日記12 58日目〜60日目
【58日目】
あれから、フィメウスはみるみる生長している。まだ小さいが、いくつか蕾もつき始めた。私が肥料の効果に感心していると、テラの中を覗いていたユノが突如悲鳴を上げた。
心配した私が駆け寄ると、彼女はアニマを真っ青にして尻餅をついている。
「今、テラの声が流れてきたんです…。それが……」
テラは何と言ってきたのか。ユノに問うてみるが、返事はない。
「ここで言わないとダメですか…?」
軍規違反も独断行動も厭わないあのユノが、なぜかしきりに周りを気にして、テラのことばを口に出すことを渋っている。
私はユノを別の場所へ連れて行き、事情を話してもらった。
『しつこいんだよ、このド変態!無神経女!』
なんでも、テラはそんな風に怒ってきたらしい。なんとも粗野な口調である。
確かにユノは戦争をこよなく愛する変態だが、決して無神経ではない。テラとアニマリンクしているのも下劣な興味からではなく、極めて戦術的な判断から来るものだ……と信じたい。
私の予想通り、テラの心は荒みきっている。我々の侵略、軌道兵器、フィメウス、そして人類の放った放射能によって。
言葉づかいだけを見ても、生命を司る惑星のそれとは思えないほど乱暴だ。これでは荒ぶる神に等しい。
我々は今、大きな矛盾を抱えている。テラを救うために人類と戦い、その戦いによってテラ自身を傷つけている。人類がテラの免疫システムとして機能している以上、この負の連鎖は止まらないだろう。
とはいえ渾身の稟議が打ち砕かれてしまった以上、もはやどうすることもできまい。
今私がやるべきことは、テラに罵倒されたユノのメンタルケアだけだ。戦闘には滅法強い彼女も、案外打たれ弱いということが分かった。
場合によっては軍医によるカウンセリングも必要かもしれない。その場合、医者にはなんと説明する?「彼女はテラに変態呼ばわりされて、精神的ショックを受けたんです」。
……「馬鹿にするな」の一言で終いだな。
【59日目】
大気圏を貫く尖塔に、重レーザーの花々が咲き乱れた。フィメウスはその解放感を誇示するかのように、次々に敵の弾道弾を撃ち落とす。ステルス機も、敵地上部隊もお構いなしだ。
フィメウスの完成によって人類側は打つ手を失い、核攻撃は散発的となった。しかしまだ油断はできない。人類にはまだ、我々を上回る圧倒的な兵力が残っている。例え核を失っても、人海戦術で攻撃されたらなす術もないだろう。
いや。今は考えるのを止そう。
衛星軌道兵器とゼダ方面軍の支援、そしてフィメウスの自己防衛システムにも助けられ、我が中隊は、あの嵐のような核攻撃をしのぎ、このフィメウスを死守したのである。それはハヴァにも、サドナにもできなかった偉業だ。このゼダ・フィールドが、ついにフィメウス建造を成し遂げたのだ。ここは軍人として素直に喜ぶべきだろう。
安堵からか、私のアニマはクリーム色に染まっている。そんな私に、本部からのテレパシーが送られてきた。
『フィメウスはこれより最終調整に入る。“我らが母星”の意思がテラに届くようになるまで、貴隊は引き続き当地点を防衛すべし』
母星の意思をテラに届ける…?
待てよ。ひょっとして“母星”は、フィメウスを通じて何か重要なメッセージをテラに届けようとしているのか?
たしかにこの人類の狂気を見れば、“母星”が嘆き悲しむのも分かる。生態系を傷つけられたテラは、人類の哀れな被害者だ。一刻も早く、テラを蝕む“インベーダー”どもから“彼”を保護しなくてはならない。
人類を駆逐し、テラを救うこと。それこそがこの星の“保護と救済”になるはずだ。
だが、そのテラ自身が我々を拒絶しているとなれば話はややこしくなる。まさか、“我らが母星”は御自らテラを説得されるおつもりなのか?
それはまるで、治療を嫌がる子供を母親が優しく説き伏せるような。
あるいは1000年前、初めて“彼女”の意思が我々の先祖の前に現れ、慈愛に満ちた声で語りかけられた時のような。
我々の種族が彼女の声を畏敬し、愚かな生産消費文明を捨て去ったように、テラもまた、人類という毒の鎧を脱ぎ捨ててくれるだろうか。
その時、私のアニマに、ナバト閣下の言葉がよぎった。
「統合司令部ではない。“あの星”が強情すぎるのだ。恋する乙女と同じだよ」
強情…。救済を完遂するため、強引な侵攻作戦で星々にフィメウスの根を張る“我らが母星”は、見方によっては強情といえるかもしれない。
だが、本当にそれだけか?
ひょっとすると、私は何か、とんでもない思い違いをしているのではないか…?
【60日目】
“アニマ”とは本来、我々の母星につけられた固有名詞だった。アニマの存在をまだ知らなかった我々の先祖が、“生命の宿る大地”という意味で自らの母星をそう呼んだのだ。やがて、その惑星に魂らしきものがあると分かると、そこに流れる意思や生体エネルギーのことも、まとめて“アニマ”と呼ぶようになった。つまりアニマとは、我々に流れる母星由来のエネルギーであると同時に、母星そのものの名称なのである。
これまで我々は本星を“生命の母”とみなし、同じく生命を宿す星々を、アニマの保護と活用という名の下に巡ってきた。それが、“我らが母星”の崇高な意思であると信じて。
だが、テラから突きつけられた“声”は、我々が星々に対してイメージするような、崇高な言動からはかけ離れていた。
『怖い。重すぎて怖い!』
『しつこいんだよ、このド変態!無神経女!』
もしこれがテラの“意思”と呼べるものなのだとすれば、我々の信じてきたアニマとは、もっと低俗で、もっと対等な次元のものなのではないだろうか。我々が星の意思を勝手に崇高なものとみなし、神のように敬っている裏側で、実のところ母星も、テラも、我々と同じように考え、欲し、自分のアニマを赤や青に明滅させているのかもしれない。
いけない。いやに哲学的な思考になってしまった。今日のアニマはなんだか木目調に見える。まるで書斎に並ぶ本棚だ。
【次回】
星々の救済、保護、活用。それら理念が破壊された時、この宇宙戦争は根底から崩れ去る。
その時、中隊長の下した決断とは…!




