙目になった。ろくの太刀を抑えるのが精一杯だった。
「おや?もう減らず口も出ないのかい?おいちやお凛、弥生にこの素晴らしい惨劇(ショ-)を見せられなくて至極残念だけどね」
「なめるなぁ!」
しかしお菊は押し返したつもりでもろくはびくともしなかった。
「力が出ない!南無三!」
お菊は観念したその時だった。
「曲者だ!出会え!出会え!」
「突撃しろ!」
突如、障子を蹴破って小次郎や配下衆が乱入して来たのである。
「まったく。遅いんだよ。よし!舞台は整った。小娘を ばらす んだよ!」
ろくが命じるとろくの配下衆がお菊を叩き斬ろうした次の瞬間、小次郎やその配下衆は何かを一斉に投げ付けたのである。
「ぎゃあ!」
「ぶっ!」
ろくの配下の男一人は首筋に、もう一人は額に何かが直撃し悲鳴を上げたのである。
「ぐ!なんだい!」
ろくも腕左の肘下にぶすりと何かが突き刺さって慌ててお菊と間を取った。
「生意気!小柄を投げつけるとはねぇ!」
予想外の戦法にろくは怒ったがその隙に小次郎たちは猛烈な勢いでろくたちに突っ込んだのである。
小柄を突き立てられたろくの配下の二人はあっさり小次郎の配下たちに刺し倒され、残りの一人は激しく抵抗し小次郎の配下一人を斬り倒すもその隙に背中から斬り倒され果てた。生き残った二人がろくの護衛に入ったが一人は小次郎に懐に突っ込まれた後に腹を突き刺されて息絶えたのである。
もう一人はろくを逃がすため自ら囮になって必死に小次郎やその配下に突っ込んだのである。
ろくは歯軋りし
「あたしの博打が台無しさ!こうなったらお菊だけでも叩き斬ってやるさ!」
味方が囮になっている隙にお菊に猛然と突っ込んだのである。
「やべぇ!お菊!逃げろ!」
小次郎が絶叫すると小次郎の配下衆がお菊を守るため二人、ろくの前に立ち塞がったがろくはこれを叩き斬るとお菊に肉薄した。
「あなたみたいな裏切者は倒す!進むは極楽!退くは地獄!」
しかしお菊だが体力を使い切りふらふらなのに逃げずにろくに気持ちだけで突っ込んでしまったのである。
「死ね!小娘!」
ろくの振り下ろした太刀をお菊は一撃目は防いだが二撃目は防げずろくの太刀はお菊の左上腕をかすったのである。
肉の斬れる音がして
「ああ!」
お菊は変な声を上げるとそのまま尻持ちしたのである。お菊の寝巻の左上腕は血で染まったのである。
「仕留めてやる!」
ろくは尻持ちして動けなくなったお菊を叩き斬とうとしたが
「この野郎!」
横から小次郎が再度猛然と突っ込んで来るとなんとか小次郎の一撃をろくは防いだが勢いで吹っ飛ばされたのである。
「癪だね!癪だよ!まったく!」
ろくは素早く立ち上がると逃げ出したのである。
追っ手の雑兵がろくに近付くも相手にならず門番までも逃げるろくを止められず斬られるとろくは庚申堂の外に消えて行った。
お菊は左上腕が血だらけのまま、茫然としていた。
「おい!大丈夫か!血を止めろ!救護隊!」
小次郎が慌ててお菊に駆け寄ると
「嗚呼。みんな血だらけだよ。あたしのために死ななくて良いのに。あたしの血は真っ黒だ」
お菊は自分のために死んでしまった屍を見ながら涙を流した。
そして力を失いお菊は気を失ったのである。
「あ」
夜中と思うがお菊は目が覚めたのである。
上半身を起こすと
「痛っ!」
左上腕に痛みを感じ思わず声を上げた。左上腕には包帯が巻かれてた。
「大丈夫?負傷したって聞いたから慌てて塗り薬を持って来たのよ」
「良かったわ。大した傷じゃなくてな」
「弥生さん!凛凛!」
お菊は驚いた。奥から弥生とお凛、小次郎がやって来た。弥生とお凛だがいつの間にか庚申堂に来ていたのである。
「それにしてもろくの奴め!裏切っただけならまだしも寝込んでるアンタを奇襲なんてとんでもない野郎やな!」
お凛が膨れると
「マリアの部隊が夜通しで逃げたろくたちの捜索をしてるわ。だからあなたは安心して今日は休みなさい。疲れたでしょ?」
弥生が笑顔で返すと
「あたし、小次郎の部隊の子を何人も死なせてしまった。小次郎、ごめん。あたしの血は黒いんだ」
お菊が涙を再度流すと
「ここは戦場さ。仕方がねえさ。お前が気にする事じゃないさ」
小次郎の素気なさに逆にお菊は堪えたが。
「お菊。あなたはここの象徴よ。簡単に死なれたら困るの。あなたは自分が祀り上げられてるって嫌悪してるのは分かってるけど」
弥生だが珍しく本音を言った。
「だからあたしの血は黒いんだよ」
お菊がぼそりと言うと
「今日はゆっくりおやすみなさい。寝たら楽になるわ」
弥生はお菊を軽く抱擁したのである。
「そ!寝て泣いてすっきりや!おやすみな!夜中は練るに限るで!」
お凛もお菊と抱擁するとお菊を横に寝かせたのである。
「分かった。寝る。おやすみ」
お菊も寝る事にしたのである。
弥生、お凛が奥に下がって小次郎も続こうとした時
「小次郎、今日はごめん。ありがとう」
お菊は小次郎に礼を言ったのである。
「ははっ。素直だな?」
お菊は小次郎に軽くうなずいた。
「こういう時に言うのもアレだが。自分の体を考えろ。人の話は聞け。そうすりゃ長生きするぜ。おやすみな」
小次郎はお菊の頭を撫でたのである。
「小次郎、ところでおいちはどうしたのさ?いつもはこういう時、絶対に来てくれるのにさ」
小次郎は数秒黙った後に
「本願寺から軍規違反を咎められて謹慎してる」
本当の事を言ったのである。
「勝手に雑賀衆で三津寺砦を攻めたから?」
「そうだ」
「おいち、間違ってないよね?だから三津寺砦を守れたんだよね?それでもダメなのって?」
お菊が聞くと
「そうだ。それが軍って奴だ」
小次郎は無表情に返した。
「本願寺って軍じゃないよ」
お菊が悲し気に言うと
「もう寝ろ。おやすみ」
小次郎は再度お菊の頭を撫でたのである。




