188 襲撃者〈運び屋〉
◆襲撃
黄土色の粉塵が世界を覆い、嵐の名残がまだ空気の奥でざらついていた。視界は濁り、遠くの廃墟は輪郭を失い、砂煙の向こうで何かが動くような錯覚すら抱かせる。やはり偵察ドローンは飛ばせず、頼れるのは自身の感覚だけだった。
相手が使用する擬装シートは光学迷彩の技術が使われているが、それでも民生品なので性能は高くない。
俺は身を屈めるようにして倒壊した建物の残骸に走り、足元の瓦礫に注意しながら高台へと移動する。砂煙の中でも迷彩効果のあるダストコートが輪郭をぼかしてくれる。ただし、相手と同じように擬装効果は完璧ではない。身動きすれば表面の映像が乱れ、位置が知られてしまう。
だが、今回はそれを利用させてもらった。わざと砂を踏みしめ、体勢を変えた瞬間――目の前の瓦礫が粉砕され、直後に乾いた銃声が砂煙を裂いた。砕かれた瓦礫の破片が頬をかすめる。
『見つけました……』
マズルフラッシュで射撃位置を確認したイジュンが、即座に情報を共有する。義眼が淡く点滅し、敵の位置が拡張現実で視界に重ねられた。
その時には、もうコトネが動いていた。彼女は襲撃者たちの側面に移動しながら、前腕の装甲を展開する。砲口が淡く光り、砂煙の中で青白い残光を帯びた。
つぎの瞬間、耳に残る甲高い音を響かせながら合金の塊が正確に放たれた。半壊した壁で揺れていた迷彩シートが裂け、その背後に隠れていた男の身体が崩れ落ちるのが見えた。直後に光学迷彩が解除され、薄汚れたボロ布に付着した赤い染みが見えた。
だが――まだ終わりではない。砂煙の奥で、別の揺らぎが見えた。迷彩シートが風に揺れ、景色がわずかに歪む。そこにも敵が潜んでいる。
『近くに狙撃手が潜んでいるみたいです』
マスクを介してイジュンの声が聞こえる。
受信した位置に向かってコトネは砲口を再び構え、俺は高台の影に身を沈め、砂煙の向こうで揺れる影を探った。黄土色の世界の中で、嵐の残光が点々と瞬き、迷彩の揺らぎをわずかに照らす。
しかし、相手は動きを見せなかった。根競べでもするつもりなのだろう。黄土色の粉塵が風に流され、世界がゆっくりと形を変えていく。嵐の余韻がまだ空気の奥でざらつき、視界は濁り、呼吸すら重い。
その中で、イジュンは風の流れが変わったことに気づいた。粉塵が一定方向へ引かれ、視界の濁りがわずかに薄くなる。その瞬間、彼は躊躇うことなく球形の偵察ドローンを宙に放り投げた。
〈T-44S Terra-Scout〉が空中で外装を展開し、ロータが高速回転を始める。特徴的なロータ音が砂煙の中に溶け、ドローンはわずかな風の流れを読み取りながら、所定の位置で停止した。嵐のせいで利用可能な時間は限られているが、それで充分だった。
敵の位置情報が俺たちの視界に流れ込む。右目の〈人工眼球〉を介して拡張現実のマーカーが三つ、砂煙の奥で赤く点滅する。三人の狙撃手――迷彩シートの揺らぎはその数だった。
その直後、ドローンは狙撃されて空中で爆散したが、すでに敵の位置は把握している。俺は高台の影から銃口を向け、イジュンは別角度から情報を補正し、コトネはすでに動いていた。
砂煙の中で彼女の前腕が展開し、横断歩道橋の陰に身を隠していた狙撃手が迷彩ごと吹き飛んだ。その衝撃に動揺したもうひとりが、反射的に射撃を行う。迷彩シートが揺れ、男の輪郭が一瞬だけ露わになる。
俺はその瞬間の逃さず、躊躇うことなく引き金を引いた。砂煙の中で火花が散り、男は崩れ落ちた。残るはひとり。
迷彩シートの揺らぎが風に合わせてわずかに震える。その震えは恐怖か、焦りか――いずれにせよ、敵の選択肢は限られている。俺たちは呼吸を殺し、砂煙の向こうに潜む敵を見据えた。
そのときだった。男が潜んでいた廃墟から、複数の物体が空中に放り投げられるのが見えた。どうやら、俺たちが想像していた以上に相手は焦っていたようだ。
〈放射線嵐〉の影響が残るこの状況で、徘徊型兵器を使うなど愚行そのものだ。磁場が乱れ、センサーは狂い、制御系はまともに働かない。案の定、三機のドローンは高速で飛び出したものの、まったく見当違いの方向に向かい、廃墟の壁や廃車に直撃して爆散した。
轟音が砂煙を揺らし、世界が一瞬だけ白く閃く。その混乱に紛れるように、男が迷彩シートから飛び出した。逃げる気だ。
俺は高台からその動きを捉え、即座に引き金を引いた。弾丸が男の脚を撃ち抜き、砂煙の中で灰色がかった人工血液が飛び散る――だが、男は倒れなかった。
義足だ。痛覚が制御されている。
それでも、男が生き延びる未来は存在しなかった。砂煙の中で青白い残光が尾を引き、つぎの瞬間、男の上半身が吹き飛んだ。
甲高い残響が瓦礫に反響し、黄土色の世界に長く尾を引く。粉塵が舞い上がり、血の臭いは〈放射線嵐〉の焦げた臭いにかき消された。
すぐに動かず、その場に留まり、しばらく周囲の様子を探った。迷彩の揺らぎはもうない。砂煙の奥に潜む影もない。ガイガーカウンターの音だけが、静かに鳴り続いていた。
安全が確認できると、イジュンが短く息を吐いた。
『相手の正体を確かめましょう』
俺たちは瓦礫を踏みしめ、倒れた男の死骸に近づく。この襲撃者たちが何者なのか、それを知る必要があった。




