日記15 70日目
【70日目】
我々は現在、撤退戦の最中にある。
我が中隊はフィールドの精鋭として殿を務め、人類軍との激しい遅滞戦闘を続けている。
相変わらずシシンは遅れ気味だし、フラーは一目散に逃げようとしている。ユノは敵中に孤立してでも敵を倒そうと、命令無視の奮戦を続けている。トゥランメは“あの功績”でますます意欲に満ち、今や撤退戦の先頭を駆けている。
トゥランメよ。そんなにやる気があるなら“一番後ろ”についてくれ。お前が今いるのは最前線じゃない!実質的には“最後尾”だ!
我々が送ったテラの意思は、完璧なコースで我らが本星に命中した。以下はその全文である。
『お前いい加減にしろよマジでこのストーカー女!こっちはクソみたいな人類に囲まれながら、それなりによろしくやってたんだ!それをアニマ統合だか何だか知らねぇが、勝手に俺の体を踏みにじりやがって!しかもフィメウスってなんだよ!俺の体に気持ち悪いもん植えつけてんじゃねぇ!
見ろよこれ!お前のせいで俺の体がボロボロじゃねぇか!どう落とし前つけてくれんだ!
しかも多分これまた後からゴタゴタするだろうしさー!お前人類の面倒くささ舐めてんだろ?こいつら絶対団結なんてしねぇから!お前らが帰った後もその後始末でぜーったい揉めるから!
見ろよアメリカと中国なんて、国中放射能まみれでオワコン確定だぜ?ロシアはどさくさに紛れて東欧に進駐し始めるし、イスラエルも異星人ごと隣国を蹂躙してやがる。
死に体の日本もさぁ、可哀想にアメリカが助けてくれないからって中国に擦り寄ってよぉ。韓国と北朝鮮は勝手に内輪でおっ始めるし…。
要するにお前のせいで国際政治がめちゃくちゃなんだよ!ただでさえ壊れかかってたのに!
お前はいいよ!インベーダーが従順なんだから!
こちとら人類が火の点け方を見つけてからというもの、言葉の通じない0歳児を何万年も世話してる気分なんだよ!
俺とヤリたいってんならお前が人類の世話しろよ!それが嫌なら、お前の薄汚ねぇ召使いどもをさっさと星に帰しやがれ!
あーマジでムカつくわ。俺の可愛い人類をめちゃくちゃに殺しやがって!これ以上やるってんなら、人類文明を飛び級で進歩させてお前の鼻面に直接核をぶち込んでやるからな!!覚えとけよこのメンヘラプラネットが!死ね!!!』
“プレゼンテーション”終了後、我が本星は気を失ったように機能を停止させた。その影響は凄まじく、テラにいた我々もアニマ障害を起こし、強烈な目眩と吐き気に襲われたほどだ。しかも衛星軌道兵器はアニマがショートして3機が勝手に自爆。2機が墜落。残る1機も完全に沈黙し、宇宙ゴミと化した。生体兵器たちは逃げ惑うように海へ飛び込み、兵士の中には発狂する者さえ出た。
次に本星が目覚めると、すぐさま統合司令部から以下の命令がテラ侵攻軍に伝達された。
『全軍、すみやかにテラから撤退すべし』
それは我が軍の敗北を決定づけるものであった。
しかし我が中隊にとっては明確な勝利である。
殿を終えた我々に通達されたのは、本星が“お花くん”と呼んでいた惑星への異動だった。星中が臭い花々に覆われてしまい、精神的に病んでしまった“元カレ”の上で、我々はただただ生態系を蝕む“病んだ花”を抜くことになる。そこでは罪人や軍規違反者たちが日夜働いているとか。我々もその仲間入りという訳だ。
フィメウスの無断使用と数々の軍規違反を咎められ、我が中隊はあえなく解散。責任は私と4人の小隊長にあるとされ、我々5人だけが、“お花くん”の元へ赴くこととなった。
完璧な左遷。我々はとうとう、血湧き肉躍るゼダの精鋭からのんびり気ままな窓際族へと出世したのである。
しかし、これでも十分寛大な処置といえよう。本来なら、数々の違反を犯した我々は軍法会議にかけられ、処刑されてもおかしくはなかった。あのナバト閣下が我々を庇ってくださらなければ、私はこの日記を終えることなく死んでいただろう。
閣下もあれで、懐の深いお方なのだな。私がそう感心していると、隣に座っていたフラーが笑い出した。
「中隊長はピュアですね。ナバト閣下は借りを返してくれたんですよ」
んん?借りとは何のことだ?
