表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/72

三十六話(後編)

何だか最近変である。おかしい。

毎晩うっすらと見る夢。そして治らない腰痛。


(……こんなに痛いものなの……?)


一ヶ月は経っていないが、何週間も腰に鈍い痛みがある。


(腰って一回傷めると長引くのよね……それより……)


確かに毎日ジョシュと過ごしている。

しかしまさか、ほぼ毎日夢を見るなんて。

顔が赤くなり体温が上がる。ぱたぱたと手で顔を扇いだ。


(まあ、幸せだしいっか……)


あくびをしながら、ゆっくり瞬きをする。

ドレスを着せていたルーシーが不思議な顔をしている。


「まだ眠いのですか?」

「え!? ええ……まあ……」

「顔も赤いですが……」

「そうかしら……」


見透かされた気がして、クリスは目を逸らす。

すると、またあくびがでた。


(……最近、眠いのよね……)


前は昼食の時を抜けば、夕方まで一日中ジョシュと一緒にいた。

それが、ここ数日はお昼を食べ終わると昼寝をしてしまう。


「あのお水、滋養強壮って言ってるのに全然効かないわね……」


無理して毎晩飲んでいる苦みのある果物水。

とても不味くて飲みたくないのに、飲むまでエマが目を光らせているので我慢して飲むしかない。


「大国に来てから体力が落ちたわ、これじゃあ日常生活もままならなくなりそう」

「……少しお待ちください。エマ様にご報告します」

「え!? 何を報告するのよ、怒られるじゃない!」

「あ、いいえ、相談、相談です。クリス様が快適に過ごされるように……」


ルーシーが慌てて言い直した。

少し訝しむが、ルーシーはそそくさと部屋を出て行った。

ひとりぽつんと残される。

テーブルに肘をつき、顎を乗せた。

またあくびをする。身体も熱い。


(眠いから体温が高いのね、子どもみたい)


ふふふ、と笑って目を閉じた。

先ほど起きて朝食を食べたばかりなのに、うとうとと眠い。

前なら窓辺によってジョシュの姿を確認したが、今はとても億劫だ。


(………?)


外から話し声がする。女性たちの声。

ルーシーとエマだろうか。

直後に、ダダダダ……と階段を駆け上がる音。


「失礼いたしますわ」


ドアを開けて入って来たのは、血相を変えたルーシーとエマ。

驚くクリスに、ルーシーは口をパクパクと開く。


「あ、あの、エマ様に……」

「クリスティナ様、月のものが遅れているようですね」


その言葉に、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。


「……違うわ、違うのよ……!」


弾かれたように立ち上がり、クリスは首を振る。


「少し遅れているだけ、絶対に違う!」

「いいえ。とっくに来ていてもおかしくありません……それに、眠いのでしょう?」


ぱっとルーシーを見る。目が合うと、ルーシーは視線を逸らした。


「眠くないわ、勘違いよ」

「身体にだるさはありますか?」

「……疲れやすいだけ」

「身体が熱っぽいことは?」

「……違う……」

「胸の張りや下腹部の痛みは?」

「……月のものの前だからよ!!」


逃げるように窓際へ後ずさる。

ふと視線を落とした窓の外、ジョシュが背中を向けて立っていた。


「……違う……」


涙が溢れた。

エマとクリスの予想がもし、正しければ。

妊娠しているなら、それはジョシュとの子だ。


「はあ……大丈夫ですわ、問題ありません」


少し震えた声で、エマは頷いた。


「なによ、何が大丈夫なのよ!」


あまりにも突き放した言葉に、クリスは思わず叫ぶ。


「じゃあ、じゃああの人、ガブリエルを呼んでよ! そうすれば、そうすれば……うっ」


想像した瞬間に、久しぶりに吐き気が蘇る。

先ほど食べた朝食がせりあがってくるのを感じた。

その場で崩れ落ちる。


「クリス様!」

「ルーシー急いで、安静と安定を優先に」


エマがテーブルを移動し、ルーシーがクリスの身体を支えベッドに運ぶ。


「暫くは安静にしていてください」


クリスの乱れた前髪を掻き分け、エマは冷たく言う。

その言葉にすら、涙が溢れた。


「……消してちょうだい……」

「クリスティナ様……私たちに、そんなことは許されません……」

「だってこの子はジョシュの子よ!!!」


手の甲で両眼を押さえる。

絶望だ。妊娠してしまった。

うすうす感づいていた。そんな気はしていた。

しかし、改めて突き付けられると、心が抉れるほどに痛い。


「いいえ、ジョシュ様の子と決まったわけでは……それにまだ、不確定ですわ。時間が必要です」

「……今まで遅れたことなんてないもの……。……産みたくない……」

「滅多なことを言ってはいけません。……まだ様子見です」


エマがクリスの前髪を優しくなでた。


「クリスティナ様の御子であることには変わりません」

「……ジョシュとの子でも……?」

「ええ、もちろんです。ルーシー、暫くは離れずに体調をよく観察すること。いいわね」

「は、はい」

「食事も私が運ぶ。じゃあ、……席を外すわね」


泣いているクリスの顔の横にハンカチを置き、エマは部屋を出て行った。


「どうしよう、ルーシー……」

「大丈夫ですわ、落ち着いてください」

「その大丈夫って何よ!!!!」


エマが置いていったハンカチをルーシーに投げ捨て、クリスは声を上げて泣いた。


(もういや、嫌よ! 妊娠なんてしたくなかったのに!)


売られるように大国に来て、塔の閉じ込めらている。

初恋の想い人は冷徹な性格になっていた。

身内を容赦なく切り捨てて、皇帝の座に就いた人。

そして、息子の身を案じた元皇妃を切り捨てた人。


(この子も私も……殺されるの……?)


胸に不安が押し寄せてきた。

ルーシーが傍にいるけど心細い。


(ああ、ジョシュに会いたい……)


そういえば、本当なら今の時間はジョシュと過ごしていたはずだった。

レーズンを食べながら、他愛のない話をして。


(楽しかったなあ……)


きっとこれからまたずっと、この狭い部屋に閉じ込められるのだろう。

今度はエマとルーシーの意志によって。

そこにはきっと、クリスの意志はないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