日記14 66日目〜68日目
【66日目】
我々は昨日、本星への反逆を決意した。
作戦はこうだ。
現在、テラによるフィメウスへの総攻撃が計画されている。ユノによると、東の大陸と西の大陸の連合艦隊が、ここゼダ・フィールドに集結しつつあるとのことだ。それに合わせ、ゲリラ的な抵抗を続けていた日本人たちも、わずかに残された戦闘艦をかき集め、連合艦隊との合流を図っているらしい。
ゼダ・フィールド本部は、これを人類による侵攻後最大の反攻作戦と分析。
すでに、我が軍の主力であったハヴァ・フィールドとサドナ・フィールドは壊滅した。他のフィールドでも、人類の核攻撃その他によって攻めあぐねている様子。直近で確実な戦果を挙げているのは、我がゼダ・フィールドのみである。
我がフィールド本部はこの機を逃さず、テラの周囲に張り巡らされた衛星軌道兵器6機を、全てゼダの管轄とするよう統合司令部に求めた。フィールド本部はこの状況を、軍内における主導権獲得の好機と捉えたのである。
また、敵の大規模上陸に備えて、地上戦力による防衛計画を策定。大陸半島部に差し向けていた6個師団の引き戻しを図る(その途上、半島南部で核が炸裂し、4個師団が消滅)。
我が中隊はゼダ・フィールドの最精鋭部隊として、引き続きフィメウス防衛を担う。それに伴い、部隊の所属は軍団直轄となった。つまり私の直属の上司が、あのナバトになったわけである。これは我々の軍隊組織としては異例中の異例である。
さてここからが本番だ。
我が中隊はこの機に乗じ、“あるプレゼンテーション”を行う。
ナバトの言う通り、我が軍をテラから撤退させるためには母星の許しがなければならない。その許しを得るためには、まず母星がテラの本心を知ること、そして母星自身がテラを諦めること。この2つの要件が必須である。つまり母星の片思いを完全に打ち砕き、その上で彼女自身がテラを嫌いになるよう仕向けるのだ。
まずユノが部隊を率いてフィメウス内部を制圧。内部人員のアニマ通信を遮断し、本部との連絡を断つ。その後、私がフィメウスとアニマリンクし、生体データをハッキング。フィメウスのシステムを乗っ取る。
ここからが肝心だ。ここでフラーが、テラのアニマと接触。フラーは軍の現状と母星からの(サイアクな)要求を伝え、テラに“あるお願い”をする。難しい役目だが、ナバトすら懐柔したフラーなら、難なくやり通せるだろう。
さて、それと同時進行で、シシンがフィメウスの通信回路を開き、その座標を我が本星へと向ける。座標固定と回路の調整にはアニマの精密な操作が求められる。完璧主義者のシシンなら安心だ。
そしてユノは、フィメウス周辺に部隊を展開し、派手に暴れ回って時間を稼ぐ。敵を迎撃するという体で、敵味方関わりなくぐちゃぐちゃにかき乱し、フィメウスへの接近を阻止する。
この計画に気づかれれば、本部は必ず我々を止めようとするだろう。今この作戦を止められたら全て水の泡になってしまう。ユノには任務完遂のため、中隊戦力の大半と、戦闘に関するあらゆる権限を与えておいた。
要するに今の彼女は、私に対していつでもクーデターを起こせる状況という訳だ。だがその心配は必要ない。なぜなら、彼女には軍内政治への興味は微塵もないからだ。
「今回はどれだけ独断行動をしてもお咎めなしだ。存分に暴れてこい。君の軍才でフィメウス防衛の任を全うせよ」
私がそう告げると、ユノはアニマを沸騰させて私に抱きついてきた。軍内恋愛に間違えられるから勘弁してほしい。
「あの…それで僕は何をすれば……」
あぁ。忘れてた。……トゥランメ、お前がいたな。
さて。このトラブルメーカーをどうしたものか…。
私は数秒の内に頭脳をフル回転させた。テラに降り立ってからというもの、こんなにアニマを悩ませたことが他にあっただろうか。
そして私のアニマは一つの妙案に辿り着いた。
「トゥランメ小隊長。君にはあえて役割を与えないこととする」
トゥランメのアニマが切れかけの電球のようにチカチカと光り出す。きっとお払い箱になったと思って焦っているに違いない。
「役割がないということは、自ら役割を作り出せるということだ。君のやる気と、仕事を見つけ出す視野の広さを活かして、他の小隊長を助けたまえ」
うん。これでいい。だってどこに配置しても不安なんだもん。
私の言葉を信頼の表れと捉えたのか、トゥランメのアニマが途端に生暖かい色に輝き出した。それはもう、引くほどのオレンジだ。ちょっと気持ちが悪いくらいだ。
「はい!遊撃は私にお任せください!」
トゥランメは張り切って答えた。素直なヤツ。
こうして全員の割り振りが終わった。
【67日目】
人類軍は大量の誘導弾とともにやってきた。
一斉在庫処分、と言わんばかりの火力投射に我が方の沿岸防衛部隊はたまらず敗走。ついに敵の上陸を許す。こちらも衛星軌道兵器で敵の艦隊を根こそぎ葬ったものの、何波にも分かれて上陸されては処理しきれない。
ゼダの東、南、そしてこのポイント・モノス正面に上陸した人類軍は、我々の陣地を次々突破。テラの意思、そして防衛側という心理も手伝って、奴らの士気は天まで昇らんばかりだ。
さて。我々も行動に移ろう。私はフィメウスに接続し、ハッキングプロセスを開始した。私が中隊長に昇進するきっかけになったのも、このハッキング技術のお陰である。
同時にフラーもテラとのリンクを開始。だがその直後、フラーが「うわあっ」と間抜けな声を出してひっくり返った。
「中隊長、テラのやつ……テンションがめちゃくちゃですよ」
フラーはテラの狂気に満ちた声を浴びて目を丸くしている。
『これはこれは、環太平洋の国々がしがらみを捨ててエイリアンに総攻撃とは。頼もしいねぇ、人類諸君。
いやぁ、ほんっとにお前らがいてよかった!ムカつきすぎて何度か滅ぼしかけた事もあったけど、踏みとどまってよかった!
