191 収集家〈運び屋〉
◆〈収集家〉
前回の探索では悪趣味な娯楽部屋を見つけていたが、今回も思わぬ光景と遭遇することになった。イジュンに名を呼ばれ、迷彩シートで覆われた瓦礫の隙間を抜けて広い空間に出ると、空気が変わるのが分かった。そこには、予想もしない光景が広がっていた。
奇妙な生物の腐乱死体が、半ば腐敗した状態で作業台の上に残されていた。ガスマスク越しでも空気が重く、悪臭が漂っていることが分かる。
死骸にはゴキブリや蠅が群がり、黒い塊となって蠢いている。ひどくグロテスクな光景だった。昆虫が首筋を這っているような嫌な感覚がして、湿った気配が肌にまとわりつく。
それは二本足で立つ生物だったが、人間とは明確に異なる特徴を持っていた。皮膚は半透明で、筋繊維や腐敗した内臓の影がぼんやりと透けて見える。
乳白色の皮膚は濡れたゴムのような艶を放ち、腐敗しているにもかかわらず、どこか人工的な性質を感じさせた。筋肉の構造は人間に近いが、関節の角度が異様で、歩く姿を想像するだけで背筋が冷える。
さらに異様だったのは、眼球のない気味の悪い頭部と、鋭い鉤爪のついた手だ。それらは身体から切断され、透明なガラス容器に収められていた。容器の内側には防腐剤が満たされているのか、切断面は鮮やかなまま保存されている。まるで商品のように。
『こいつは、売り物ですね』
イジュンのくぐもった声がマスク越しに聞こえる。
〈廃墟の街〉には、あらゆる種類の人間がいる。旧文明の遺物を収集する物好きもいれば、〈人擬き〉を檻に入れて楽しむ連中もいる。〈ネオン・ハーレム〉では、見目の良い女や子どもだけでなく、変異体をコレクションすることすら〝趣味〟として成立する。
この腐乱死体も、そんな悪趣味な連中が買い手なのかもしれない。
コトネはガラス容器の前で立ち止まり、蜘蛛を思わせる光学センサーを淡く点滅させた。彼女の機械の身体は、異形の死骸を前にしても微動だにしない。だが、その沈黙には、どこか人間的な嫌悪感が滲んでいた。
瓦礫の隙間から吹き込む風が腐敗した皮膚を揺らし、乳白色の皮膚を這うゴキブリが長い触角を揺らす。その光景は、汚染地帯の狂気そのものだった。
俺たちは互いに視線を交わし、この隠れ家がただの略奪者の巣ではないことを理解した。どうやら、想像していた以上に〈侵食帯〉の闇は深いようだ。その闇の一端が、腐敗した死骸の形で目の前に横たわっていた。
『それにしても……』と、イジュンはガラス容器に収められた異形の頭部を観察しながらつぶやく。『見慣れない変異体ですね。〈大樹の森〉での本格的な探索は、まだ数えるほどしかありませんが、森には人型の変異体も生息しているのですか?』
その質問に答えたのはコトネだった。彼女は肩をすくめ、微かにノイズを含む合成音声で言う。
『こいつらは、ただの変異体じゃない。〈混沌の領域〉からやってくる化け物だ』
イジュンはしゃがみ込み、ガラス容器に収められた腕を持ち上げる。その〈人工眼球〉が淡く明滅したあと、思い出したように言う。
『この〈廃墟の街〉のどこかに、人間の常識が通用しない領域が存在する。その領域からやってくる生物の死骸は、この世界にない希少な資源として、旧文明の販売所で取引されている……噂には聞いたことがありますが、どうしてあなたがそのことを知っているのですか?』
『以前、その化け物を狩る仕事をしていたからだ』
彼女はそれだけ言うと、興味を失ったかのように踵を返し、瓦礫の隙間を通って元の空間に戻る。背中のケーブルが粉塵の中で揺れ、生命維持装置の管が淡く脈動する。
『混沌の領域ですか……興味深い』
イジュンも手にしていたガラス容器を戻すと、瓦礫の隙間を通って大量の物資が残されていた階段に向かう。俺も、ゴキブリが這い回る小さな怪物の死骸を一瞥したあと、その場を離れることにした。
コトネが〈浄化人〉になる以前、どんな仕事をしていたのか気になったが、質問する余裕はなかった。まずは隠れ家の警備を強化する必要がある。
もし襲撃者たちに仲間がいれば、危険な汚染地帯で夜を明かすため、この隠れ家に戻ってくる。その前に迎撃態勢を整えなければならない。
イジュンは偵察ドローンを地下街入り口周辺に展開させ、複数の機体を同期することで詳細な情報を収集する。同時に、階段脇に残されていたセントリーガンの標的設定をリセットし、侵入者が誰であれ容赦なく弾丸を浴びせるように再設定した。死体から回収した情報端末が役に立った。
それからコトネと協力して、出入り口に張られていた擬装シートを張り直す。瓦礫の角度や風の流れまで計算し、自然に見えるように調整する。〈侵食帯〉を探索する者たちが不用意に近づかないための隠蔽だ。
それが終わると、大量の物資と共に放置されていたコンテナボックスや瓦礫を使い、簡単なバリケードを築いた。
その夜、俺たちはほとんど眠らずに交代して見張りに立った。地上は静かだったが、時折、どこからともなく変異体の鳴き声が風に乗って聞こえた。
だが、敵は姿を見せなかった。どうやら、襲撃者は俺たちが殲滅した者たちだけだったようだ。それでも、数日の間は警戒を続ける必要があるのかもしれない。いずれにせよ、この隠れ家は〈大樹の森〉で探索を行う貴重な足掛かりになる。




