さよならマサルくん
奈々子は近づいてくるマサルを拍手で迎えた。健太も奈々子につられるように拍手をし、信一もしゃがみ込みながら拍手を始めていた。
係り員に引かれていくマサルがオーロラビジョンに大きく映しだされ、いつしかスタンド全体が拍手に包まれている。
ふと、奈々子の脳裏に、噛みつくマサルと白髪の男性が浮かび、思わず涙がこぼれそうになった。
(サヨナラ。噛みつきマサルくん)
奈々子の目は、手にしている馬券へと向かった。
そこに印字された文字が口をつく。
「マサル」
奈々子の視線が空へと向かっていく。
(神様のいじわる! 答えは自分でだせってこと)
☆
「取り消しか……」
健太はマサルを見送りながら、つぶやきが口をついていた。
「このマサルの取り消しは――」
その声に振り返ると、紳士の姿がある。後ろには、すっかり酔いも醒めた感じの男も立っている。
「健太君にとって、喜ばしいことなのか、それとも残念なことなのかな?」
健太は挨拶するように軽く頭を下げ、言葉を発した。
「なんだか複雑です。予想に関しては取り消しで救われたような気がします。でも、マサルの最後のレースが……」
「そうですね。確かにマサルの引退レースは無くなってしまいました。でも、マサルは走ったじゃないですか。人間に操られるのではなく、思うがままに。私の目にはなんだか満足げに映りましたよ。まぁ、そうあって欲しいという目で見ていたからかも知れませんが」
紳士は微笑んだ。
「そうですね」
健太もつられるように微笑む。
「マサルはすごい馬ですねぇ。最後に人々の心をがっちり掴みました。最高の引退式でしたね」
「はい」
「取り消しはマサルの君への最後のプレゼントだったかもしれませんね」
紳士はそう言いながら、健太の手を取り、何かを渡し、
「健太君。これからの君の予想が楽しみです」
そんな言葉を残し、ビジネスーツの男を促すと、歩きだした。
健太は手渡されたものに目を向けた。それは【マサル】と印字された単勝馬券だった。馬券から紳士の声が聞こえてくるようだった。
『今日のことを胸にこれからもがんばりなさい!』
立ち去る紳士に「ありがとうございました」と声を掛けた。
紳士は歩きながら軽く手を上げると、そのまま去っていった。
健太は深々と頭を下げた。




