195 袋小路〈運び屋〉
◆作戦
それからというもの、俺たちは出口の見えない袋小路に迷い込んだまま、目的を果たせずにいた。タカクラと連絡を取ることはおろか、配達地点へ近づくことすらできない。
唯一の救いがあるとすれば、こちらが攻撃の意思を見せず、一定の範囲に踏み込まない限り〈ツチグモ〉は手を出してこないという点だった。だがそれは同時に、見えない壁として機能し、状況を打破する術を奪っていた。
危険を冒して森の深部へ到達し、すぐ近くに荷物の受取人がいるのに、近づくたび光学迷彩の揺らぎが視界の端をかすめる。
初遭遇時に破壊されたコトネの義肢は、攻撃機能のない金属骨格が剥き出しの簡易義肢を装着することで、最低限の機能を取り戻していた。しかし戦力の低下は否めない。
彼女の前腕には、かつて内蔵されていたキャノンの代わりに、簡易的な補助関節と固定具が取り付けられている。動きはぎこちなく、ただ物を掴み支えるための骨組みだけだが、それでも彼女の生活に支障がないことに、俺はわずかな安堵を覚えていた。
イジュンは何度も偵察を試み、〈ツチグモ〉の挙動を解析しようとした。その過程で、目的地の手前に目に見えない境界線が敷かれていることが判明する。そこを越えた瞬間、レーザが降り注ぎ、それ以上近づくことは不可能だった。
当初、俺たちは敵が複数の機体を運用していると考えていた。しかし、やがてそれが誤りだと判明する。〈ツチグモ〉本体から射出される小型ドローン――それが、俺たちを攻撃していた。
ドローンは光学迷彩をまとい、巧妙に姿を隠したまま接近してきていた。奇妙なことに、森の磁場が乱れているにもかかわらず、それらの機体は〈ツチグモ〉によってリアルタイムで制御されていた。
攻撃の際には、俺たちの銃火器の形状と材質を瞬時に識別し、最小限のエネルギーで融解させる。端から勝ち目のない戦いだった。だが、根気強く偵察を続けるうち、〈ツチグモ〉が森の民と思しき集団と接触しているのを目撃した。
巨木の根の上に築かれた原始的な住居群。その間を動く人影――人間に似ていながら、体毛を纏った猫のような亜人種族。目を疑うような光景だったが、〈ツチグモ〉は彼らの生活圏の周囲を巡回し、一定の距離を保ちながら、まるで境界線をなぞるように動いていた。
偵察を続けるうちに分かったのは、部族の生活圏に侵入したときにだけ〈ツチグモ〉が攻撃してくるということだ。施設警備に特化した兵器というだけあり、何かの見返りに部族の警護を行っている――そう推測するのは自然だった。
森の民が〈ツチグモ〉を制御しているのか、それとも旧文明のシステムを操作する権限を持っているのか。いずれにせよ、この状況を打開できる方法があるとすれば、それは亜人種族が握っていることになる。
俺たちは〈ツチグモ〉との接触を避けながら、亜人の生活圏を慎重に調査し続けた。〈ツチグモ〉の巡回ルート、ドローンの射出タイミング、森の民が使う獣道――それらを少しずつ地図と記録に落とし込みながら、どうにかして前へ進む方法を考えていた。
森にいる間、俺たちの神経は常に張り詰めていた。〈ツチグモ〉に阻まれ、目的地へ近づくこともできず、ただ森の民の生活圏の外縁をぐるぐると回り続ける日々が続いた。そんな中で、唯一突破口になり得るのが亜人との接触だと考えたが、イジュンは半信半疑だった。
亜人など噂話の産物で、偵察で目にしたのも、せいぜい動物の毛皮をまとった原始的な種族だろうと彼は考えていた。だがコトネは違った。これまで傭兵として、そして〈浄化人〉として、奇妙な変異体を数多く解体してきた彼女には、亜人そのものに対する偏見はなく、存在そのものも疑っていなかった。
むしろ彼女が問題視していたのは意思疎通だった。機会は一度きり。しかも〈ツチグモ〉に察知されないよう素早く敵意がないことを伝え、それを〈ツチグモ〉に〝理解〟させる必要がある。旧文明の兵器は敵味方識別を行う。ならば、こちらが敵意を持たない存在だと認識させれば、攻撃を回避できる可能性がある。
しかし相手が噂に聞く〈大樹の森〉の亜人なら、好戦的な種族ということになる。俺たちが姿を見せれば攻撃される可能性が高い。つまり、丸腰で接触し、かつ相手がこちらに興味を持ってくれる必要がある。
そこで、最も単純で、最も原始的で、そして最も普遍的な方法を試すことにした。食料品の提供だ。こちら側から厚意を示し、敵対していないことを伝えるための古典的で確実な手段。
栄養価の高い食品は森の奥では貴重だ。旧文明の保存食や国民栄養食は、それだけで価値を持つ。単純な作戦だが、これがうまくいけば、俺たちは〈ツチグモ〉から攻撃されることなく、この区域を自由に移動できるかもしれない。無謀かもしれないが、他に方法はなかった。
俺たちは荷物を最小限にし、武器を持たず、食料だけを携えて、亜人の支配領域へ向かう準備を整えた。そうして、〈ツチグモ〉の監視が緩む瞬間を待ちながら、深い緑の闇の中で息を潜めることになった。




