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日記⑨ 42日目〜44日目

【42日目】

 大山脈での戦闘を経て、我が中隊は再び勲章を授与された。先鋒としての果敢な進撃と山岳路における撤退線の妙が評価された結果だ。

「貴隊はまさしくゼダの精鋭である。窮地の中でも勝利をのみ追求し、敵中を突破した貴隊の武勲は、永遠に“我らが母星”のアニマに記憶され続けるであろう」

 軌道兵器で、その“貴隊”ごと焼き払おうとした連中の言葉は、全く胸に響かなかった。

 そもそも、敵中を突破できたのは、テラの生体エネルギーを無断でチャージしたおかげである。それに、突破した後はほうほうの体で山中を逃げ惑ったに過ぎない。これが本当に精鋭の姿と呼べるのか。

 本部はあの泥臭い撤退戦を、何か輝かしいスペースオペラでも観るようなイメージで語っているのではないか?


 さて、その授与式の場で、私は大隊長に声をかけた。

 例の「テラ撤退」を稟議にかけるためだ。ちなみにこれは、大隊長に稟議を回すために声をかけたのではない。“稟議を回すための根回し”のためである。

 上司に一言の相談もなく提案を回せば、「俺は聞いていないぞ」と思われるだろうし、心象的にもよろしくない。そこで稟議を回す前に、あらかじめ「どのような稟議を回すのか」、「そもそも回してもいいのか」という相談をする。そして、上官から口頭での承認をもらって、初めて正式な手続きに移ることができるのだ。

 つまり稟議のスタンプラリーとは、初めから出来レースなのであり、そこに至るまでの根回しこそが本当の意味での稟議なのである。

 本番を通すためにリハーサルで稟議を回すというのは本末転倒にも思えるが、これは巨大組織を運営する以上避けては通れない道なのだ。

 我々は組織の足だ。右足だけで、巨人は前へ進めないのだ。円満に前へ進むためには左足に加え、皮膚や骨、神経、筋肉、そして何より脳の協力が不可欠となる。

 大隊長への根回しはその小さな一歩だ。だがその一歩はやがて、我が軍を不毛な戦争から退かせるための大きな飛躍となる。


 ここで、大隊長殿のありがたいお言葉を引用する。

「俺は大隊長と言っても、組織の中の小さなパーツに過ぎん。戦争計画の事なら、まずは連隊長に伺いを立て、その後、本部のお偉方に掛け合うのが良いだろう。

 ナバト軍団長あたりがいいんじゃないか?お前らの隊は評判がいいからな。今なら閣下も話を聞いてくれるかもしれん」

 全く熟達した責任回避術だ。それも当然か。大隊長としてもこんな大事に首を突っ込みたくはないのだろう。

「そもそもお前はなぜ“テラの意思”を知っているんだ?」

 痛いところを突かれた。そういえば、私がテラの拒絶の意思に気づいたのは、重大な軍規違反の結果なのだった。私がしどろもどろになっていると、大隊長は声を上げて笑った。

「分かった分かった。それについては聞かなかったことにしよう。私も込み入った事情に巻き込まれたくはないのでね。連隊長は今会議中だ。用があるなら夕方以降にするといい」

 どうやら私は、彼の責任回避術に救われたようだ。


【43日目】

「私がテラの声を聞いたのは、人類の捕虜を解析した結果である」。非常に苦しい言い訳だが、「現場を知らない上層部などいくらでも誤魔化せる」とユノは言う。調査部には彼女を介して根回しをし、私の言い訳が事実となるよう働きかけておいた。


 さて、今度は私の話を聞いた連隊長殿のお言葉だ。

「私は一戦区を丸ごと任されてはいるが、突き詰めれば君と同じ、単なる部隊長の1人だ。まぁ君の言いたいことは分かる。テラが我々を拒絶している以上、保護も救済も無意味だ。それに、私もあの軌道兵器はどうかと思っていてね。この戦争に大義があるかは疑問なのだよ。

 しかし実のところ、それを上層部に伝えたところでどうなる?

