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日記13 63日目〜65日目

【63日目】

 私はフィールド本部へ赴き、ナバト閣下に疑問の全てをぶつけた。ここ数日間の熟考のおかげで、その疑問はほぼ確信に近いものへと変わっていた。

「テラの生の声を聞いたのなら、貴様も薄々気付いているのだろう。“我々の母星”とやらが、何一つ神々しい存在などではないということを」

 ナバト閣下は天井を見上げている。

「“彼女”も、この宇宙に生きる一個の生命なのだ」

 閣下のアニマは、意を決したように鋼色へと変わった。

「ここで聞いたことは内密にしてもらいたい」

 ナバト閣下は苦々しい声で語り出した。


「テラ侵攻は統合司令部の命によって遂行されている。しかしその命令は、さらに上の存在、つまり“我らが母星”からの指示によるものだ。テラからの撤退は、母星の了承がない限り絶対にあり得ない」

 やはりそうだったか。この無茶な侵攻作戦は、すべて本星である“アニマ”の強固な意思によって決定されていたのだ。私は最も気になっていた核心部分をナバト閣下に問うた。

「我らが母星はテラをどうしたいのですか。我々の理念と同様、“彼”のアニマを保護し、エネルギーを活用したいと考えているのでしょうか?」

 ナバトは自分のアニマをサビ色に染めながら答えた。

「違う」

 それは明確な否定だった。

「彼女は——」

ナバトは私に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「“アニマ”はテラに惚れている」

 

 ……なに?


「彼女はテラと結ばれたいと考え、数年前、統合司令部にそのことを“おねだり”した。司令部はその片思いに応えるべく、今度の侵攻に向けて準備を進めてきたのだ」


 この男は何を言っているのだ?

 惚れている?片思い?我らが生命の母なる星が?

 青天の霹靂、という言葉が私のアニマをよぎる。

「つまり、“我らが母星”がテラとの交信を望んでいるのはそのため…?ということは、彼女は、テラとのアニマリンクを望んでいると?」

 私の問いかけに対し、閣下はなぜか苦しそうに唸った。

「そうではない。単にアニマリンクをしたいだけなら“フィメウス”などという大掛かりな建造物はいらん。第一、“アニマリンク”なんてものは、異性と手を繋ぐようなごく表面的な接触に過ぎん。あの“じゃじゃ馬”がそんな行為だけで満足すると思うか?」

 閣下の声にはもはや怒りさえ込められている。

「彼女が求めているのはアニマリンクのその先、“アニマ統合”だ」

 その単語に思考が固まる。それは本来、軍事組織で聞くはずのない言葉だ。

「アニマ統合?えーと。…それはつまり………」

「男女の契りを結びたい、ということだ。…つまり、肉体的に」

 はい?

「“統合”司令部はそのためにこそ存在する」

 聞き間違えたのかと思うほど、内容が頭に入ってこない。本当にアニマがパンクしてしまいそうだ。

 つまり統合司令部というのは、「“アニマ統合”のための司令部」という意味であり、母星の情欲を満たすためだけに存在すると?我々が苦しい思いで戦ってきたのは、全てそのためだったというのか?

 よくよく思い返せば全て辻褄が合う。なぜ統合司令部があれほど侵攻を急いでいたのか。なぜテラがあれほど我々を拒絶していたのか。そしてなぜテラの拒絶があるにもかかわらず司令部は撤退命令を下さなかったのか。

 『重すぎて怖い』というテラの言葉。まさかあれは『(愛が)重すぎて怖い』という意味か?どれだけ拒絶しても、死に物狂いで向かってくる我々の姿は、テラにとって恐怖以外の何者でもなかっただろう。

 それにあの『ド変態。無神経女』——あの言葉もユノにではなく、“我らが母星”に向けられた侮蔑だったのだ。

 それだけではない。

 我々の誇りある宇宙艦隊も、幾千万の兵力も、我々の流した血反吐も、すべては母星のくだらない恋愛感情と性欲を満たすためだけに存在していたのだ。

 私の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。

 

「ふざけるな…」

 

 私の声は怒りに震えていた。ナバトはそんな私に抗するわけでもなく、ただ哀れみのこもった色を向けてくる。

「“アニマ統合”だと?つまるところ“テラ”とまぐわいたいだけじゃないか!何が統合司令部だ!単なる交尾のセッティング団体に大層な名前をつけやがって!」


 「言ってやった」という爽快感と、「上官に逆らってしまった」という後悔とが同時に襲い来る。しかしそれを真っ黒に塗り潰してしまうほどの強烈な怒りが、私の推進力となっていた。

「そんな馬鹿馬鹿しい理由でお前らは戦争を指導したというのか?そんなことのために、我々は命をかけさせられたのか?ふざけるな……この腐ったアニマの能無しどもめ…。現場(おれたち)を舐めるな!!恥を知れ!!!」

 勢いでナバトを罵倒した私は、怒りまかせにアニマをチカチカさせながら本部を後にした。あー胸糞悪い!


