182 浄化人〈運び屋〉
◆〈浄化人〉
こちらに近づいてくる〈浄化人〉のことを観察する。その歩みは堂々としていて、他者の蔑みを許すような弱さは微塵も感じられなかった。
だが、我々が必要としているのは戦力となる機械人形であり、変異体を解体することを生業とする〈浄化人〉ではない。そのことを伝えると、何を思ったのか、〝彼女〟はゆっくりとガスマスクを外した。
露わになった顔の半分は機械で埋め尽くされ、光学センサーが淡く点滅している。皮膚と金属の境界は滑らかに融合していたが、強引な癒着によって皮膚が引きつっている箇所も確認できた。どうやら、彼女は全身を機械に置き換えたサイボーグらしい。
状態の良い〈アサルトロイド〉を用意するには数週間の作業が必要になるが、彼女ならクレジットさえ積めば即戦力になるという。
イジュンが「〈侵食帯〉の探索に耐えられるのか」と問うと、彼女は肩をすくめ、必要なら全身を見せてもいいと、わずかにノイズが乗る合成音声で返事をした。
生身がほとんど残っていないのだろう。戦闘用のサイバネティクスで身体強化されているなら、下手な傭兵集団よりも戦力になる。
灰荷としてこの地を拠点としているイジュンでさえ、彼女の存在を知らなかったことが気がかりだったが、そもそも〈浄化人〉のことを深く知ろうとする者などいない。彼らは汚染と死の境界で働き続ける異質な集団で、誰もその心を覗こうとはしない。
『ついて来い』
彼女の案内で、我々は落ち着いて話ができる休憩室に向かう。扉を開けた瞬間、死臭が鼻を刺す。昆虫の青臭さと鉄錆、薬品と腐敗が混ざり合った重い空気が、部屋の中に沈殿していた。
薄暗い照明は壁の汚れを浮かび上がらせるだけで、清潔さとは無縁だった。床には乾いた体液の跡がこびりつき、金属製のテーブルには古い傷が無数に刻まれている。
ここで休息を取る者がいるとは思えないほど陰鬱で不潔な空間だったが、ソファーには変異体の体液で汚れた防護服を身につけたまま眠る〈浄化人〉がいた。彼らにとって、これが普通の環境なのだろう。
彼女は慣れた様子で部屋の端末を起動し、俺たちに座るよう促した。ここでもイジュンは警戒を解かず、〈人工眼球〉を明滅させながら周囲を確認している。
彼の気持ちは理解できたが、彼女に誠意を見せるべきだと考え、俺は深く息を吐きながら薄汚れたソファーに腰を下ろした。
そこで彼女が求める報酬額を確認する。彼女は淡々と端末を操作し、どこかにいる上役と連絡を取り、事情を説明した。画面には暗号化された通信ログが流れ、〈浄化工房〉内部の権限階層が複雑に連なっているのが分かる。
やがて彼女は振り返り、機械の光を宿した義眼で俺を見た。
『外出の許可が下りた。ただし、報酬の半分を先に送金してもらう』
前払いは傭兵組合でも常識だったが、報酬は彼女個人ではなく、彼女が所属する〈浄化工房〉に半額を支払うことになるようだ。命をかける彼女自身は気にしている様子もなく、ただ決まりごとを告げているだけだった。汚染地帯で働く者たちの世界には、俺の知らないルールがあるのだろう。
報酬額を確認したイジュンが小さくうなずくのを確認したあと、俺は端末を操作し、提示されたクレジットを送金した。送金完了の電子音が休憩室に響くと、彼女はわずかに口角を上げた。機械部品が混ざったその表情は人間の笑みとは違うが、どこか満足げだった。
『残りは仕事が終わってからでいい。私は約束を守り、お前たちの楯となろう』
その声は金属音を含んでいたが、奇妙な説得力があった。だが、そこまでは要求していない。
「俺たちのために死ぬんじゃなくて、戦力として期待している」
そう告げると、彼女はきょとんとした表情を見せた。義眼の光学センサーが一瞬だけ明滅し、意味を探るように俺を見つめる。だが深い意味はない。
「ところで、君の名前は?」
『名前……?』彼女は呟くように言った。名を使うことがほとんどないのだろう。端末に登録されたID番号を口にしたが、俺が知りたいのは呼びやすい名前だった。
休憩室の薄闇の中、彼女の義眼が淡く瞬く。暗号化通信の残光が端末の画面に流れ続け、機械の鼓動のような電子ノイズが空気を震わせていた。名を持たない彼女の沈黙は、都市の底に沈む無数の影のように重く、どこか孤独だった。
『コトネ』
それだけ言うと、彼女は着替えるためにさっさと休憩室を出ていった。
しばらくして、〈浄化工房〉の外で待機していた俺たちの前に、コトネが姿を見せた。驚くべきことに、彼女の四肢はすべてサイバネティクスの義肢に置き換えられていて、腹部や背中には無数のケーブルが接続されていた。
布面積の少ない衣服から覗く身体には、肉と金属が冒涜的に融合した接続端子が蜂の巣のように穿たれ、そこから太さの異なる黒いケーブルや流体チューブが蛇のように這い出している。
生命維持装置へと繋がるそれらの管は、彼女が息を吸う代わりに怪しく震え、まるで体内に別の生物が潜んでいるかのようだった。
その姿は生物というよりも、人間性を宿した禍々しい〝鉄の怪異〟そのものだった。イジュンでさえ言葉を失い、義眼の光が揺れている。だが、とりあえず仲間は揃った。




