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三十五話(前編)

(う………うーーーーー!!!)


気まずい。非常に気まずい。

羞恥に、一人ベッドの上で悶える。

ジョシュは事が終わると急いで身支度をし、風のように部屋から出て行った。


(もー! 違うのにー!!)


クリスとしてはそんな気はなかった。

枕に顔を埋め、足で何度もベッドを蹴る。

その反動で腰が痛くなる。


「ううう………」


呻いていると、ドアの外から音が聞こえてきた。

螺旋階段を上る靴音に、毛布をかぶって隠れた。


「クリス様、昼食をお持ちしました」


ルーシーが部屋に入ってくる。

返事ができない。消えたかった。

テーブルに食器が置かれる音がする。


「お疲れですか? それともまた、体調が……?」


不安そうな声。

早く部屋を出て行ってほしかった。

今は一人にしてほしい。


「洗面器、ご用意いたしますか?」

「ち……違うの、あのね……」


心配するルーシーに、クリスは毛布から顔を出す。

ルーシーは困惑した表情から、眉を上げ、いぶかしげになる。


「……クリス様?」

「あ、ちょっと、待って、ちょっと待って!」


毛布をはぎ取られた。

髪も肌も汗だくで顔が赤い様子に、絶句している。


「……あの、あのね……ドレス、上手く着れなくて……」

「皇帝陛下がいらっしゃったのですか?」

「…………え?」

「……え?」


二人で顔を見合わせる。

なぜガブリエルが? という疑問が浮かんですぐに、クリスは背筋が凍った。

みるみる顔が青ざめるクリスを反映したかのように、ルーシーも青白くなる。


「あの、その、……ご冗談ですよね?」

「……………」

「……まさか、ジョシュ様と……?」

「……………」

「……ま、まことで……ございますか……?」

「私が悪いの、誰にも言わないで!!」


呆れているような、非難しているような、絶望しているような。

そんなルーシーの言葉にいたたまれなくなり、クリスは頼み込んだ。


「いえ、あの、そんな……ええ?」


動揺を隠しきれずに、ルーシーはその場で崩れ落ちた。


「だってそんな、それは……あってはなりません」

「……ごめんなさい」

「あってはならないんです……」


ルーシーはしくしくと泣き出した。

クリスのせいなのに、ルーシーが泣いたことに胸が痛くなる。


「ルーシーが黙ってくれていたら……きっとバレないわ」

「そんな……エマ様には!?」

「エマにも言わないで。……怒られちゃう」

「そんな場合ではないでしょう!」


ルーシーがまた大泣きを始める。

泣きながらも、クリスの身体を拭きドレスを着せ直した。

髪をブラシでなでる段階になっても、ルーシーは声を上げて嘆いている。


「……何を泣いているの」


鍵が開く音がし、エマが部屋に入ってくる。

部屋の中をぐるりと見渡す。


「あら……? 皇帝陛下がこちらに……?」

「……………」

「……う、う……エマ様……」


もうほどんど身支度は終わっているというのに、何かに気づいたエマは顔をしかめた。


「……こんな昼間から? さすがにそれは……」

「あ、あの……皇帝陛下ではなく……」

「ルーシー、しー!!」

「……どういうこと? 皇帝陛下では、なく?」


きつく眉を寄せ、鋭い目つきで咎めるようにクリスのことを睨んできた。

きまりが悪くなり、視線を外す。


「クリスティナ様? どういうことですか?」

「う、う、……私が悪いんです、申し訳ありません!」


ルーシーが床に額をこすり付けるようにエマに謝罪している。

それによって、エマは深く長いため息を吐いた。二回。

まるで、気持ちを落ち着けているかのように。


「……相手はジョシュ様?」

「……………」

「……そうなのね、わかったわ。でも、それで? なぜこんなことに?」

「あ、あ、私が……私が……クリス様に鍵を預けてしまって……」

「あなた……何やっているのよ」

「私の管理不行き届きでございます……」

「いいえ、私の見立てが悪かったわ。落ち着きなさい、今晩よ。問題ないわ」

「う、うう……申し訳ございません……」

「処置は済んでるわね? 初めてで授かるなんて稀よ。いいですね、クリスティナ様。これは、私たち三人の……いいえ、四人の秘密です」


エマがとても険しく、厳しい声で念を押してきた。

何度も頷く。


「ジョシュ様が皇帝陛下に言うことはないでしょう。もちろん、私たちも。言えば……首が飛ぶだけではすみませんわ」

「エ、エマ様……」

「だから落ち着きなさいと言っているでしょう。わかりましたね、クリスティナ様。今日のことは忘れるように。ジョシュ様のことも……失いたくはないでしょう?」

「え、ええ……もちろん」


エマも、ルーシーも、ジョシュも。そしてクリス自身も。

誰一人死んでほしくない。絶対に口外しない。

そう決めて、口をきつく結ぶ。


(でも、最初がジョシュでよかった……)


不敬だが、初めてがガブリエルは嫌だった。

あの男に抱かれるくらいなら、少しくらい禁忌を犯してもジョシュに抱かれて満足だ。


「さあ、クリスティナ様はお食事を。私たちは、お部屋を整えますわ」


ルーシーによって朝と同じくらい綺麗な身なりになったクリスは、とっくに冷めた昼食をとる。

隣では、エマとルーシーがシーツを運んだりベッドを拭いたりと忙しなく働いていた。

お読みいただきありがとうございます。


※本作は他サイトでも同時連載中です。

詳細はプロフィールをご確認ください。

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