 考えてもみたまえ。たとえナバト閣下が理解を示し、そこからフィールド本部が承認したとしても、後に控えているのはあの“統合司令部”だ。正直言って、あの頑固な連中を説得することはできないと思うね。まあ師団長には話を通しておくよ」

 言うことは皆同じ。我らが上官方は、テラの兵器以上に無機質だ。

 続けて師団長である。

「師団としては、大山脈が消え、敵が怯んだ今こそ全面攻勢のチャンスと考えている。その件はフィールド本部にも話を通したばかりだ。

 君も知っての通り、我が方面軍は極端な戦力不足に陥っている。痛烈な反撃を食らう前に、先んじて攻撃するのは兵法の常識だ。テラ侵攻を完遂するためには、人類に主導権を握らせてはならん。

 他のフィールドでも人類の抵抗と核の前に攻めあぐねていると聞く。だからこそ今、このゼダ・フィールドが戦果を上げる時なのだ。そうなれば、他のフィールドに先んじて、我々はテラ侵攻軍の中核とみなされる」

 師団長のお言葉はまるで演説のようだった。この窮地にあっても、彼は軍内での主導権争いにこだわっている。

「あの山脈における貴中隊の活躍は見事だった。君の働きは間違いなく、人類の中にはっきりと恐怖を植え付けたことだろう。今後の動向次第では、君を連隊長に推薦することも考えている。だからあまり余計なことはしてくれるな」

 昇進をエサに私を懐柔する気だ。そうはいくか。

「テラの協力は、我々の侵攻にとって無視できない要件です」。私は懸命に反論した。

 しかし返ってきたのは、「全体の足並みを乱すな」という一言だった。師団長の心の壁は、人類の防衛線より堅いらしい。ここで重レーザーでもぶっ放せば心変わりするだろうか?


【44日目】

 さて、師団長に中継ぎを拒否された私は、もうそれだけで八方塞がりとなってしまった。いかにしてナバト軍団長、あるいはフィールド本部に話を通すべきか。

 戦闘の最中にあっても、私のアニマにはその思考しか浮かばなかった。

 ところが、その夜のことである。

 なんとナバト軍団長から私宛に直々のテレパシー通信があったのだ。

「フラーから聞いたぞ。貴様、戦争をやめたいらしいな」

 ナバト閣下は出し抜けにそう言ってきた。また紫色の頭を嫌らしく光らせているに違いない。

 しかも「戦争をやめたい」などとんでもない語弊だ。私はこの作戦の無意味さについて物申したいだけであって、軍そのものを否定したいわけではない。

 とはいえ、閣下の方から連絡をくれるとは僥倖だ。

(にしても、フラーの奴はいつの間に閣下とこんなに親しくなったのだ?やはりあの三枚目は手離すべきではない。間違いなく、軍内政治における我が隊の最高戦力だ)

「なるほどな。テラが我々を“異物”とみなしている以上、この星を制圧することに意味はない、と。まったくもって正論だな」

 意外にも閣下は私の意見に頷いてくれた。もしかして案外話の分かる男なのか?

「だが、正論だけで回るほど組織は甘くない。今の話を私から戦略会議にかけてやってもいいが、どうせ却下されるのがオチだ」

 本星のエリート出身であるナバト軍団長でさえ説き伏せられないというのか。統合司令部という場所はそんなに頭が固いのか。やんわりその事を尋ねてみると、閣下は言った。

「統合司令部ではない。“あの星”が強情すぎるのだ。恋する乙女と同じだよ」

 閣下にしては随分メルヘンチックな事を言うものだ。私はなんとも気恥ずかしくなって、適当に愛想笑いをしながらアニマの接続を切った。

 しかしナバト閣下の言葉は、私のアニマに強くこびりついていた。

 「“あの星”が強情すぎるのだ」

 テラの拒絶を無視した侵攻すらも、“我らが母星”の意思だとでもいうのか?なぜ“母星”はそこまでして星々の保護にこだわるんだ。……考えてみても全く分からん。

 今日はもう休もう。上官と話しただけなのに、ここ何日かでどっと疲れたような気がする。

 稟議の根回しを終え、ようやく平穏(?)な日常へと引き戻された中隊長。

 しかしその安息も束の間、中隊は「いわくつき重要拠点」の防衛任務という最悪の貧乏くじを引かされてしまう!

 統合司令部が建造を目論む“フィメウス”の正体とは…!?

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