170 襲撃現場〈運び屋〉
◆襲撃現場
瓦礫の影に身を沈めながら周囲に視線を向けたが、やはり何も見えない。崩落地帯は複雑に入り組んだ瓦礫の山で、義眼の輪郭強調機能を使っても、生物の姿を捉えることはできなかった。熱源反応も拾えない。襲撃者も被害者も、霧のように消えてしまったかのようだ。
偵察用の小型ドローンを使うことも考えたが、風切り音が響けば、近くに潜む変異体や略奪者に位置を知らせるだけだ。ここでは音が命取りになる。俺は手を止め、瓦礫の隙間から風の流れを読むように耳を澄ませた。
そのとき、再び銃声が響いた。今度はハッキリと方向が分かった。反射的に身体が動き、俺は瓦礫の斜面を駆け下りる。銃声が聞こえた方角を横手に見ながら、側面へ回り込むようにして接近する。足場は不安定で、踏み外せば瓦礫の下に埋もれる危険がある。それでも、迷いはなかった。
視界が開けた瞬間、炎と黒煙を噴き出す車両が見えたが、すぐに瓦礫の陰に身を隠した。そっと覗き込むと、脚部が折れて横転した多脚車両があった。
運送屋のものだろうか、装甲は歪み、内部の機構が露出している。周囲には乗客だったと思われる人間が倒れていた。手足を縛られた死体が転がり、襲撃の惨さが一目で分かる光景だった。
瓦礫の陰には、略奪者と思われる者たちの姿もあった。だが、彼らはすでに変異体に襲われ、無残に喰い殺された後だった。どうやら、襲撃の最中に変異体の群れが割り込んだようだ。略奪者たちが何を狙っていたにせよ、最後に彼らを襲ったのは、この街の生態系そのものだった。
焦げた金属の臭いと、瓦礫の隙間から漏れ出す生臭い風が混ざり合い、崩落地帯全体が巨大な捕食者の巣のように思えた。ここでは、人間も変異体も、ただ順番に喰われていくだけの存在に過ぎない。
再び激しい銃声が聞こえる。そちらに視線を向けると、地面に倒れ込んでいた男が、昆虫めいた変異体に向けて必死に小銃を乱射しているのが見えた。あの音は厄介だ。
すぐにライフルのストックを肩に引き寄せ、男の頭部に照準を合わせると、間髪を入れずに引き金を引いた。一発で命中させようとは考えない。着弾地点を見極め、二発目で確実に頭部を撃ち抜く。
銃声が止むと、男の前腕ほどの体長を持つ変異体も動きを止めた。甲殻が光を反射し、思わず目を細める。その変異体は、ゴキブリを巨大化させたような姿だが、動きは異様に素早い。男の首元に食らいついたまま、気色悪い腹部を押しつけるようにして覆いかぶさっていた。
周囲には、数匹の変異体が倒れていた。略奪者たちが始末したのだろう。しかし油断し、最後の一体に不意を突かれた。義眼の視覚補助が、変異体の甲殻を淡く照らし出す。
俺はしばらくその場に留まり、周囲の気配を探った。銃声に引き寄せられた変異体がいないか、慎重に確認する。風の流れ、瓦礫の影、遠くの振動――どれも異常なし。
安全だと判断すると、俺は襲撃現場へと歩み寄った。ここで何が起きたのか、そして、生き残りは他にいるのか。
現場に近づくにつれて、状況がハッキリしてきた。どうやら略奪者たちは、変異体との戦いで奮闘したらしい。想像していた以上に、ゴキブリめいた変異体の死骸が瓦礫の間に転がっていた。
硝煙の臭いと変異体の体液が混ざり合い、甘い臭気が漂う。崩落地帯の空気はどこか粘ついていた。まるでこの場所そのものが、死を吸い込み、吐き出し続けている巨大な肺のように。
黒く艶のある甲殻が砕け、脚が折れ曲がり、乾いた光を反射している。小さな群れに襲撃されたのだろう。素早く動き回る厄介な生物相手に、ここまで応戦したのは褒めるべきなのかもしれない。
けれど乗客の姿を目にした瞬間、その感情はどこかへ消えた。倒れた人影の服装から察するに、スカベンジャーたちを乗せていたらしい。男性は手足を縛られ、抵抗できない状態で痛めつけられた痕跡が残っていた。おそらく、彼らの〝狩場〟を聞き出そうとして拷問したのだろう。
スカベンジャーの多くは、自分だけの秘密の狩場を持っている。そこは、まだ誰にも荒らされていない場所で、貴重な遺物が眠っている。略奪者たちは、それを奪うために拷問を行っていたのだろう。
女性たちの方は、さらにひどい扱いを受けていた。言葉にするのも憚られる光景が広がっていた。全裸にされて横たわる女性のなかには、まだ年端もいかない少女の姿もあった。変異体の襲撃まで生かされていた女性もいたが、悍ましい昆虫に内臓を喰われ、臓物が剥き出しの状態で息絶えていた。
略奪者たちが拷問と快楽に浸っている間に、変異体が接近してきたのだろう。彼らは気づかなかったのだ。襲撃の成功に浮かれ、危険な地域にいることも忘れて、獣のように本能に従った。そして、彼らはひとり残らず街の生態系に飲み込まれた。最後のひとりを除いて。
「やれやれ」
ため息をついたあと、略奪者たちの装備を物色しながら、どう処理するか考える。回収屋を呼ぶことも頭をよぎったが、危険な〈侵食帯〉の近くで動ける人間は限られている。
そこで、〈灰荷隊〉に連絡を入れることにした。戦利品の分け前は期待できないが、情報料としていくらかのクレジットと、現場の処理を任せられる。
死体を目当てに、これ以上危険な変異体が集まるのを防ぐためにも、素早く動く必要があった。俺は情報端末を取り出し、灰色の外套を着込んだ集団に連絡を入れることにした。
それから、予備弾薬と予備のアサルトライフルを回収すると、この場を離れることにした。もうすぐ、〈侵食帯〉と廃墟の境目となる大地の亀裂が見えてくるはずだ。ここからは、より慎重さが求められる。