「俺この前、閣下のことをギャンブルで大勝ちさせてあげたんで。その借りです」
なに?ギャンブルだと?
「俺仕事はできないけど、そっちの目利きだけは上手いっていうか。まあ隠れた才能ですね」
フラーはアニマをニヤリと光らせた。
しかしまさか、フラーのギャンブル相手がナバトだったとは。それもそれで衝撃的だが、軍の幹部がそれほど熱中するほどのギャンブルとは一体…。
「“ナジャンダ”ですよ」
ナジャンダ?どこかで聞き覚えのある単語だ。
「まあ簡単にいうと、“スポーツ賭博”ってやつです」
思い出した。ナジャンダは確か、閣下の故郷のスポーツだったはず。そういえば閣下の息子が代表選手を務めていたような…。
「スポーツ賭博は時間を選べません。毎回試合時間が決まってますからね。それにナジャンダはライブベッドが基本です。試合展開も早いし。だから仕事中だろうが戦闘中だろうがお構いなしにやってました」
そういうことだったのか。こいつがマイナーなスポーツを知っていた理由も腑に落ちた。おそらく賭博の世界では有名な競技なのだろう。そして、息子を褒めたことで閣下に気に入られたフラーは、その閣下を賭博仲間として取り込み、さらには大勝ちさせて貸しまで作ってしまった。何という接待スキル。しかし見習いたくはない。
だが、我々が許された理由は決してそれだけではあるまい。我々は軍規違反を犯したとはいえ、ゼダ・フィールドで戦果を上げた勲章ものの英雄だ。その英雄を処刑すれば、軍内からの一定の反発は免れない。そしてもう一つ。
我々は、上層部が心中苦々しく思っていたであろう本星の理不尽に対して、微力ながらも一矢報いた。この処遇は、そのささやかな抵抗に対する、ささやかな礼というわけだ。
あれだけの“口撃”を受け、さらには気絶までしたのだ。これで我らが本星も少しは頭を冷やすだろう。もう恋愛ごっこは懲り懲りだと諦めてくれるかもしれない。そうなれば、統合司令部もなくなってスッキリする。戦いの日々もいつしか終わりを迎えるだろう。そんな世界になったらどれほど——。
すまない。日記の途中だが、統合司令部から緊急入電だ。
『テラ侵攻軍各隊に通達。過日、統合司令部は新たな侵攻計画を策定した。攻略目標:キンゼル星系第5惑星“キュゼリュート”。艦隊は直ちに当星系へ向け、転進されたし。なお、既に本星からの先遣隊がキュゼリュートへの威力偵察を実行。赤道の大陸に新たなフィールドを設営した。各隊は速やかに作戦行動に移るとともに、司令部の計画に従い、フィメウス建造を急ぐべし』
ダメだ。あの女全く反省していない。この立ち直りの早さには感心すら覚える。どうせテラに振られて落ち込んでいるところをチャラい星に慰められでもしたのだろう。よくあるパターンだ。荒々しい男の次は、キザで柔和なイケメンか。“キュゼリュート”などという軽薄な名前からして、きっと薄っぺらい奴なのだろう。
こうしてまた哀れな惑星がこの宇宙に誕生したというわけだ。我が軍には心の底から同情する。
まぁ、左遷される我々には関係ないがな。
一個の恒星が、やがて超新星爆発で劇的に命を終えるように、宇宙規模の巨大な失恋もまた、新たな恋という途方もない爆発力によって終わりを迎えた。全宇宙に性愛と情欲をばら撒く大仕事は、これからも我が種族の崇高な使命であり続けるのだろう。
こうして、“インベーダーのおしごと”はどこまでも続いていくのだ。
呆れ返る私の隣で、フラーはお構いなしに喋り続けている。
「ユノから聞きました。実はテラにもあるらしいですよ。ヤキュウ賭博とかサッカー賭博とか。どれだけ文明が進歩しても、知的生命体は賭け事をやめられない。これって宇宙の真理だと思いません?」
