167 夜〈運び屋〉
◆真夜中
あの襲撃から、略奪者たちは攻撃しては撤退を繰り返していた。まるで、こちらが疲弊するのを待っているかのように。ロケット弾が一斉に撃ち込まれたときの爆風が、まだ耳の奥に残っている。砂煙が巻き上がり、雨のように砂と瓦礫の破片が頭上から降り注いだ。
それでも、護衛の傭兵たちは冷静だった。建物の陰からこちらの様子を窺おうとした略奪者が、ほんの一瞬、首を出すのが見えた。その瞬間、銃声が聞こえた。略奪者は頭部を撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。
連中は、傭兵の実力を見誤っていたのだろう。何度か攻撃を繰り返せば、傭兵たちが憔悴し、士気が下がると思っていたが、傭兵は戦闘のプロだ。彼らの仕事は〝信頼〟によって成り立っている。そんな簡単に職務を放棄するような真似はしない。
略奪者たちが攻めあぐねている間にも、傭兵たちは対策を講じていた。側面に少数の人員を回し、敵の死角から接近する。そして略奪者たちが襲撃できなくなるまで、徹底的に掃討していった。
やがて銃声が遠のき、〈廃墟の街〉につかの間の静寂が戻る。襲撃は退けたが、問題はここからだった。直撃を受けた多脚車両の脚部は衝撃で完全に損傷していた。駆動系はいかれ、関節部は歪み、動かすことすらできない。修理が必要だが、すぐに直せるような状態ではなかった。
そして最悪なことに――ここは〈廃墟の街〉の真っ只中だ。野営するしかないが、夜になれば、それまで活動を控えていた変異体が動き出す。〈人擬きウィルス〉に感染したゾンビめいた個体や、どこからともなく姿を見せる昆虫型の変異体。
日が落ちれば、闇はすぐに牙を剥く。高層建築の影が伸び、街全体が巨大な捕食者の口のように思えてくる。俺たちは停止した車両の影に身を寄せ、しんとした静寂の中で、次に訪れる驚異の気配を探ることになる。
その多くは無視できる程度の脅威度だが、問題は無視できない連中の存在だ。闇に紛れて走り回り、音に反応して飛びかかってくる。傭兵たちでさえ、夜間の遭遇は避けたい相手だ。
さらに、旧文明期の遺産――制御システムがイカれたまま徘徊している機械人形に襲撃される可能性もある。制御不能の機械人形は、生体反応を検知すれば容赦なく攻撃してくる。略奪者よりも、よほど危険な相手だ。俺たちは、停止した多脚車両の周囲に陣を敷き、迫りくる夜に備えるしかなかった。
傭兵たちは、まだ陽が残っているうちに動き始めた。多脚車両を見下ろせる位置にある廃墟の建物に入り、まずは室内の掃討を行う。階段は崩れ、壁は剥がれ落ち、床には古いガラス片が散らばっていたが、幸い、変異体の姿は見られなかった。
彼らは建物の屋上に陣取り、瓦礫の通りを見渡せる位置に狙撃ポイントを構築していく。命がけの仕事だ。傭兵たちの動きは無駄がなく、誰もが己の仕事を全うしようと動いている。
それでも安心はできない。野営は真っ暗闇の中で行われる。照明を使えば、略奪者たちの注意を引くだけでなく、変異体を呼び寄せることにもなる。だから、光は一切使えない。
最悪の条件での野営だ。多脚車両の周囲に簡易バリケードを設置していく。高層建築物の瓦礫や廃材を積み上げ、侵入経路を限定するための即席の防壁を構築する。
日が沈むにつれ、〈廃墟の街〉は急速に静まり返っていく。風が吹き抜ける音が、やけに大きく聞こえる。遠くで金属が転がるような音がしたが、それが風のせいなのか、何かが動いたのかは判別できない。
闇が街を覆うたび、廃墟は巨大な捕食者の影のように形を変え、こちらをじっと見つめている気がした。
俺は車両の影に腰を下ろし、外套のフードを深くかぶった。視界の端で、傭兵のひとりが暗視ゴーグルを装着し、屋上の縁に身を伏せるのが見えた。
夜の街は、昼間とはまったく別の顔を持つ。俺は深く息を吸い、暗闇の向こうに広がる静寂へと耳を澄ませた。
奇妙なものを目にしたのは、〈人工眼球〉の暗視機能をテストしていたときだった。完全な闇に沈んだ路地の奥――そこに、淡い燐光をまとった〝人影のようなもの〟が立っているのが見えた。
それは暗闇の中で、ぼんやりと光を放ちながら歩いている。その姿は人間のようでもあり、そうでないようでもあった。まるで旧文明期以前の映画で見た幽霊だ。あるいは、あてどなく〈廃墟の街〉を彷徨い歩く幽鬼なのかもしれない。
だが、この街では何が起きても不思議じゃない。重要なのは、それが〝敵意を持つ存在かどうか〟という一点だけだ。
俺は白い息を吐き出し、通りの向こうに視線を向けた。その瞬間、故障して広告だけを垂れ流していた自動販売機のホログラム越しに、小さな光点がちらりと見えた。微かに光を反射する――眼球のようなものだ。
〈人擬き〉か? 俺はライフルを構え、照準器と同期された義眼を通して、暗闇に潜むモノの正体を確かめた。
暗闇に浮かび上がる輪郭を見た瞬間、息が止まった。そこには、これまで見たことのない変異体が佇んでいた。長身で、ひょろりと痩せ細った身体は体毛に覆われ、その背中からは無数の手足のような突起が伸びている。
昆虫と哺乳類を無理やり混ぜ合わせたような、不自然なシルエットだった。闇の中でその輪郭がわずかに揺れ、こちらの存在を嗅ぎ取っているかのように見えた。
動きは静かで、まるで呼吸すらしていないように見える。けれどその眼だけが、闇の中で微かに光を反射していた。イタチのようにも見えるが、体長は優に二メートルを超えている。細長い胴体が、風に揺れる鉄骨の影と重なり、その存在が現実なのか幻覚なのか、一瞬判断がつかなかった。
幸いなことに、我々の存在に気づいている様子はない。それでも、あの長い手足が一度でも動けば、どれほどの速度で襲いかかってくるのか想像もつかない。
俺は息を殺し、ゆっくりと化け物に銃口を向けた。撃つべきか、見逃すべきか――判断がつかない。建物屋上に陣取る傭兵たちに視線を向けると、攻撃するな、の合図を受け取る。手を出すべき相手ではないのだろう。しばらくすると、異形は目の前から消えた。
夜の〈廃墟の街〉は、昼間とはまったく別の姿を見せる。そこには理屈も常識も通用しない〝何か〟が潜んでいる。そして、その〝何か〟が、今まさに暗い世界を闊歩していた。




