189〈第八部〉までの追加設定「仮」
◆各種設定
◆禍の地下王国
人類が決して踏み入ることのできない地底深くには、〈無限階段〉と呼ばれる果てしなく続く階段状の暗黒空間が口を開けている。そこは光も音も意味を失い、立ち入る者の感覚すら徐々に侵蝕していく異常な領域になっている。その最深部へと到達した先に広がるのが、〈禍の地下王国〉と呼ばれる狂気の世界です。
この王国は、〈混沌の領域〉に無数に存在する異世界のひとつであり、自然法則が乱れ、常識や因果律が崩壊した危険な次元に属しています。そこに通じるのは、〈神の門〉とも呼ばれる超自然的な〝空間の歪み〟であり、時に地上世界にも出現することで知られています。門は多元宇宙や並行世界、異なる惑星や時空へと通じる通路です。
数ある混沌の領域の中でも〈禍の地下王国〉は最下層に位置し、〈最果ての領域〉と並び、もっとも危険度が高い領域になっています。そこでは時間の流れすら不安定で、過去と未来が混ざり合い、物質の存在そのものがゆっくりと摩耗していく。生物が長く留まることは不可能であり、王国の空気を吸った瞬間から、肉体と精神は不可視の〝禍〟と狂気に蝕まれ始めます。
王国の地形は一定せず、観測するたびに形を変え、都市のように見える構造物も、次の瞬間には巨大な生物の臓腑のように脈動する。その地を支配するのは、邪神とも、異形の異星生物とも噂されていますが、観測されたことはありません。
ある者はそれを皇子と呼び、またある者は混沌そのものの影と呼びますが、いずれにせよ、それらは人類が理解できる生命の範疇にはない存在です。
〈無限階段〉を降りることは、ただの移動ではなく、世界の外側へと落下する行為に等しいです。階段の深部に進むほど、地上世界の記憶は薄れ、肉体は崩壊し、自己という概念すら溶けていく。〈禍の地下王国〉は、そうしてすべてを失った者だけがたどり着く、終端の世界でもあります。
◆現人類について
現在の世界で生きている人々の大多数は、旧文明期以前から続く素朴な生活様式を守り、遺伝情報の操作や〈仙丹〉と呼ばれる〝不老薬〟を用いなかった人々の子孫となっています。彼らはかつて〝新人類〟と持て囃されていた遺伝子操作を受けた上級市民から差別と侮蔑の対象とされ、文明の末期には社会の底辺へ追いやられていた存在でもあります。
しかし、文明崩壊の混乱期に蔓延したウイルスや未知の病原体に対し、耐性を持っていたのは皮肉にも旧人類と呼ばれた底辺の人々でした。旧来の遺伝子構造は、上級市民を蝕んだ〝遺伝子欠陥を標的とする攻撃〟の影響を受けず、結果として彼らは滅びゆく世界の中で蔓延した未知の病を生き残ることができました。
対照的に、遺伝子操作を受けていた上級市民たちも、シェルターや地下施設へ避難したことで一定数が文明崩壊の混乱を生き延びました。
人造人間たちと協力し、〈鳥籠〉と呼ばれることになる集落や共同体を築いたのも彼らです。〈鳥籠〉の支配層の多くが〈データベース〉にアクセス可能な〝権限〟を生まれながらにして有しているのは、上級市民の子孫ということも関係しています。
けれど、上級市民やその子孫の多くは文明崩壊後に継続的な遺伝子治療を受けられなくなり、体内に潜伏していた欠陥が徐々に顕在化していった。未知の病の発症、身体機能の崩壊、精神の不安定化――それにより、彼らは静かに数を減らし、やがて滅びゆく人類として忘れられていきました。
それでも、上級市民の末裔は完全に途絶えたわけではありません。わずかな血統がひそかに生き延び、〈廃墟の街〉でも確認されています。たとえば、鳥籠〈スイジン〉で会った〈サチ〉や〈フジキ〉も、上級市民の末裔にあたります。
『ポストアポカリプスな日常』に登場する〈アネモネ〉や〈ベティ〉も、その典型例です。彼女たちは上級市民の末裔として、普通の人間よりも優れた感覚や身体能力を備えていますが、それは進化ではなく、旧文明の遺伝子操作の影響です。
現人類とは、滅びた文明の残骸の上に立つ旧文明期以前の人類の子孫であり、同時に、かつて人類が犯した過ちの生き証人でもあります。
しかし文明崩壊後の過酷な環境で生きてきたことで、彼らの遺伝子も徐々に変化してきています。いずれは、旧人類とは異なる系統に連なる人々になる運命です。
◆大樹の森〈最初の人々〉
大樹の森に伝わる古い神話には、〈最初の人々〉と呼ばれる者たちが登場します。彼らは森の黎明期に誕生した最初の住民ではありましたが、その遺伝子は不完全で、子孫を残すことすら困難な欠けた生命だったと記録されています。
後に彼らは〈母なる神〉で知られた〝マーシー〟の援助を受け、この致命的な問題を克服しようとしました。その結果、〈最初の人々〉は多くの子孫を残し、彼らの手によって〈スィダチ〉が築かれ、大樹の森の共同体が誕生することになりました。
森の多様な文化、儀式、蟲使いの技術、そして〈母なる貝〉との対話の伝統は、すべて彼らの血統から始まったとされています。
しかし、〈母なる神〉の支援を受けても、劣性遺伝子を完全に排除することはできませんでした。〈最初の人々〉とその子孫は、旧文明の技術によって延命されながらも、多くの疾患を抱えることになりました。サクラの一族に伝わる〝血の病〟も、この古い遺伝的欠陥に起因しています。
その影響は世代を経るごとに深刻化し、〈最初の人々〉の末裔の多くはすでに途絶えています。現在では、〈スィダチ〉を管理する一族と、その血縁に連なる部族の一部だけが、かろうじてその血を受け継いでいます。
赤毛という身体的特徴や、蟲使いの装置との親和性が異様に高いこと、〈データベース〉に接続可能な特殊な遺伝情報を持つこと――これらはすべて〈最初の人々〉の血統の名残となっています。
しかし、世代を重ねるごとに血は薄れつつあります。〈母なる貝〉との対話が可能な者は年々減少し、森の神秘と交信できる者は、もはや数えるほどしか残っていません。
〈最初の人々〉とは、神に救われた者であると同時に、神に呪われた者でもありました。彼らの血は森を生み、森を守り、そして森に囚われ続けています。




