ハロウィンですが、カボチャだらけになりました
冬になる前のお話です
コンビニにハロウィン関連のお菓子やデザートが並び、街もハロウィンの装飾で賑わう。
こうなると宗教とか関係なく、参加してみたくなってしまう。
簡単に仮装できる物がないか、と考えていた時に、たまたま見かけたハロウィン用の小道具。使う機会はないかもしれないけど、面白そうでつい買ってしまった。
そして、それを使えそうな場面が運よく? やってきた。黒鷺から、とある症例の治療法について質問があるので来てほしい、とメールが。
私は早めに仕事を終わらせ、買っていたハロウィンの小道具を持って、黒鷺の家へ出向いた。
※※
陽が落ちるのが早くなり、周囲は薄暗い。その中で見る洋館はハロウィンの影響もあるのか、どこか不気味な雰囲気が漂っているような…………って、そんなわけないわよね。
私は洋館に入る前に庭のすみに隠れ、小道具を身に付けた。
「こんな感じかな」
コンパクトの鏡で軽く確認すると、私は合鍵を使ってこっそりと玄関に入った。まさか、私がこんなことをするとは、思っていないだろう。
足音を立てないように廊下を進む。楽しくて笑い声が出そうになる。
食器を洗う音とともに、夕食の良い匂いが漂ってきた。チーズが焼けたような香り。
(今日は洋食かなぁ……)
鳴りそうになるお腹を慌てて押さえた。ここで気づかれたら、ここまでの準備が無駄になる。
私はドキドキと高鳴る心臓とともに、リビングのドアノブを握った。深く息を吐き、グッと手に力を入れる。
覚悟を決めた私は、ドアを勢いよく押し開けた。
「トリック・オア・トリート!」
「……は?」
間抜けな声とともに黒鷺がこちらを見る。
紺色のプルオーバーシャツにグレーのワイドパンツという、珍しくゆったりとした服装。でも、清潔感があって爽やかな印象は変わらない。
驚きも笑いもない、微妙な沈黙が落ちる。いや、ここまで反応がないと逆に困る。
「黒鷺く……」
「どうしたんですか!?」
黒鷺が洗い物を置き、こわばった顔で近づいてくる。いや、そんなに必死な顔で迫られたら……怖いというか、なに!? 私、いけないことした!?
思わず後ずさる私に、黒鷺が迫る。
「こけたんですか!? 痛みは!? とにかく、先に傷を水で流しましょう!」
(盛大に勘違いされた!?)
私の手を握り、洗面所へ行こうとする黒鷺を慌てて止めた。
「ち、違うの! 怪我じゃないの! そういうシールだから!」
「……シー、ル?」
黒鷺が目に見えて固まる。
私が付けた小道具は、痣や流血しているように見える怪我シールだった。特殊メイクをしなくても、これさえ貼れば簡単に怪我の出来上がり。ハロウィンの仮装にピッタリ……な、はずだった。
それが、こんな必死な対応をされるなんて! 予想外にも程がある。
「そう! ハロウィンシール! ゾンビメイクをしてシールを貼ったの! たまたま見かけて、ちょっと使ってみたいなと思っ……」
「はぁぁぁぁ…………」
黒鷺が脱力して座り込む。えーと、あのぉ…………ごめんなさい。
「ゾンビメイクをせずに、そんなシールを貼ったら、怪我をしたようにしか見えないですよ」
「え? 一応、ゾンビメイクもしたつもりなんだけど?」
「…………どこが?」
「顔色、悪くない?」
じろりと黒鷺が睨む。
「ゆずりん先生が寝不足の時は、それぐらいの顔色をしていますよ」
「だから、私の名前は柚鈴だって。つまり、寝不足の私の顔はゾンビだってこと?」
「そういうことです」
あっさりと肯定した黒鷺が立ちあがる。
「それは、それで失礼じゃない!?」
憤慨する私に、黒鷺が追い払うようにヒラヒラと手を振った。
「それより、さっさとシールをはがしてください。ご飯できてますよ」
「え? このままじゃ、だめ?」
「傷を見ながらご飯を食べる趣味はないです」
「むー」
仕方なく私はシールをはがし……って、痛い、痛い! 産毛が引っ張られる! 貼るのは、あんなに簡単だったのにぃ!