フラーは呑気に笑っている。自分のアニマを春の草原のように温かな色に染めて。
「真理だな」
私も笑った。
母船はとうとう大気圏を抜け、宇宙空間へ出ようとしている。私はほんのわずかなGに耐えながら、花の星での日々に思いを馳せた。
ユノは優秀だが好戦的な性格だ。きっとどこかからレーザーを拝借して、無断で花畑に放火し、我々の肝を冷やすだろう。共に働く罪人や軍規違反の兵たちと喧嘩を起こすかもしれない。
フラーはムードメーカーでどこまでも明るいお調子者。しかしギャンブル中毒のサボり魔でもある。アイツはきっと、仕事中だというのに大きな花びらの影でこそこそ仲間をかき集めて良からぬことに興じるだろう。もしかすると花の星のアニマと接触して、そのどこまでも冗談めいた言動で星の心を癒してやるかもしれない。
トゥランメは他の誰よりもやる気に満ち、いつも誰かの力になろうとする愛すべき馬鹿だ。やつならきっと、「ここの花を30本抜け」と言われて当然のように300本抜いてしまうだろうし、健康な花まで刈り取ってしまって大目玉を喰らうに違いない。そのとばっちりを受けるのはもちろん私だ。
シシンはいつでも冷静沈着。四角四面の完璧主義者だ。やつはどの角度で花を切断すれば効率的かを考えて、きっとそれだけで1日を終えてしまうだろう。しかし一度軌道に乗れば、アイツは終業時間も忘れて黙々と作業を続けてしまう。 その時は、私が声をかけてやらねばな。
ふと、窓の外に映るテラが目に入った。色とりどりの大地と広大な海を湛えた球体。青いアニマにも見えるその豊かな惑星が、あの柄の悪さとは似ても似つかぬほどに美しいことを、私はその時初めて知った。
その丸い大地に生きる人類は、まだ進化の途上をひた走る毛のない猿の集まりだ。文明レベルから見ても、奴らがテラの声に気づくには、もうあと千年は必要になるだろう。ひょっとすると、千年後には核戦争で滅びているかもしれない。人類とはそれほどに脆く、危うい種族だ。
しかしそれでも、私は彼らが羨ましい。
しがらみに揉まれ、理不尽に晒され、人類社会のどこかでも、今まさに私と同じように苦しんでいる者がいるかもしれない。それでも奴らはテラという恵まれた環境に身を置く自由な生命体なのだ。
あの星は人類を支配することもなく、ただひたすらに悪態をつきながら彼らの繁栄を見守り続けるのだろう。人類が老いて滅びるその日まで。
だからせいぜい、私も臭い星で骨を折るとしよう。部隊は解散し、出世レースからは完全に外れたが、今でも私は奴らの“中隊長”だ。当事者から見れば大きな悲劇となりうる立場でも、宇宙規模で見れば滑稽なほど喜劇的に違いない。
何が正解で何が不正解か分からないこの世界で、我々は悲劇的なコメディを日々積み重ね、人生というちっぽけな物語を紡いでいく。遥か大宇宙に生きる、名もなき主人公の1人として。
だから肩の力を抜いて、ほどほどにやろうじゃないか。
…なぁ?青いアニマの猿どもよ。
完
【ご挨拶】
『インベーダーのおしごと』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
人類がどれだけ進歩しても、中身のメンタリティだけはきっとそう変わりません。
おそらく1000年後の社畜たちも、今の我々と同じように日々頭を抱えることでしょう。たとえ宇宙規模の壮大な理不尽に巻き込まれたとしても、私たちにできるのは「ほどほどに生きる」ことだけです。
明日からも、“我らがテラ”のお肌の上で、どうか良き喜劇をお過ごしください。
【作者より、青いアニマの皆々様へ】




