四十話(前編)
ルーシーが号泣しながら語る過去のできごと。
涙でシーツがぐっしょり濡れている。
そして、腫れあがってつっぱっていた顔の痛みも、段々と引いてきた。
それか、ぐるりと顔を囲む氷嚢で感覚がないのか。
「う、うう……皇帝陛下に、ご報告に行かれたエマ様は……管理が悪いと、その場で切り捨てられました……」
ルーシーの涙のシミがアンジェの寝間着まで濡らしそうなほどに広がっている。
「思え返せば……幼いエミリーを、遺されること……既に、ご覚悟が……決まって、いたようでした……」
エミリー。昔は優しく笑ってくれていたのに。
今では、アンジェを痛めつける。
「クリス様の……確認に来られた際に……皇帝陛下は……ううう、ジョシュ様も切り捨てられ………」
そこで大きくルーシーは鼻をかんだ。
大量の水分を既に含んでいるハンカチは、受け止めきれずシーツに落ちる。
(……替えのハンカチ……)
ハンカチはいつもルーシーが用意してくれているので、置いてある場所が分からない。
「皇帝陛下は……とてもお冷たい方……ご自身で、ジョシュ様をクリス様に……それなのに、用済みだなんて……!」
何が鼻水で何が涙か分からない顔で、ルーシーはシーツに顔を埋めた。
(……シーツが、いい?)
たくさん泣くルーシーにはハンカチよりもシーツが良いかもしれない。
しかし、アンジェはその場所がわからなかった。
ルーシーがゆっくりと顔を上げる。
腫れた瞼の隙間から覗く瞳。視線が交わる。
「……アンジェ様、私のせいでセオ様が……」
「……セオ……………」
懐かしい名前。胸が締め付けられるような、胃が痛くなるような痛み。
脳内に浮かぶのは、白い歯を見せて笑うセオの笑顔。
それから、それから手の中の動かない生首。
アンジェの目にも涙が浮かぶ。
「……セオ……そんな……私の、弟……」
「……アンジェ様、私の……ルーシーの罪でございます……!」
肩が震える。
喉の奥が締め付けられ、鼻の奥が熱くなった。
涙が目尻から流れ、氷嚢に吸い込まれる。
「……セオ様が亡くなったのも、皇帝陛下と血が繋がっていないのも……! ルーシーが悪いんですわ!」
そう言い切って、ルーシーはまた低い唸り声をあげて泣く。
(血が……繋がってない……)
ルーシーの言葉を反芻する。
あの冷徹で、刺す冷たい目をしたガブリエルと、血縁関係がない。
とても怒りそうだ、と思った。
その事実を知ったら、きっとガブリエルはセオのようにアンジェを処刑するかもしれない。
(そう……かも……)
身体をゆっくりと起こした。
指で自分の頬をなでる。
そんなに腫れていなかった。
ルーシーの話の間、冷やしていたからだろう。
「ルーシー……大丈夫……?」
「わ、私は……クリス様もセオ様も、アンジェ様も守れず……ううううう……」
「泣かないで……」
痛くないように、髪を優しくなでた。
「……うう、うっ、……うっ」
肺が痙攣しているのか、しゃくりをあげている。
いつもルーシーが髪をブラシでなでるように、アンジェも髪の流れに沿って指を動かす。
「……う…………」
「………ルーシー……?」
声をかけるが返事はない。
鼻をずびずび音を立てて、呼吸をしている。
「……ルーシー……?」
もう一度呼ぶが、反応がない。寝ている。
(…………………)
たくさん話してたくさん泣いたから、疲れたのだろう。
「う………」
痛む身体を動かして、アンジェはベッドから出た。
地面についた足の裏が、ずきっと痛んだ。
鋭い痛みに顔が歪む。
丁寧にルーシーが手当てしてくれていたが、まだ完治はしていないようだ。
(……痛い……)
踏みしめるように、一歩、一歩、と足を前に出す。
ゆっくり、でも確実に進む身体。
久々に歩いたことで、キシキシと関節が音を立てている。
衰えた筋力のせいで立つこともままならずバランスが崩れそうだ。
(……疲れたな……)
ルーシーの話。クリスの過去。
アンジェとセオの、出生の秘密。
(……セオ……)
唯一アンジェの寄り添い、外の世界へ連れ出そうとしてくれた。
髪の色も目の色もそっくりで、親近感があった。
それが、まさか双子の弟だとは。
(……もう、いい……)
せっかく会えたのに。
セオも、アンジェのことを知らずに死んだ。
涙がこぼれる。
(……終わっても、いいかな……)
きしむ身体も、動かない頭も、セオのこと、過去のこと。
何もかもがどうでもよかった。
だから、終わりにする。終わってほしかった。
「……ん……!」
重いドアを開け、アンジェは廊下に出た。
誰もいない廊下。
ルーシーが怯えながら出ていっていた廊下。
壁に手を付き、もたれ掛かる。
「……はあ……」
寝間着だし、裸足だ。
包帯を巻いてはいるが、足の裏はまだ血が滲んでいる。
でも、そんなことはどうでもいい。
アンジェは、壁に手を添えながら玉座の間を目指した。




