四十話(後編)
「ア、アンジェリナ様!?」
何十分も、たっぷりと時間をかけて歩いたというのに誰にも会わないまま前室に来た。
扉の前にいた鈍色の全身甲冑の兵士たちがたじろいでいる。
「……開けて……」
「お一人で来られたのですか?」
「……開けなさい……」
「いや、しかし……」
甲冑たちが顔を見合わせている。
目なんて見えないのに、不思議だ。
「お父様に、大事な……お話しが、あるの……!」
手を握りしめ、訴える。
ガブリエルに対し、完全な恐怖は消えていない。
身体の芯から熱が奪われる、凍てつくような寒さを感じる。
それでも今は、まだ胸の奥に熱があった。
(……早く……)
この熱が消えてしまう前に。早く。
「……………」
兵士たちは顔を見合わせ、ドアを開けた。
「すう……はああ………」
大きく息を吸う。
意を決して足を踏み入れる。
「皇帝陛下に……拝謁いたします……」
玉座に座るガブリエル。
漆黒の髪に灰銀の双眸。
近くで見るのは久しぶりだ。
無表情なのに冷たいあの視線が、アンジェを刺す。
(……う……)
重い空気。漂う鉄の香り。壁に沿って立つ、兵士たちの線。
気おされながらも、アンジェは進んだ。
「……お父様、大事なお話があります……」
震える右手を、胸の前で左手で包む。
だが、震えは収まらずに小刻みに動く。
白くなり、熱が失われていくのを感じる。
「申せ」
低く冷たい声。
心臓が破裂しそうなくらいに鼓動が速い。
耳にじんじん、ドクドクとした音が鳴る。
「あ………」
恐怖と緊張で、口の中が乾き上あごと舌が粘る。
嫌な音が口から漏れる。
「えっと、……私……、……、……、……お父様の……お父様の、子じゃないんです」
空気が冷える音がした。
甲冑の誰かが動いたのだろうか。
乾いた金属の音が、冷える音に聞こえたのかもしれない。
「理由は」
更に低く、腹の底から響くような声。
「………、……、…………」
完全に口の中が乾き、口を開くたびにぺたぺたと不快な音。
「……お母様と、ジョシュ……様、の子……で……髪も……目も……色、が………」
喉の奥が締り、声が続かない。
はくはくと呼吸が速い。
喋ろうとするのに呼吸に邪魔される。
かろうじて紡ぐ言葉はたどたどしくなった。
しかし、言えた。と思う。
「そうか」
低く短い声。たった、それだけ。
目を瞑り、俯く。
(ああ……これで、私もセオみたいに……)
もう、辛いことも怖いこともない。
ガブリエルを恐れることも、エミリーに虐められることも。
そして、好きな人が傷つくことも。
(……怖い、けど………)
これでいい、とそう思った。
目を瞑り、強く強く手を握る。
まるで、祈るように。
「女の使用人を一人残らず集めろ」
「御意」
「例外は認めん」
「御意」
今まで置物のように、微動だにしなかった全身甲冑の兵士たち。
ガブリエルの言葉に、一斉に大きな音を立てて部屋から出て行く。
大行進だ。
(………え?)
その光景を、呆然と眺めた。
玉座の間には、アンジェとガブリエルだけが取り残される。
(や、だだ……この人と二人はやだあ……)
そう思ってドアを見ても、もう誰の姿もなかった。




