三十六話(前編)
昼間のジョシュとのことを思い出し、クリスはにこにこと夕食を口に運ぶ。
ジョシュは優しいし、とても幸福に満ちている。
この幸せな時間が続き、ガブリエルがクリスを塔に閉じ込めていることを忘れてくれれば完璧だ。
それに、スープも苦くない。
「今日の食事は美味しいわ。それに、レーズンも作っているし……楽しみね!」
ルーシーに藁を持ってきてもらい、その上にブドウを並べた。
数日でレーズンになる。そうしたら、パンを作る予定だ。
「ジョシュに見ててもらうから、雨の心配も盗まれる心配もないし安心だわ!」
パクパクとお皿の料理を平らげる。
一日が充実しているせいか、とてもお腹がすく。そして食事が美味しい。
喉を通らなかったのが嘘のように、最初のころと同じ量を食べることができた。
ええ、ええ……とルーシーが頷いている横で、相変わらずエマは無言でじっとクリスを見ている。
まるで監視しているかのように。
「もし完成したら一緒に食べましょうね…………苦いっ」
グラスに注がれていた果実水を飲むと、苦みがあった。
また、舌が痺れるような違和感。
「それは高価な柑橘の果物水ですわ」
やっと口を開いたかと思えば、説明が始まる。
「……ごちそうさま………」
「とても滋養に良いものです」
有無を言わせない圧。昨日と同じだ。
「……ねえ、エマ……」
「昼間疲れやすくはありませんか? 快適に過ごすための薬だと思ってお召し上がりください」
まるで用意してきたかのようにすらすらと紡がれる言葉。
「……平気、快適よ……」
「ジョシュ様が、クリスティナ様のお身体を心配されていましたよ」
そして、そういわれるとクリスは強くは言えなかった。
(ジョシュに心配をかけるのはよくないわ……)
小国の時はチュニックだったので、一日外を走り回ることができた。
しかし今はかっちりとしたドレス。
この格好で、一日外で過ごすのはかなり大変だ。
それはクリスも自覚していた。
「……わかったわ……」
ごくり、と喉が鳴った。意を決する。
果物水を一気に飲み干す。
「う………」
なるべく口の中に留めないように押し込んだのに、苦い。
後味が最悪である。それに、口内が痺れる感覚。
「では、私は食器を下げてきます」
口を押えているクリスに一瞥し、エマは食器を重ねた。
「ルーシー、いいわね」
「……かしこまりました」
ルーシーは水差しで新しいグラスに水を注いだ。
「クリス様……」
目の前に置かれたグラスの水を一気にあおった。
「……口の中が……なんだかおかしいわ…………」
「……ではもう就寝されましょう」
不味い液体を飲んだショックからか、頭はぼーっとしていた。
椅子から立ち上がり、おぼつかない足取りでベッドに座る。
ルーシーは素早くドレスを脱がせ、また香りのついたお湯で身体を拭いた。
「……エマは、私のこと嫌い……?」
ぽろっと口を出た言葉。ルーシーははっとしたように動きを止めた。
「エマ様はクリス様のことを思っていますよ」
「……でも……、……なんだか……冷たいわ」
「厳しい方です、ご自身にも他人にも。決してクリス様のことを嫌っているわけではありません」
「……でも、……でも……」
熱に浮かされたように、言葉がそのまま出る。
ルーシーは困ったように笑った。
「大丈夫ですわ。大丈夫。私も、エマ様もクリス様を大事に思ってます。ご安心ください」
そうはいっても、食事を監視されている気がする……。
その言葉は、何一つ口から出なかった。
身体が重い。口が開かない。
目が半分閉じる。倒れそうになる身体。
「……様、……で……す」
なに?
また耳が遠くなった。
壁を挟んだような、途切れて上手く聞こえない音。
(また……?)
半分寝ているような、意識が混濁しているこの感じ。
昨日と同じ、変な感覚。
脳みそが震えているみたいに、ぼんやりとする思考。
(また……またこの……ゆめ……?)
なんだろうか、思い出せない。
でも、確か。
ほんの少し口を開けた。
「……ジョ……シュ……?」
かろうじて出た声は掠れ、かなり小さい。
「……、………」
何か言われている。低い男性の声。
(ああ、ジョシュ……なの……)
眩暈のように揺れる思考の中で、クリスは安心して眠った。
お読みいただきありがとうございます。
※本作は他サイトでも同時連載中です。
詳細はプロフィールをご確認ください。




