187 砂煙〈運び屋〉
◆砂煙
〈放射能嵐〉が過ぎ去り、レイダーギャングの根城となっていた部屋を探索し終えたあと、気持ちを切り替えながら建物の外に出た。世界は嵐の名残で黄土色に染まっていた。
砂煙が空気を満たし、視界は乾いた砂の色に濁り、遠くの廃墟は輪郭を失っている。舞い上がった粉塵には放射線が含まれているのか、ところどころ青白い光が淡く瞬いていた。ガイガーカウンターは断続的に嫌な音を鳴らし、耳の奥をじりじりと不快感が続く。
先頭を行くイジュンは〈人工眼球〉を通して拡張現実で投影された数値を確認しながら、慎重に歩を進めていた。磁場が乱れているせいで偵察ドローンはまともに飛べず、頼りになるのは己の経験だけだった。
複雑な機械機構を備えたフルフェイスマスクを装着したコトネは、ケーブルの束を揺らしながら周囲を警戒し、生命維持装置の明滅に合わせて呼吸していた。砂煙の中で、その光は不気味に揺れる。
もっとも、この条件は略奪者たちにとっても同じだ。視界が悪く、放射線濃度も高い。彼らがこの状況で動き回る可能性は低い。
だが――変異体は別だ。汚染に適応した生物は、嵐の後に活性化することが多い。実際、砂煙の向こうで何かが蠢く気配がした。
カーゴドローンの多脚が砂を踏みしめるたび、油圧シリンダーが低く唸り、外装の鉄板が黄土色の光を反射する。幸いなことに、この荒れた環境の中でもドローンは安定して動作していた。
イジュンが手を上げて合図する。
『まだ放射線濃度は高いので、しばらくは低地を避けて進みましょう』
ガスマスク越しのくぐもった声に、コトネは無言で頷き、砂煙の向こうに視線を向けた。彼女の光学センサーは淡く明滅し、何かを探るように周囲を走査している。
俺はダストコートの襟を立て、ガスマスクのフィルターを確認しながら黄土色の世界を歩いた。
高架道路を移動している間も、嵐の痕跡はあちこちで見られた。黄土色の砂煙が視界を曇らせ、遠くの廃墟は輪郭を失い、世界そのものが霞んでいるようだった。
時折、不自然な電光が瞬き、周囲のホログラム投影機が勝手に動作するのが見えた。怪談話には興味がなかったが、ここで起きる現象の多くは説明のできない超常現象だと認めざるを得なかった。
やがて、無数の車両が放置された場所に出た。高架道路の上に渋滞で取り残された車列が延々と続いている。車体は錆び、窓は割れ、内部には変異した植物が繁殖していた。
それらの車両の多くは変異体の棲み処になっているので、俺たちは最大限に警戒しながら進んだ。砂煙の向こうで、甲虫の変異体が外骨格を擦る音が微かに聞こえるたび、コトネの光学センサーが淡く点滅する。
さらに進むと、道路が寸断されていることが分かった。注意しながら下を覗き込むと、墜落した航空機の残骸が見えた。これが渋滞の原因だったのだろう。
高架道路は崩壊し、瓦礫が斜面のように積み上がっている。複数の車両が事故に巻き込まれ、車体が押し潰され、変異植物の根に締め上げられていた。
瓦礫の中から折れ曲がった翼が突き出し、軍用機特有の装甲板が砂煙の中で鈍く光っている。内部の構造材が露出し、ほとんど骨格しか残されていない。墜落の衝撃で周囲の道路が崩れ、地形そのものが歪んでいる。
その先に、錆びついた梯子が設置されているのが見えた。〈侵食帯〉を探索するスカベンジャーたちが残したものだろう。高架道路の断面に打ち込まれた簡易梯子は風雨に晒されて赤茶けていたが、まだ使えそうだった。
イジュンが梯子の強度を確認している間、俺とコトネは周囲の変異体の気配を探る。幸い、近くに変異体の姿はない。安全が確認できると、俺たちは慎重に梯子を降り、瓦礫に埋もれた通りにと出た。
砂煙はまだ濃く、黄土色の世界の中で青白い光が点々と瞬いている。
しばらくすると、コトネが足を止める。野営に適した場所を見つけたのかと思ったが、彼女が共有してくれた視界映像を見て、その考えが誤りだとすぐに理解した。
瓦礫とゴミに埋もれた道路の一角で、景色が不自然に揺れていた。砂煙の流れとは明らかに異なる人工的な揺らぎが見えた。そこだけ、風の動きが不自然に乱れている。
光学迷彩の機能を備えた擬装シートだ。旧文明の販売所でも手に入るものだが、高価で、略奪者が持つには不釣り合いな代物だ。
揺れる迷彩シートの向こうには、別の景色が透けて見えていた。砂煙の濃度がわずかに違い、影の落ち方も不自然だ。そこに誰かが潜んでいるのは疑いようがなかった。
イジュンと視線を合わせたあと、戦闘に備えて散開する。砂煙の中で視界は悪く、偵察ドローンも使えない。黄土色の世界の中で青白い放射線の残光が点々と瞬き、その光が迷彩シートの輪郭をわずかに照らし、そこに潜む影の存在をより鮮明にした。
俺たちは砂煙の中で静かに散開し、呼吸を殺しながら接触の瞬間に備えた。汚染地帯では、先に敵を見つけた者が生き残る。




