185 地下シェルター〈運び屋〉
◆地下施設
植物に呑まれた高層建築物のエントランスは、人の背丈を越える植物に埋もれていた。前腕を変形させていたコトネは、恐ろしく鋭利な刃で雑草を切り払っていく。切断面からは淡い蒸気が立ち昇り、周囲では胞子が霧のように漂っていた。
生い茂った雑草のなかに身を潜める変異体に警戒しながら進んでいると、不意にイジュンが足を止めた。異様に厚みのある金属扉が、植物の根に半ば埋もれているのが見えた。扉の上部には、かすれた文字で警告表示が刻まれていたが、もはや判読はできない。
文明崩壊の混乱期に開放された地下シェルターの入り口なのかもしれない。周囲の壁からは太い配管の束が露出し、断線したケーブルが垂れ下がっている。非常灯の残骸が床に散らばり、錆びた案内板には避難経路の図がかろうじて残されていた。
コトネが雑草を切り払うと、地下へと続く傾斜のある通路が姿をあらわした。内部は真っ暗で、階段の奥から冷たい空気が流れ出してくる。腐食した鉄と湿った土の臭いが鼻を刺し、どこか遠くで機械の断末魔のような低い唸りが響いていた。
ガイガーカウンターが不気味な音を立て、嵐の接近を知らせたのは、ちょうどその時だった。
「行くしかないな」
イジュンの言葉にうなずくと、俺たちは手探りで通路を進み、地下へと続く階段に足を踏み入れた。
階段の床材や絨毯は剥がれ落ち、剥き出しのコンクリートは崩れ、手すりは折れ曲がっていた。経年劣化の状態から見ても、旧文明期以前の古い施設であることは明らかだった。
照明を向けると、壁に埋もれた配電盤は半分溶けているのが見えた。内部の回路が露出し、赤い非常灯が微かに点滅している。まだ設備の一部が生きているのかもしれない。
カーゴドローンの多脚が階段を踏みしめるたび、外装が低く響き、廃墟の静寂を揺らした。コトネは蜘蛛を思わせる無数の義眼を明滅させながら周囲を警戒し、イジュンは手にした端末で汚染濃度を確認し続けていた。
暗い通路を抜けると、急に空間が広がった。そこはかつて地下シェルターのロビーとして機能していた場所なのだろう。ここで人々のIDが照合され、シェルターに入る資格の有無が確認されていたはずだ。
だが今では、文明崩壊の余波をそのまま封じ込めたような荒れ果てた区画になっていた。天井の照明は機能せず、わずかに残った非常灯が赤い残光を放ち、影を長く引きずっている。調度品の多くは腐り、あるいは破壊され、ソファーは光合成を必要としない得体の知れない苔に埋もれていた。
その苔の一部は、人の形を模すように盛り上がり、触れれば湿った呼吸を返しそうなほど生々しい造形だった。床には旧文明の電子案内板の残骸が散乱し、避難経路を示す矢印は苔と菌類に飲まれて判読できない。
幸いなことに、脅威となる生物の反応は検出されなかった。イジュンの〈人工眼球〉に投影されたセンサー情報は静かで、コトネの光学センサーも淡く点滅するだけだった。
俺たちはさらに奥へ進む。ロビーの突き当たりには、地下シェルターへ続く数基のエレベーターが並んでいた。だが、いずれも破壊され、開放されたままの扉からは暗黒に呑まれたシャフトが見えるだけだった。
覗き見たが、吹き抜けの底は見えず、どこからともなく風が吹くたびに低い唸りが響く。さすがに地下へ降りることはできないようだ。
だが、もっと目を引いたのはエレベーター周囲に散乱していた白骨だった。途方もない年月を放置されてきたものだろう。
多くは原型をとどめず、骨の一部は菌類に侵食され、植物の根が絡みついていた。百を超える数の人々が押し寄せ、シェルターに逃げ込むことなく息絶えたことが分かる。壁際には、小さな骨が寄り添うように並び、近くには荷物の残骸が散らばっていた。旧文明の混乱期、ここで何が起きたのか想像するだけで嫌な気分になる。
ガイガーカウンターを確認すると、数値が高くなっているのが見えた。嵐の中に入ったのだろう。イジュンは短く息を吐き、コトネは無言で周囲を警戒し続ける。俺たちは白骨の山を避けながら、暗闇の奥に進んだ。
鋼鉄製の隔壁が見えてきたのは、地下ロビーの死んだ静寂を抜けてしばらく進んだ頃だった。通路の奥にぽっかりと口を開けたその隔壁は、開放されたまま沈黙している。警戒しながら奥を覗き込むと、そこは広大な駐車場になっていた。
地上から地下へ延びていた道路の名残なのだろう。かつては多くの車両が行き交い、人々が避難のために押し寄せたはずの場所だ。
今では、赤い非常灯がコンクリートの床を薄く照らし、影がゆっくりと揺れている。空気は冷たく、どこか遠くで壊れた換気装置が断続的に咳き込むような音を立てていた。
無数の車両が並んでいるが、そのほとんどは汚染された土砂に半ば埋まっていた。かろうじて顔を出している車体は錆び、窓は割れ、内部には変異した菌類が繁殖している。車の屋根を突き破って伸びた植物の根は、車両を捕食するかのように絡みついていた。
天井の崩れた部分からは砂嵐が吹き込み、細かな砂粒が光を反射して舞い上がり、視界を曇らせていた。地上へ続く通路に近づけば、皮膚が焼けるほどの放射線を浴びる可能性がある。
『ここはやめておいたほうがいい。生身で近づけば生きては戻れない』
コトネの言葉にイジュンも同意する。
彼女の警戒心は鋭く、変異体の気配だけでなく、施設の警備システムにも注意を払っていることが分かる。警備用に配備された機械人形に警戒しているのだろう。誤って起動させれば、変異体より厄介な敵になる。
そして何より――駐車場の床に散らばる白骨が、ここが安全ではないことを物語っていた。先ほどのシェルターと異なり、ここで見られる骨の多くは新しい。いずれも〈侵食帯〉を探索する傭兵のものなのだろう。
俺たちは来た道を引き返すことにした。嵐が過ぎ去るまでの間、大人しくしておいたほうが賢明だろう。赤い非常灯の残光が、背後の駐車場を血のように赤く照らし、静寂の底で何かが息を潜めているように思えた。




