201 拠点〈運び屋〉
◆集落
タカクラの拠点は、林立する巨木の中央にぽっかりと開いた異質な空白地帯にあった。巨木の根が絡み合う天然の壁を背に、人工物が静かに息を潜めている。まず目に入ったのは、枝葉で覆い隠された大型輸送コンテナだった。
擬装シートは本物の葉を編み込んだもので、光学迷彩とは異なり〈放射線嵐〉にも影響されない天然素材が使われていた。そのコンテナの脇には、多脚式の〈多用途輸送車両〉が沈黙したまま佇んでいる。
こんな森の奥地にあるということは、脚部に精密な地形センサーを組み込んだ車両なのだろう。倒木や地面の起伏を自動で読み取るための光学ユニットも、車体のあちこちに確認できた。
森の悪路を突破するための機体だ。傭兵組合からの支援が途絶えているとは思えないほど設備は整っていた。というより、これまで手厚い支援が行われていた証拠だ。
さらに奥には、作業場に改造された大型コンテナがあった。開け放たれた扉からは、内部で機械人形の整備が行われている様子が見える。
変異体の外骨格を補強材に使ったフレームが吊り下げられ、技術者らしき若い女性が関節部の駆動系を調整していた。工具の金属音が森のざわめきと混じり合い、奇妙な調和を生んでいる。
タカクラの拠点は、森の民の領域にありながら、〈廃墟の街〉の技術が流入した小さな前線基地になっていた。
その拠点には、〈ミツバ〉と思われる部族の戦士たちが自由に出入りしていた。男女の区別なく毛皮を羽織り、骨や木片で作られた装飾を身につけている。
虫除けのためか、それとも何かしらの部族的慣習なのか、肌には泥が塗られていた。女性たちは乳房を隠す習慣がなく、染料で描かれた模様が身体の曲線に沿って流れている。
文明の隔絶という言葉では足りないほど、彼らの文化は森と密接に結びついていた。過去に何があったのかは分からないが、都市の崩壊とは別の時間軸で進化した異世界のようにも見えた。
高度な機構を備えた自律兵器が闊歩し、雲にまで届く超高層建築が乱立する都市のそばにある場所とは思えないほど、彼らは原始的な生活を送っていた。率直な感想として、それは異常な光景だった。
野外指揮所として機能している天幕の下に入ると、〈ミツバ〉の戦士が木椀を差し出してきた。甘い果汁は発酵した果実の香りが強く、喉に落ちると体温が少し上がるような感覚があった。
俺たちがそれを飲み終えると、これから巫女のもとへ案内するとタカクラが告げた。その巫女は、部族の信仰の中心にいる呪術師的存在なのだという。
神々への祈りや祭事を司る人物で、危険を冒しながらも物資を届けた我々に対しての感謝と、客人として受け入れるための祈りが行われるようだ。
それまで知らなかったことだったが、物資のなかに含まれていた医療品を必要としていたのはタカクラではなく、〈ミツバ〉だったようだ。どうりで感謝されるわけだ。
タカクラの拠点を抜け、集落へ向かう細い獣道に入る。周囲には茨の変異体と思われる植物が自生し、天然のトンネルを形成していた。この植物のおかげで、集落と拠点間の移動が安全になっているのかもしれない。
イジュンは周囲の様子を観察しながら、ふと疑問を口にした。「タカクラさんの拠点、やけに静かすぎませんか? もっとこう、凄腕の傭兵たちがいるような場所だとばかり思ってましたが」
タカクラは振り返ることなく、低い声で、集落の周辺に侵入者の痕跡があったこと、その調査と監視に出ていることを簡潔に伝えた。淡々としていたが、どこか張り詰めた緊張が滲んでいた。イジュンがさらに踏み込む。
「危険性は?」
その質問に対しても、タカクラは答えてくれた。どうやら〈ミツバ〉の戦士たちを近代的な兵器で武装させたうえで、訓練を行っているようだ。敵対的な勢力に襲撃されても対処できるよう、すでに準備を整えていたのだろう。
そこで、俺は気になっていたことを質問することにした。
「〈ツチグモ〉が侵入した可能性は?」
タカクラは〈ツチグモ〉についても把握しているが、一度も敵対的な行動を取られたことがないという。理由は分からないが、あの自律兵器はタカクラたちを〈ミツバ〉の所属と認識しているようだ。
〈ツチグモ〉が部族の生活圏を守るように振る舞っている理由は依然として謎だが、どうやら彼らも保護対象に含まれているらしい。
しばらくすると、集落の入り口が見えてきた。木の根が絡み合うように自然に形成された門のような場所に差し掛かった時だった。タカクラが足を止め、情報端末を手にするのが見えた。つぎの瞬間、彼のまとう気配が変わり、空気が一段冷えたように感じた。
「侵入者と交戦中だ」
その声は、先ほどまでの落ち着きとは別物だった。
見慣れない武装集団が〈ミツバ〉の生活圏に侵入し、彼の部隊と会敵したらしい。タカクラは端末を閉じ、刀の柄に軽く触れた。
俺たちを追ってきたチンピラたちの可能性が頭をよぎる。このまま無視することもできたが、せっかくなのでタカクラたちの支援を申し出た。イジュンは眉を寄せ、抗議するような表情を見せたが、あえて無視した。
勝ち筋が見えている戦いだ。俺たちが何もしなくても、〈ツチグモ〉がどこからともなくあらわれて敵を処理してくれる。それなら、この機会にタカクラに貸しをつくるのも悪くない。
コトネは意図を理解していないようだったが、戦う準備はできていると、いつものように冷たい表情を見せた。