さぁ張り切って殺しちまおう!あの変態の下僕に成り下がった蛆虫どもを核の炎で蹂躙するのだ!
マジすげぇよお前ら、いつも平和とか環境保護とか核なき世界とか人権擁護とか唱えてた癖に、やっぱやる時ゃやるんだな。それでこそ人類!宇宙一の荒くれ者!
ははっ、なにが「知恵の猿」だよ!お前らの本質はいつの時代も“鉄と血”だろうが!インテリヤクザがカッコつけてんじゃねぇ!
さぁぶち殺せ!お前らの真骨頂を見せる時だ!
地球舐めんな!』
……うん。なんかまぁ、テラもテラでストレス溜まってるんだな。私は大山脈でレーザーをぶっ放した時のことを思い出した。側から見れば、あの時の私も今のテラと同じように見えていたに違いない。
しかし、テラの物騒な独り言に、フラーのやつはなぜか小躍りしている。
「コイツ、地元の仲間にそっくりだ!俺、馬が合いそうです!」
“地元の仲間”というのは多分、アニマの中までギャンブルと麻薬に浸された可哀想な連中のことだろう。所謂「悪い友達」というやつだ。まあ奴のプライベートは知ったこっちゃない。そんなことにまで口を挟んだら、“何とかハラスメント”で訴えられるのがオチだ。
よし、テラのことはフラーに任せておいて大丈夫だろう。
ユノは今、敵の航空部隊を相手にしている。本来は生体兵器に接続する重レーザーを自分自身とアニマリンクさせているようだ。さすがはユノ。彼女こそ、ゼダ・フィールド最強の生体兵器。
ユノは敵の戦闘機が落ちる度に歓声を上げている。まるでゲームでも楽しんでいるようだ。
シシンは相変わらず黙々と作業に耽っている。その周りをトゥランメのやつが心配そうにうろついている。年下のシシンが心配なのは分かるけど、頼むから何もしないでくれよ。俺からすればお前の方が心配なんだから!
【68日目】
1日が経ち、それでも戦闘は終わらない。
そこへナバトかはテレパシーが来た。まさかバレたか…?
『たった今、フィメウスの防衛機能が一時停止したようだが、何かあったのか?』
おそらくシシンが座標操作の過程で防衛システムのスイッチを切ってしまったのだろう。
「敵の攻撃がフィメウスに直撃したようです。なに、問題はありません。既に復旧シークエンスが進行中です」
『それならいい。我が軍は現在、重大局面を迎えている。予想以上に敵の進行が速い。施設を復旧次第、上空の敵はフィメウスに任せ、貴様らは前線へ進出するように」
我々が最前線に駆り出されるということは、よほどの劣勢と見た。そろそろ頃合いか。
私はプレゼンテーションを実行すべく、小隊長たちの様子を見に行くことにした。
……遠くからフラーの笑い声が聞こえてくる。なんだか嫌な予感がする。
「中隊長、コイツマジでサイコーっす!いやぁ盛り上がっちゃって」
サイコーっす、じゃなくて、交渉はどうなったんだよ。
「あぁすんません。オールで駄弁ってたもんで、ついうっかり忘れてました」
この土壇場をついうっかりで流されては困る。フラーにはしっかり念を押して、改めて交渉を任せた。テラに協力を仰ぐには、もうコイツしかいないんだ。
ちょっと待て?……そういえばユノのやつがいない!
やけに外が静かだと思ったら…。
アイツ、本部からの指令が来る前に最前線に行きやがったな!好きにしろとは言ったが、フィメウスを離れろとまでは言ってないぞ!
シシンはというと、「座標固定と回路の方は終わったのですが、パワーの出力を調節するのにもう少しかかりそうです」とかなんとかグダグダ言ってやがる。
出力の調節なんてものは数値を設定してゴーサインを出すだけで良いんだから時間はかからないだろ!一体何に手間取ってるんだ。
これじゃあいつまで経っても本星へメッセージを送れないじゃないか!