シールと悪戦苦闘している私の前を黒鷺が通り過ぎる。その手には、グラタンとカボチャのサラダ。テーブルを見ると、キッシュと野菜を巻いて焼いた豚肉がある。
「美味しそ……イタッ!」
「これに懲りたら、むやみに人を驚かそうとしないことですね」
「むやみじゃないわ! ハロウィンよ!」
「そもそも、ハロウィンは人を驚かす行事ではありません」
「うー。あ、やっと全部、取れた」
私はシールをゴミ箱に捨て、手を洗って椅子に座った。
「食べていい?」
「どうぞ」
「いっただっきまぁーす」
手を合わせた私の前にパンプキンスープが置かれる。あれ? よく見ればキッシュにカボチャが入っていて、豚肉はカボチャが巻いてある。
「……カボチャづくし?」
思わず零れた声に黒鷺の肩がビクリと跳ねる。
「もしかして、これカボチャグラタン?」
確認する私から黒鷺が露骨に視線を避けながら椅子に座る。どうやら当たりらしい。
「なにか、あったの?」
「いえ……ちょっと、カボチャを買いすぎまして…………」
「でも、これだけ料理に使ったら、もうないでしょ?」
「…………まだ、あと二玉あります」
「なんで、そんなにあるの?」
私は驚きながらもパンプキンスープを飲んだ。まろやかなカボチャの甘みが効いて美味しい。
「いや、あの…………」
「もらったの?」
「いえ、自分で買いました」
「どうして、こんなにたくさん?」
黒鷺はカボチャサラダを食べながら説明を始めた。
「ハロウィンでは、黄色のカボチャでランタンを作りますが、あのカボチャって、食用ではないのを知っていました?」
「そうなの!?」
「はい。ただ、僕が住んでいたところでは、カボチャといえば黄色しかなくて……日本の漫画でカボチャの煮つけを読んで、食べてみたいと思って作ったことがあるんです」
「黄色のカボチャで煮つけを?」
「はい。結果は微妙でした。水っぽくて、煮崩れしまくって、舌触りもざらざらで……こんなに美味しくないものを、よくあんなに美味しそうに食べるなぁと思いました」
料理上手な黒鷺が失敗するなんて、黄色のカボチャって美味しくないのね。あ、食用じゃないから、当たり前か。
黒鷺が説明を続ける。
「ですが、このまえスーパーでカボチャの煮つけの試食をしていて……一口食べてみたんです」
「もしかして、そこで……?」
黒鷺が視線を逸らす。
「……衝撃と感動でした。そして、気が付いた時には、そこにあったカボチャを五玉、買っていました」
「五玉!?」
かなり重かっただろうなぁ…………って、そうじゃなくて、買う前に正気に戻ろうよ。
「緑のカボチャがあんなに美味しいなんて知りませんでした。身がしっかりしていて、甘みや味が強く、いろんな料理に使える。おかげでレパートリーが広がりました。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと、飽きてきました」
「だよね」
どんなに美味しいといっても、食べ続ければ飽きてくる。そこで私は気が付いた。
「もしかして、私を呼んだ理由って、カボチャを食べてほしいから?」
黒鷺が慌てて否定する。
「いや、ちゃんと漫画で意見がほしいところがあります」
「ふーん」
「……信じていませんね?」
「そんなことないわよ」
でも、やっぱり、なんか怪しい。私は大人だから、これ以上は追及しないけど。
疑うような黒鷺の視線を無視してキッシュを食べる。生地はさっくり。カボチャの甘さと、ベーコンのしょっぱさが合わさって丁度いい。
「んー、美味しい」
「たくさん食べてください」
爽やかな笑顔で黒鷺が言い切った。いつもなら料理を誉めたら、どこか恥ずかしそうな照れたような顔をするのに。
(………やっぱりカボチャの消費要員として呼ばれた気がする)
ま、美味しいから良いけど。
私はカボチャ尽くし料理を堪能した。
※※
食後の茶を飲みながら、私は黒鷺と討論をしていた。
「だから、理論上はそうなるけど、実際にやるとなると、別なのよ。そこまで正確に薬剤の血中濃度を一定にするのは無理」
「ですが、シリンジポンプを使って、点滴から一定量を注入し続けたら、できるんじゃないですか?」
「3、4日ならできるかもしれないけど、半年は無理よ。普通に動ける人に、半年もベッドでおとなしく寝とけ、ってするのは拷問に近いわ。それに筋力が落ちて歩けなくなるかもしれない。そっちのリスクのほうが高いわ」
黒鷺が諦めきれない感じで唸る。
「うーん。このネタは良いと思ったんですけど…………他のネタも探してみます」
「そうね。もう少し現実的な…………って、時間が!」
私は壁にかけてある時計を見て、思わず叫んだ。討論が白熱して、気が付けば最終のバスが出るギリギリの時間。
慌てて玄関に走る。
急いで靴を履いていると、黒鷺が紙袋を差し出した。
「どうぞ」
「なに?」
「お土産です」
「お土産? どこかに行ったの? って、それよりバスが!」
急いでいた私は、深く考えずに紙袋を掴んだ。
「ありがとう! じゃあ、またね!」
駆け足のおかげで私は最終バスに間に合い、無事に帰宅できた。
※※
自分のアパートに帰った私はテーブルに紙袋を置いて、さっさとお風呂に入った。
そして、冷蔵庫からビールを出し、一口飲んだところで紙袋の存在を思い出した。
「お土産って言ってたけど……黒鷺君、どこかに旅行でも行ったのかしら?」
紙袋の中身はビニール袋に包まれていて、なにが入っているのは分からない。私はビニール袋を取り出した。
「この形、大きさ、重さ…………もしかして」
恐る恐るビニール袋から中身を取り出す。そこにはタッパが三箱。中身はカボチャ料理がぎっしり詰まっている。これを食べきるのは、さすがに辛いかも。
私は一個だけ入っていた飴を摘まんだ。
「やっぱりカボチャの消費要員じゃない……それとも、イタズラかしら?」
『調理前のカボチャ、一玉を渡すよりマシでしょう?』
そんな黒鷺の幻聴が聞こえた気がした。