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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第九部・新たなる脅威 後編

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172 灰の裂け目〈運び屋〉


 薄い霧の向こうに、人工的なネオンの光がぼんやりと浮かび上がった。この区域では、灯りは人間の気配そのものだ。変異体が徘徊する危険な〈侵食帯〉の中にあって、あの灯りは唯一の救いに見える。


 周囲に警戒しながら近づくと、霧を割るようにして多脚車両のシルエットがあらわれた。錆びついた鉄板に覆われた無骨な車両だ。その周囲には、重武装の傭兵たちが歩哨のように配置されている。湿った霧に反射する義眼の光が、まるで獲物を探す捕食者の眼のように揺れていた。


 レイダーギャング〈ネオン・ハーレム〉が、この地で存在感を示すために独自に派遣した武装集団だ。彼らは警備を請け負う代わりに、この区域で活動する傭兵や組織から貴重な資源を融通してもらっている。つまり、ここは連中の縄張りでもあった。


 近づくにつれ、彼らの装備がハッキリ見えてくる。〈スケルトン〉と呼ばれる強化外骨格――筋力を補助し、反応速度を向上させる外骨格だ。


 フレームの関節部が低い駆動音を響かせ、装着者の動きに合わせて滑らかに追従している。重武装なのも当然だ。ここは〈侵食帯〉で、何が出てきてもおかしくない。霧の奥から聞こえる得体の知れない鳴き声が、その事実を裏付けていた。


『站住别动(そこでとまれ)!』

 北京語(プートンファ)の鋭い声が飛んだ。


 俺は両手を軽く上げ、日本語で「運び屋だ」と告げる。


 すると、多脚車両の剥き出しの操縦席に座っていた男が舌打ちした。機嫌が悪いらしい。何か問題が起きたのかもしれない。俺は〈翻訳インプラント〉を起動させ、北京語で問い返した。すると、男の表情が途端に緩む。


『朝から休憩なしで働かされててよ。腹が減って死にそうなんだ』

 もちろん嘘だ。この手の連中は意味のない揺さぶりをかけてくる。


 俺は「面倒をかけたな」と、作り笑いを浮かべながら情報端末を取り出す。彼が察して端末を取り出すと、少額のクレジットを送金する。送金完了の電子音が乾いた音を響かせる。


 その瞬間、傭兵たちの空気が変わる。男は満足げに鼻を鳴らし、周囲の傭兵たちも下卑た笑みを浮かべた。


『いい心がけだ。なんたって、この場所を守ってるのは俺たちなんだ。感謝の気持ちを示すのは当然だ。そうだろう?』


 ひとりがそう言いながら、道を開ける。俺は同意するように軽くうなずいたあと、〈灰の裂け目〉に向かって歩き出した。


 面倒な連中だが、クレジットで解決できるなら安いものだ。近づいてくるネオンの光が、ようやく人の営みを感じさせてくれた。〈侵食帯〉の静寂から解放される安堵と、これからの交渉や仕事について考えを巡らせる。


 まず向かうべきは、宿場兼酒場として機能している〈裂け目亭〉だろう。通りには傭兵らしき連中とスカベンジャーたちが行き交い、地下街とは異なる種類の熱気が漂っている。湿ったアスファルトに反射するネオンが、廃墟の通りを毒々しく飾り付ける。


 この場所は〈侵食帯〉の縁にある前線拠点だというのに、妙に活気がある。人間は、どんな環境にも順応してしまう生き物なのだろう。生き延びるためなら、地獄の縁でも市場を開く。


 近くの断崖から吹き上がる突風の影響か、〈灰の裂け目〉が霧に覆われることは珍しい。そのおかげか、陰鬱な雰囲気はなく、屋台を出す店主たちは普通に仕事をしていた。


 焼けた肉の匂いと、香辛料の刺激的な香りが混ざり合い、危険地帯のすぐ隣とは思えないほど日常が広がっている。もちろん、その日常の裏側には、いつでも牙をむく闇が潜んでいることを誰もが理解していた。


 目的地の〈裂け目亭〉は、旧文明の廃墟を再利用した施設だ。地上部分には大規模な宿泊施設が設けられ、短期滞在者向けに貨物用コンテナを改造した寝床が並んでいる。金属の壁面には古い企業ロゴが微かに残り、コンテナで埋め尽くされた通りをドブネズミが走り回っている。


 大量のコンテナは倒壊しない程度に積み上げられ、足場や渡り廊下で連結され、迷路のような構造になっていた。風が吹くたび、金属同士がこすれ合う乾いた音が、まるで廃都の亡霊が囁くように響く。


 最低限の安全対策として、監視カメラと攻撃タレットが配置されているが、それでも安全とは言いがたい。だから、クレジットに余裕がある人間は地下に用意された長期滞在者向けの個室を利用する。この街でまともな睡眠が欲しいなら、クレジットを惜しまないことだ。安さを選べば、夜の闇に命を吸われる可能性すらある。


〈侵食帯〉で活動する傭兵やスカベンジャーたちは、宿泊施設に隣接する酒場を情報交換の場として利用している。交易品の受け渡しや護衛の雇用、物資の補充なども行われる。荒くれ者が集う場所ということもあり、自然と情報も集まってくる。酒場の空気は、汗と油と嘘の臭いが入り混じった、独特の重さを帯びていた。


 荷物を引き渡す前に、この場所の近況を知ることを優先させたほうがいいのかもしれない。コンテナの間を縫うように歩いて宿泊施設が見えてくると、多脚車両のために用意された充電ステーションの周辺がやけに騒がしい。傭兵たちが集まって口論しているらしく、怒号や笑い声が入り混じって響いてくる。


 どこにでもあるいざこざだろう。銃声が聞こえないだけマシというものだ。俺はその騒ぎを横目に、宿泊施設のそばに併設された酒場へと足を向けた。


 扉を押し開けると、暖かい空気と酒の匂いが流れ出し、〈侵食帯〉の冷たい霧が、背後でゆっくりと遠ざかっていくように感じられた。ようやく、ひと息つける場所にたどり着いた。

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