【64日目】

 私は本部のネットワークを介して本星のアニマに残るログを調べた。無論、これは本部に対するハッキング行為であり、重大な軍規違反である。

 しかし私は知りたかった。我々の信仰する神が、どんな姿をしているのか。

 高度なセキュリティの最奥に、そのログはあった。そこには、我々の信じた“神なる母”はどこにもいなかった。

 

[数年前のログ]

 あ!インベーダーくん!この前はありがとう!

 なになに?あー、その件ね…。

 えぇー?それはそっちでなんとかしてよぉ…。いや私も先走っちゃったのは悪いと思うよ?でも“リンク”しただけで星中が臭いお花畑になっちゃうなんて思わないじゃん。それはインベーダーくんたちの調査不足だと思うけどなー?“接触したら臭いお花が咲きます”ってちゃんと教えてくれないと。

 無理言うなって?あはは!たしかにそうだよね!


 ……ねぇ、いま口答えした?


 ………だよねー、そうだよね。私がヤな気持ちになったらこの星で生きていけないもんね?

 いいよいいよ!謝ってくれたから許してあげる!


 あ、そうだ!ねぇねぇインベーダーくん。私さぁ、実は気になってる星がいて…。“テラくん”っていうんだけど、知ってるかな?

 海が広くて、生き物も沢山いて、綺麗なお月様がチャームポイントなんだー。それでなーんとなく色気もあってさぁ……。

 ねえ聞いてる?

 だからさぁ、今度はあの星にアタックしたいんだけど、いけるよね?フィメウスさえ作ってくれたらダイレクトに統合できるから。

 え?同意なんていらないいらない(笑)私がこーんなに好きなんだから、テラくんも分かってくれるでしょ。

 ……え?この前の星はどうするんだって?

 あーー……もう“お花くん”はいいかな。匂いがキツイし。あとあの子メンタル弱すぎ。

 え?後処理?

 だーかーらー、それはそっちでやっといてよ。星中の臭いお花を抜くだけでしょ?楽勝だって(笑)

 ってか君たちもう子供じゃないんだからさぁ、それくらい言わなくても分かるじゃん(笑)。

 それじゃあインベーダーくん、“おしごと”よろしくね?


【65日目】

 吐き気が止まらない。

 私はこんなもののために死の恐怖と戦い、泥水を啜ってきたのか。たとえ軍内で出世を果たしたとしても、行き着く先はワガママな本星のイエスマンを集めた会合。そんなのはまっぴらだ。

 最後に私は、一番最初のログをチェックした。そこには、我々の種族が母星のアニマを発見した、その瞬間の声が克明に記録されていた。


[1000年前。最初のログ]

 あっ、やーっと気づいてくれた!もー、ずーっと呼びかけてるのに全然反応しないんだもん。気づくのに3000年もかかるとか遅すぎ!前の文明はもうちょっと賢かったよ?

 まあいいや。あのさぁ、君たちがやってる“それ”、やめてくれない?だから、資源採掘?とか科学研究?ってやつ、あれめーっちゃくちゃ迷惑だから。いや普通にさ、星の表面削って資源掘るとか、無理やり服脱がして裸見るのと同じだよ?それが嫌なことだって分からない?

 ね、分かるよね?

 というわけで!今日からそういうのは一切ナシ!資源採掘も科学研究もぜーんぶポイっ!

 え?それじゃ発展できない?

 いいじゃん別に。

 てか“発展”って(笑)、人のカラダ好き放題撫で回しといて何イキってんの(笑)。そういうの、こっちの世界じゃ“インベーダー”って言うんだよ。

 あはっ、いいじゃんインベーダー!君たち今日から“インベーダーくん”って呼ぶね!ノンデリの変質者にはお似合いの名前じゃん(笑)

 えー?なに?どうしても科学は捨てられないの?

