178 消耗品〈運び屋〉
工房の奥へ進むにつれ、空気はじわりと熱を帯びていく。溶接の閃光が壁面を青白く照らし、金属の焼ける臭いが鼻腔を刺し、油と薬品が混ざった独特の臭気が重く漂っている。
車両を整備する職人たちを横目に奥の区画へ入ると、山のように積まれたドローンの残骸が視界を埋めた。旧文明期以前に大量生産されていた監視機、軍用の小型攻撃機、民生用の配送ドローンまで、ありとあらゆる種類の機体が転がっている。どれも〈廃墟の街〉で回収された鉄屑同然のガラクタだ。
だが〈鉄根〉の職人たちは、それらを分解し、モーターを修理し、基板を焼き直し、再び空へ放つために蘇らせていく。作業台のひとつでは、義肢を装着した技術者がドローンの光学センサーを交換していた。義肢の関節が低い電子音を鳴らし、青い光がセンサー内部で脈打つ。
別の台では、若い技術者が古いバッテリーを分解し、セル単位で再利用可能な部分を選別している。その手際は驚くほど正確で、思わず感心してしまう。
それから積み上げられたドローンの山を見上げ、目的の機体を探すために職人に声をかけた。やってきたのは、店主と思われる薄汚いツナギを来た男だった。
「偵察用の安価な機体をいくつか欲しい。余計な機能はいらない。できるだけ安くて、使い勝手のいい機体だ」
店主は俺の顔をちらりと見て、その言葉の裏にある事情をすぐに察したようだった。
森では、変異した昆虫がドローンを獲物と誤認して襲いかかる。だが〈侵食帯〉を横断するには偵察機は必須だ。地形の変化、汚染濃度、変異体の動き――すべてを事前に把握しなければ命はない。だからドローンは使い捨てで構わない。
「どうせ森に食われる……か」
店主は乾いた笑いを漏らし、山の中から数機のドローンを引っ張り出した。薄暗い照明の下、機体の外殻に刻まれた無数の傷が、過去の戦場の記憶を語っているようだった。
外装は傷だらけだが、内部の基板は新しく交換されている。光学センサーは旧式だが、赤外線と低解像度の識別カメラを備えていて、最低限の偵察には充分な性能を持っていた。
「バッテリーは短いが、軽い。〈侵食帯〉の上空から汚染地帯を探すなら、これくらいの性能があればいい」
店主の説明を聞きながら、俺は機体を手に取り、重量とバランスを確かめた。旧式の機体で粗雑だが、使える。森での使い捨てを前提にすれば、これ以上の機能は必要ない。
「あるだけ用意してくれ。まとめて欲しい。それと予備バッテリーもいくつか用意してくれ」
店主はうなずいたあと、端末を操作して取引画面を表示する。値段が表示されるが、まだ支払わない。相場が分からない以上、カモにされている可能性もある。
「受け取りに来た時に支払う」
店主は意味ありげに俺を見つめたが、譲る気はなかった。
工房の奥でまたひとつ溶接の火花が散るのが見えた。俺は話題を変えるように、壁際に並んでいた小銃の山を顎でさす。
「弾薬が必要だ」
弾薬の種類を説明したあと、ドローンと一緒に受け取ると伝えた。
「ひとりで探索するつもりなのか?」
店主の低い声が、油と蒸気の混ざった空気を震わせた。
俺は肩をすくめる。
「まさか。灰荷隊が同行する」
「なら、カーゴドローンが必要になるな。ちょうど整備を終えた機体がいくつかある。見ていくか」
その言葉にうなずくと、店主は建屋の外に案内してくれた。照明を受けた店主の影が長く伸び、工房の喧騒が背後で遠ざかっていく。
工房の裏は鉄屑の山が並ぶ通りになっていた。焼け焦げた多脚車両の残骸、昆虫の外骨格を加工した装甲板、マネキンのようにも見える機械人形の残骸が無造作に積み上げられ、風が吹くたびに金属片が擦れ合って不吉な音を立てる。
その奥に、車両保管区があった。薄暗い天蓋の下、数台の多脚型台車が並んでいる。外装の装甲は錆びつき、ところどころに弾痕や爪痕のような傷が残っていたが、関節部の駆動系は新しい。油圧シリンダーは磨かれ、ケーブルは交換され、脚部のサーボは試運転のたびに低い唸りを上げている。
見た目はガラクタだが、内部は〈鉄根〉の職人たちが徹底的に手を入れた実用品になっている。
「外装は飾りだ。森に入ればどうせ湿気でやられて錆びていく。格好つけてもいい事なんてない。大事なのは脚と心臓部だ」
店主が台車の腹部を叩くと、内部のバッテリーが低く共鳴し、機体が生き物のようにわずかに震えた。
カーゴドローンは、端的に言えば自律的に動く多脚の台車だ。〈大樹の森〉へ向かうには欠かせない。汚染地帯の地形は不安定で、車輪ではすぐに沈む。脚で歩くしかないのだ。
俺は並んだ機体をひとつずつ見て回り、重量、脚の可動域、積載量を確かめた。どれも粗雑だが、必要な機能を備えていた。
「……これだな」
俺が選んだ機体を指差すと、店主は満足げにうなずいた。
「そいつは脚が強い。森の中でも軽快に動くはずだ。支払いは受け取りの時でいいんだな?」
俺がうなずくと、彼は端末に何かを入力していく。白い蒸気がまた足元で揺れ、多脚台車の影を歪ませた。
タカクラを探しに行く前に、まだやるべきことは残っている。だが、その前にイジュンと話をつけなければならないだろう。
店主に声をかけたあと、工房の出口へ向かう。背後では、義肢の駆動音と金属を打ち付ける音が混ざり合い、〈鉄根〉という巨大な機械の心臓が脈打ち続けていた。その鼓動は、薄暗い工房全体を震わせているかのようだった。




