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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第九部・新たなる脅威 後編

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197/210

197 大樹〈運び屋〉


◆隠れ家


 大樹の根元に立ち込める影は、遥か頭上の枝葉から射し込む光を吸い込み、黒い洞のように沈んでいた。その薄明かりの中を〈カーゴドローン〉を伴って移動していると、湿った土の匂いに混じって、獣の体温が近づく気配がした。若い雄の亜人は、以前よりも速く姿をあらわした。


 苔むした幹を背に耳を伏せ、瞳孔を細く絞りながらこちらの様子を窺う。人工肉を差し出すと、指先が触れそうな距離まで踏み込んできて、ひったくるように奪い、森の奥へ跳ねるようにして消えた。


 イジュンとコトネの姿を見て警戒したのかもしれない。以前は息を殺して見守っていたが、他の人間にも慣れさせる必要があると判断し、彼女たちを同行させることにしていた。


 その短い接触を何度も繰り返すうちに、亜人の警戒は確実に薄れていった。言葉が通じないなら、行動で示すしかない。俺たちは、その単純で原始的な答えに賭けていた。


 その過程で、〈ツチグモ〉が姿を見せるようになった。森の根の裂け目に身を沈め、光学迷彩の膜をゆらめかせながら、こちらのやり取りを観察していた。我々が観察していたように、〈ツチグモ〉の高度な人工知能もまた、こちらの動向を探り、監視していたのだろう。


 興味深いことに、その〈ツチグモ〉は、企業施設で見られる無機質な自律兵器とは異なる姿をしていた。自ら改造を施したのか、それとも協力者がいるのかは定かではない。


 外装は昆虫型変異体の外骨格を継ぎ合わせた複合装甲で、水を弾く樹脂光沢が生々しい。四本の脚は節ごとに異なる素材で補強され、後部ユニットには索敵ドローンが静かに収まっていた。まるで森そのものに適応するために進化したかのように。


 実際に、この環境へ適応し続けてきた結果であることは確かだった。どう転んでも、こちら側がまともにやり合える相手ではなかったというわけだ。


 いずれにせよ、我々は賭けに勝った。レーザーの照射音も、ドローンによる索敵もない。俺たちが丸腰で亜人と接触している限り、〈ツチグモ〉は静観を選んでいた。


 攻撃されなかった理由は定かではない。俺たちが武器を携行していなかったことが決め手になったのか、それとも亜人との交流が関係していたのかは分からないが、何かが人工知能に攻撃を思いとどまらせたことだけは確かだった。


 灰色がかった体毛を持つ亜人が俺たちに近づくたびに、〈ツチグモ〉はわずかに姿勢を変え、センサー群をこちらへ向けた。敵意の有無を判定しているのだろう。


 それでも俺たちが攻撃されないという事実は、最初の目標を達成したことを意味していた。コトネは「戦わなくて正解だった」と言い、イジュンは「まだ不確定要素が多い」と警戒を怠らなかった。


 だが、森の空気は以前よりも柔らかく感じられた。〈ツチグモ〉と戦う理由も、逃げる理由も、少しずつ薄れていく。目的地はまだ遠いが、道は確かに開き始めていた。


 亜人との接触を図るため、身動きできなかった時間を利用し、俺たちは本拠点との中継地点となる新たな拠点へ物資を運び込むことに成功していた。


 変異体の群れを避けるため、物資を放棄するような苦渋の決断を迫られることもあったが、それでも数週間は活動を続けられるだけの物資を残すことができた。


 いつものように亜人と接触を続けていた日、若い亜人は特別な場所へと我々を案内してくれた。相変わらず意思疎通は手ぶり身振りだったが、それでも異種族との対話が成立していることが、奇跡のように感じられた。


 彼は短い尾をひと振りし、〝ついてこい〟とでも言うように跳ね上がった。数週間の接触で、互いの存在を受け入れる最低限の信頼が育った、ということなのだろう。


 俺たちは荷物を背負い、若い亜人の後を追った。彼は大樹の根元にある、獣道とも呼べない細い裂け目に身を滑り込ませた。大樹の樹皮を削り足場にした危険な場所や、蔓で編んだ梯子を使い、苦労しながらもあとを追った。


 地上から高さ五十メートルほどだろうか。地上の湿気が薄れ、空気が乾いていくのがわかる。途中、樹皮の隙間から蛍光色の菌糸がのぞき、触れると微弱な静電気が走った。特殊な環境で変異した生態系の美しさと危険が同居していた。若い亜人は軽々と大樹を登り、時折こちらを振り返っては、耳をぴくりと動かして待っていてくれた。


 彼が案内してくれたのは大樹を利用した隠れ家だった。巨木の幹が外へ張り出した自然の露台のような場所だった。枝葉が風で揺れ、森全体が波打つ緑の海のように見えた。


 遠くでは巨大な昆虫の羽音が低く響き、光る花粉が風に乗って漂い、陽光に照らされて金の粒子となって舞っていた。地上では見えなかった森の構造が、ここでは立体的に広がっていた。


 異界の境界を示す鳥居状の構造物が、幾つも幾つも森の奥に浮かび、ゆらぎながら消えてはあらわれる。美しさと恐怖が同じ密度で迫ってくる光景だった。


 亜人は隠れ家の奥に置かれた木製の台を指差した。そこには、彼らが狩りで使う弓や乾燥させた肉が整然と並んでいた。俺たちをここへ案内した理由はわからない。ただ、親しみを込めて彼らの生活圏の一部を見せてくれたのだろう。


 イジュンが端末を起動すると、ノイズだらけだった通信が突然クリアになった。汚染地帯の磁場の乱れが、この高さでは緩和されるのかもしれない。こうして、我々は数週間にも及ぶ〈ツチグモ〉との睨み合いのあと、タカクラとの接触を得る機会を手にすることになった。

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