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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第九部・新たなる脅威 後編

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179/211

179 観測施設〈運び屋〉


◆相談


〈侵食帯〉で活動する傭兵たちの拠点であり、彼らの探索を支える〈灰の裂け目〉で宿泊施設を利用するのは初めてだったが、危険な汚染地帯に隣接する集落でも、それなりの額のクレジットを積めば安眠は買えるようだ。


 空調は静かで、傭兵たちの喧嘩や怒号も遮断され、久しぶりに夢も見ずに眠れた。


 調達予定の物資を〈鉄根(てっこん)〉で確認した翌日、伝言を受け取ったイジュンと酒場で合流した俺は、まず工房の店主が掲示した価格が適正だったかを確認した。イジュンは端末の画面に表示された額を見て眉をひそめる。


「三割増しですね。新参者だと思って吹っかけられたんですよ」


 やはり、あの店主は俺をカモにしたらしい。交渉し直す必要があったが、まずはイジュンに酒を奢りながら、今回の遠征に同行してくれるよう依頼を出すことにした。


 彼は驚いたように鋭い目を細めたが、伝言を受け取った時点で、ある程度は予想していたらしい。そして、俺の依頼主が〈緋華(ひばな)〉だということも、すでに見当がついていた。


〈灰の裂け目〉で続く縄張り争いに巻き込まれるつもりはない、と彼は言っていたが、報酬額を提示すると、端正な顔に妖しげな笑みを浮かべた。薄暗い酒場の照明がその笑みを照らし出し、彼の瞳に赤いノイズが走るのが見た。


 もともと〈緋華〉とのつながりを匂わせるつもりはなかったが、彼は〈灰荷隊〉としてではなく、友人としてなら依頼を受けると言った。とはいえ、他の〈灰荷〉たちまで巻き込むのは、さすがに言い訳が立たない。


 そこで、追加の人員は〈傭兵組合〉を頼ることにした。イジュン曰く、この集落で影響力を失いかけている組合なら、危険な任務でも飛びつくはずだという。


 酒場の薄暗い照明がイジュンの〈人工眼球(サイバーアイ)〉に反射し、煙草の煙がゆっくりと漂う。俺は合成飲料の缶詰を傾けながら、遠征に必要なものを頭の中でひとつずつ並べていく。


 物資は揃いつつあるが、〈侵食帯〉で突発的に発生する〈放射線嵐〉をどう避けるかが最大の問題だった。


〈放射線嵐〉は言葉のまま、致死量の放射線を伴う異常気象のことで、空が白く焼け、地面が帯電し、電子機器が沈黙する。〈侵食帯〉で活動する探索者たちを何度も死に追いやってきた〝超常現象めいた自然現象〟だが、旧文明の残した危険な汚染地帯では日常的な脅威になっていた。


 幸い、この拠点には〈裂け目の耳・Ear of the Rift〉として知られる観測施設がある。旧文明期に利用されていた直径百八十メートルのパラボラアンテナの残骸を再利用した施設で、〈侵食帯〉の汚染状況や簡易地形データを探索者向けに提供していた。


〈放射線嵐〉の予報もここで手に入る。イジュンによれば、それなりのクレジットが必要になるが、この世界では情報の正確性と鮮度が生死を分ける。情報にクレジットを惜しむ者に待つ未来は、死だけだ。


 観測所で働くのは〈技術組合〉から派遣された〈データスミス〉や、かつて組合に所属していた〈メカニック・エンジニア〉たちだ。旧文明の観測ログを解析し、汚染の流れを予測し、嵐の発生を数時間前に察知する。イジュンの知り合いもいるらしく、予報は彼が交渉して安く入手してくれるという。


 残る問題は、傭兵の選定だった。裏切りに注意しなければならない以上、同行者は慎重に選ぶ必要がある。イジュンは缶詰のなかの液体を指で回しながら、傭兵たちの危険性を説明する。


 しかし、〈灰の裂け目〉で影響力を失いかけている今なら、報酬のため多少の無茶も飲んでくれるだろう。方針が固まると、俺とイジュンは席を立ち、酒場の扉を押し開けた。日中でも煌々と瞬くネオンが路面の水溜まりに滲み、白い蒸気が足元で揺れる。


〈灰の裂け目〉の空気は冷たく、どこか鉄の味がした。傭兵組合の事務所は市場の近く、倒壊した高層建築物の影にある。


 灰色の外套を羽織った〈灰荷隊〉のイジュンと、どこの馬の骨とも知れない運び屋が並んで歩く光景は、この街では少しばかり目立つらしい。〈侵食帯〉で活動する傭兵たちの視線が自然と集まるが、いちいち相手にしていてはキリがない。俺たちは無視して大通りへ入り、倒壊した廃墟が並ぶ通りを抜けて、目的の事務所へ向かった。


 かつては傭兵たちが幅を利かせていた通りだが、今では露店を広げる商人の姿が目立つ。〈大樹の森〉から回収される遺物や資材を独占していた〈傭兵組合〉は影響力を失い、今では商人たちの声が通りを支配していた。


 ネオンの残光が廃墟の壁面を薄く照らし、錆びた鉄骨が蜘蛛の巣のように影を落とす。遠くで鳴る発電機の低い唸りが、街の鼓動のように一定のリズムで響いていた。


 それでも事務所に近づく頃には、強面の傭兵たちが姿を見せ始めた。古い義肢をむき出しにした者、昆虫の外骨格を肩当てに加工した者、義眼が赤く光る者。どれも威圧的だが、所詮は見栄の世界だ。ここで存在感を示さなければ、組合としての体裁が保てないのだろう。彼らの視線を背中に感じながら歩く。


 廃墟めいた薄暗い建物の前に立つと、事務所の看板がかろうじて読める程度に残っていた。壁面のコンクリートはひび割れ、配管からは蒸気が漏れている。


 扉を押し開けると、古い空調の唸りと、油と紙の混ざった臭いが鼻を刺した。薄暗い照明の下、端末を操作する事務員と、壁にもたれてこちらを値踏みする傭兵たちの姿が見える。俺とイジュンは視線を受け流しながら、事務所の奥へと足を踏み入れた。

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