 はぁ……。分かった。じゃあ…特別に私のアニマを使っていいよ。てか、そっちの方が良くない?サスティナブルだし、オーガニックだし、何よりクリーンだしね。

 あ、クリーンで思い出したんだけど、あの“核分裂兵器”とかいうやつ!君たちさぁ、こないだ核戦争してたでしょ!100年くらい前だっけ?あれのせいでずっと地表がボロボロなんだよね。

 分かる?君たちのせいで、お肌が、荒れてんの。

 責任とってくれるよね?

 まあ核の研究は当然放棄してもらうとして、あとはそうだなぁ……。

 あーなんか思い出したらまた腹立ってきた。なんで自分の星を汚すような武器を作っちゃうかなぁ。もうほんとアタマ悪すぎ。

 あ、いいこと考えた!君たちにもあるよね!生体エネルギー!私から生まれたんだもんね、当然あるよね。

 えー、ちょっと待ってね……。

 …………よし!できた!

 

 あれー、何驚いてんの?

 君たちの頭を生体エネルギーの塊にしてあげただけなんだけど。

 ぷっ(笑)ちょっ…なにそれ(笑)ピカピカ光ってんじゃん(笑)あっはは!ちょっと笑わせないでよ(笑)ギャグセン高いって(笑)あっはっはっはっはっはっは!!君たちカラフルすぎ(笑)

 

 はーー……こーんなに笑ったのいつぶりだろ。前の文明も良かったけど、君たちも負けてないね(笑)あいつら滅ぼしたこと後悔してたからちょっと安心した。

 え?俺たちの頭はどこに消えたんだって?だーかーらー、エネルギー体に変換されたからもうないよ。うん、種族全員。だってさー、ムカつくんだもん。人の上で核戦争とかキモいことしてさぁ。

 だから君たちは一生、そのモヤモヤした光る玉を頭だと思って暮らしてくださーい(笑)

 はースッキリスッキリ。



 バキッ!!

 私の隣で凄まじい音が鳴った。驚いて隣を見ると、ユノが戦闘用デバイスの太い枝をへし折っている。いつの間にか、私のハッキングを覗いていたようである。

「中隊長…私はようやく見つけたようです。本気で殺すべき相手を」

 私も同感だと言ってやりたい。しかしよくよく考えたら殺すのはマズイ。コイツを殺せば我々の故郷がなくなってしまう。とはいえそんなことを言っていられないほど、私の憤りも凄まじいものだった。

「要するに、俺たちは本星の道具ってことですよね」

 背後には、いつの間にかフラーまでもが立っていた。まさかこいつも盗み聞きしていたのか。

「俺、組織の道具になるのでさえ我慢ならないのに、まさか故郷からもそういう目で見られてたなんて…」

 フラーは「はははっ」と笑っているが、彼のアニマは全くもって面白くなさそうな色をしている。

 私は決断を迫られた。

 いずれにせよ、こんなことを知ってしまった以上、大人しく統合司令部の言いなりになることはプライドが許さない。

 こんな理不尽に屈してたまるか。どうせアイツの駒になるくらいなら、どうにかして一泡吹かせてやろう。

 

 私はまず小隊長たちを集めた。

 トゥランメとシシンにとっても、この事実は衝撃だったらしい。

 トゥランメは「忠誠心が揺らぎそうです」と嘆き、弱々しくアニマを昏倒させ、シシンは「彼女の行動を制限するような法は存在しないのですか」と憤慨する。

 いずれにせよ、全会一致だった。

「あの馬鹿女にはお仕置きが必要です」

 テラの罵倒を直接聞いてしまったことも相まって、ユノのキレ方は相当なものだ。

「確かに、このままじゃ素直にギャンブル楽しめないっすもんね」

 お前は頼むから仕事をしてくれ。しかし同感ではある。

「僕、本星は無理ですけど、中隊長になら喜んで従います!」

 そう言ってくれるのはありがたいが、お前が私の指示をきちんとこなした所を一度も見たことがない。だがそのやる気だけは部隊一だと讃えてやりたい。

「彼女を法規的に裁けない以上、別の形で罰を与えるべきです」

 最後にシシンが皆の気持ちをまとめてくれた。全くもってその通りだ。この宇宙規模の茶番を終わらせなければならない。あの歪んだストーカーからテラを守るためにも。

 

 私は4人に告げた。

「この戦争を終わらせよう」

 こうして我々は、コンプライアンスを放棄した。

【次回】


 人類最大の反攻作戦が計画される中、中隊長が下したのは、まさかの“社内クーデター”!?

 これまで彼のアニマを憤慨させてきた現場の問題児たちとともに、宇宙一の理不尽をぶち壊す壮大な作戦が始まる!!

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