我々は本星へ向けてテラの声を直接届けようとしている。テラは核兵器を愛している。いや、おそらくは核を打ち込む人類そのものに歪んだ愛着を持っている。それは先ほどのテラの声に加え、自分の体を汚染させてまで執拗に核攻撃を企てたことからも明らかだ。おそらくその点で、核嫌いの本星とは決定的に馬が合わないはず。
テラには、天体間アニマ通信を司るフィメウスを通して、本星を盛大に“振って”もらう。それこそ本星がドン引きするような振り文句が相応しい。だからこそあの4人に協力を仰いだというのに……。
なのに、どいつもこいつも自分の世界に入りやがって!俺だってそうしたいよ!でもできない。中間管理職だから。くそ、何がプレイングマネージャーだ!俺のアニマは1つしかないんだぞ!2人分の仕事を押し付けやがって本部のアホどもめ!
そしてトゥランメ!お前はそんなところで何をしてるんだ!
「シシンを手伝っています」だと?シシンは手が遅いだけで、しっかり着実にやってくれてるんだよ。いいから大人しくしててくれ。
興奮した私がアニマを明滅させていると、トゥランメは私に急かされていると勘違いしたのか、慌てて自分のアニマを操作し始めた。
違う、ちがう、そうじゃない!
「あ……」
シシンが小さく呟く。なんだその「あ……」って。明らかに良くない時の「あ」だろ。
「すみません中隊長……。まだ数値の調節が終わっていなかったのですが……その……今しがたトゥランメ小隊長がメッセージを送信してしまいました」
え?送信って誰に?……あぁ当然母星だよな。座標が固定されてんだからそりゃそうか。ってか、数値の調整が終わっていないのに送信を?一体出力何%で送ったんだ?
トゥランメは「やってしまった…」という顔で青ざめている。青ざめたいのはこっちだよ。
「それが…その……中隊長は30%で指示を出されていましたよね?」
シシンが恐る恐る私に尋ねる。
確かに私は30%と指示をした。あまりに出力が高すぎると、逆に本星を刺激してしまう恐れがあったからだ。30で効かなければ50、それでもダメなら70と、徐々に引き上げていくつもりだった。
「ぼ、僕が設定したのは…」
トゥランメがボソボソと口を開く。嫌な予感がする。
「3000%です」
一気に血の気が引く。私のアニマは老け込んだように蒼白になった。
「さ、さんぜん???」
思わず素っ頓狂な声が出る。トゥランメを見ると、手をモジモジさせながら俯いている。
……やってくれたな。
よりにもよって桁を2つも間違えるやつがあるか!お前3日目にも同じミスしてただろ!
あーダメだ手が出そう。
その時、フラーからテレパシーが入った。
『すんませーん。あ、中隊長?まだ通信って送ってないですよね?』
送ったよ、今さっきこのマヌケがな。でも続きを聞きたいから早く言ってくれ。さっきから冷や汗が止まらないんだ。
『あの、“テラっち”なんすけど、俺が本星のこと話し出したらまたムカついてきちゃったみたいで。それがもう切れたボス猿にしか見えないくらいのキレ様で、手がつけられないんですよ。たしか出力って30パーでしたよね?このままだと威力が高すぎる気がするんで、15パーまで落としてもらった方がいいかもです。じゃ』
終わった。
もうちょっとやそっとなだめたぐらいではどうにもならないだろう。何せ、当初の100倍の威力で放たれてしまったのだ。こんなものを浴びてしまったら本当に本星がバラバラに砕けてしまうのではないか?俺たちは一体どこへ帰ればいいんだ?あれだけ恨んでいたはずの本星をただひたすらに心配してしまっている自分がいることに驚いた。
フィメウスから放たれたテラのエネルギーは、恨みのこもった黒褐色をしていた。その憎悪の打ち上げ花火は3000%の出力に乗って天高く突き抜け、我らが本星へと向かい始める。
テラの大気圏を突き破り、アステロイドベルトを抜け、太陽系を超えて、遥か銀河系の端から端へ。見ようによっては、天の川を横断するロマンチックな箒星にも見えるだろう。しかしこれはそんな美しいものではない。
そこには、人類の憧れた織姫と彦星などという神話は存在しない。ここにいるのは慢心と自己愛に満ちたストーカーと、そのストーカーに言い寄られ、文字通り身を滅ぼしかけた哀れなチンピラだけである。そのチンピラの声が圧倒的な拒絶を孕みつつ銀河を滑っていく。
やがてドスの効いた流れ星が本星の姿を捉えた。彼女は途方もなくワクワクしていたに違いない。何せ、好きな男からの初メッセージだ。しかも、向こうから送ってきてくれるとは。
しかしその乙女の純粋無垢なトキメキは次の瞬間、核の炎よりも非人道的な熱量で焼き焦がされた——。
【次回】
テラの愛憎メッセージが母星を直撃した時、テラ侵攻作戦はついに決着の時を迎える。
コンプライアンスを完全に放棄した中隊長と、4人の凸凹小隊長たちの行く末は。
今、わずか70日間の物語が幕を閉じる。




