190 隠れ家〈運び屋〉
◆隠れ家
〈大樹の森〉の外縁に位置する荒廃した地区の一角で襲撃を受けたが、〈放射線嵐〉の濁った大気が幸いして、敵に察知される前に先手を打つことができた。黄土色の粉塵が世界を覆い、視界は濁り、磁場は乱れ、偵察ドローンはまともに飛ばない。
そんな状況が、逆に俺たちを有利にしてくれた。無傷で対処できたのは、運が味方したというより、汚染地帯そのものが敵の判断を狂わせたことも影響していたのだろう。
周囲の安全確認を済ませると、俺たちは襲撃者たちの遺体を確認しに向かうことにした。迷彩シートの背後に潜んでいた男の頭部は吹き飛び、首から上は跡形もない。だが、その身なりで傭兵だと分かった。身体改造を施したサイボーグ――義足に強化骨格、皮下装甲の下に埋め込まれた補助筋肉。
身体を弄る余裕があるということは、それなりに稼いでいたのだろう。ただし、戦闘に慣れていたわけではない。あくまで待ち伏せに特化した連中だった。変異体の襲撃を警戒しながら汚染地帯を探索する者たちを相手にする分には、有効な戦術だったのかもしれないが、今回はツイていなかった。
荷物を漁ると、折り畳まれた地図が出てきた。印刷物が珍しい世界だが、どこかの廃墟で拾ってきたものなのだろう。端が黒く焼け、紙質は湿気で波打っている。だが、記録された情報はまだ読めた。
地図の表面には、褪せたインクで複数のルートが書き込まれていた。汚染地帯の境界線、封鎖された旧市街、そして赤いインクで強調された複数の場所。
どうやら、連中が襲撃のために潜んでいた場所まで丁寧に記されているようだ。近場にもう一箇所――不用心にも、隠れ家の位置まで記録されていた。
「馬鹿な連中ですね……」
イジュンが義眼を明滅させながら呟く。
俺たちは遺体から予備弾薬だけを回収し、現在の位置情報を〈灰の裂け目〉にいる灰荷隊に送信した。武器や物資の回収は彼らに任せる。
コトネは無言で周囲を警戒し続けていたが、どうやら連中の仲間は近くにいなかったようだ。そこで、俺たちは襲撃者の隠れ家に向かうことにした。日が暮れる前に休める場所が見つかったのは幸運だったし、連中がこれまで略奪してきた物資を回収できるかもしれない。
頭部が残っていた死体は、ゾンビめいた変異体にならないよう、銃弾を撃ち込んで丁寧に処理しておいた。脳漿が飛び散る中、黄土色の粉塵が舞い上がり、乾いた破裂音が荒廃した通りに吸い込まれていく。
〈放射線嵐〉の名残がまだ空気の奥でざらつき、ガイガーカウンターが鳴るなか、俺たちは移動を開始する。襲撃者たちの拠点は近場にあるが、瓦礫に埋もれた通りを進む必要があるため、一時間ほどの行程になる。それでも目的地の〈大樹の森〉へと至る道中でもあるので、この移動は無駄にはならない。
瓦礫の隙間から漏れるホログラム広告の光が、粉塵の層を通して鈍く瞬いた。電子ノイズが空気を震わせ、遠くで壊れた通信塔が断続的に唸り声を上げる。
地図を手にしたイジュンが足を止め、こちらに合図を送ると、コトネは即座に高台を探し、壁の一部だけを残して倒壊した廃墟を器用によじ登っていく。
時間が経ったことで嵐の影響が薄れ、イジュンも偵察ドローンを利用することができた。宙に放り投げられたドローンは空中で外装を広げ、ロータを高速回転させながら目的の廃墟へ接近する。
ドローンから受信した映像には、地下鉄駅へ通じる地下街の入り口が映っていた。ここでも迷彩シートを使って隠していたが、印刷された地図をごまかすことはできない。どうやら連中はそこを拠点として利用していたらしい。
周囲に見張りや危険な略奪者がいないか確認しながら、最大限の警戒をして近づいたが、目的地は期待外れだった。
地下街は確かに拠点として使われていたが、利用されていたのは入り口近くの階段の一部だけで、地下街そのものは瓦礫で塞がれていた。侵入は不可能だ。それでも、変異体を気にせず休める場所という点では利点があったのだろう。
遠くで壊れた換気ファンが断続的に唸り、誰もいないはずなのに、地下に続く階段の奥からは低い残響が聞こえていた。
その階段の影には、侵入者を撃退するためのセントリーガンが残されていた。黒い外装は砂煙にまみれ、レンズには粉塵がこびりついている。だが、まだ生きていた。俺たちが近づくと、センサーが赤く点滅し銃口がわずかに動くのが見えた。
イジュンが死体から回収していた情報端末を操作し、認証信号を送信すると、セントリーガンは味方だと判断して停止した。旧式のモデルだったのだろう。生体認証が行われないため、欺くのは難しくない。
あたりには、連中の略奪品と思われる物資が大量に残されていた。〈大樹の森〉に近いこともあり、探索の足場としても利用できるかもしれない。俺たちは警戒しながら、さらに慎重に調べることにした。




