三十四話(前編)
「ジョシュは七歳の時に戦争孤児で大国に来たんですって」
ルーシーが持ってきた夕食。
お腹に優しいスープやパン粥を少しずつ食べ、果物水を飲む。
その間も、クリスは一生懸命説明した。
「ご両親が戦争で亡くなっているのに。この国に仕えること、それがどんなに辛いか……だから私言ったの」
唇の端が上がり、微笑んではいるようだがルーシーの目はどんよりとしていた。
少し下がった瞼のせいで目に光が入らず、暗い表情に見える。
「あなたは充分小国に尽くしたわ。だから、自分の人生を歩みなさい、って!」
自慢げにルーシーに報告する。
ルーシーは微動だにせず、クリス見つめ返していた。
「あ、この話何回目かしら……三回目?」
「五回目でございます」
「でも、良い話でしょう!」
何度聞いても飽きないほど、感動する話だ。
「ジョシュと話をして元気になって来たわ! ふふふ、食欲も戻って来たもの」
「それは……それだけは、本当に良かったです……」
「だけ? だけなの!?」
「あ、いいえ、言葉の綾です」
「いいわ、私、それだけでもいいの。だって、とっても楽しいんだもの!」
果物水を飲み干すと、クリスは窓辺に駆け寄った。
窓をコンコンと叩く。
下にいたジョシュが見上げて、手を振った。
「ふふふ!」
クリスも顔の横で手をひらひらと振った。
「クリス様……その、明日以降も兵士を伴っての外出であれば許可すると、皇帝陛下がおっしゃっておりました」
「ちょっと、もっと早くに教えてよ!」
にんまりと笑いながら、ルーシーにも手を振る。
「あ、すみません……あまりにもたくさんお話ししてくださるのでタイミングが……」
「じゃあ、明日も行くわ。朝食を食べたらすぐ!」
「…………。かしこまりました………」
一礼するルーシーはやはり思いつめたように暗い。
先ほど、外出許可が下りた時はとても嬉しそうだったのに。
「ねえ、どうしたの?」
大胆にも、率直に聞く。
ジョシュのことで浮かれ、気持ちが大きくなっていたというのもある。
ただ、その言葉にルーシーは怯えたように視線を泳がせ、深々と頭を下げた。
「も、申し訳ございません……!」
「いいわ、今までたくさん迷惑かけてごめんなさい、ルーシーも少し休んでいいわよ。私は明日、ジョシュといるわ」
たくさん尽くしてくれたルーシーを怖がらせてしまい、胸が痛んだ。
少し、自分のことばかりだったかもしれない。
窓辺に振り向き、ジョシュの姿を確認する。
(でもジョシュとの会話、すごく楽しいから)
初めて会ったとき、ガブリエルは誠実で真面目な青年だった。
口数も少なく、任務を遂行するために自身の負傷も顧みない強さがあった。
対して、ジョシュは正反対に思えた。
見張りの任務があっても、クリスのことを気遣い、話も合う。
そしてとても話しやすく、会話が楽しい。明日が楽しみすぎる。
「もう寝るわ。寝ましょう!」
いつまでも窓辺でジョシュを眺めていたい気持ちを抑え、離れる。
「寝間着のお支度をします」
「香油! すごく良い香りの香油で髪をとかして。明日もよ? 毎日よ?」
「かしこまりました」
「毎朝お化粧をしてね。それからコルセットもうんと絞めてちょうだい」
「かしこまりました」
「ふふふ、寝るのがもったいないくらい!」
椅子に腰かけ、ブラシで髪をとかしてもらいながら脚をバタバタと動かした。
はやる気持ちが動きに出る。
「私は……クリス様が、お元気になられて、それだけが救いです……」
「だから、だけって!?」
「あ、言葉の綾です、口癖です」
「そうなの? ふふふ、ジョシュのおかげよ。それに、ルーシーのおかげ。あの人の意見を取り継いでくれる、エマのおかげでもあるわ」
「もったいないお言葉でございます……」
そんな会話をしながら、クリスはベッドに潜る。
「おやすみなさいませ」
ルーシーは燭台の明かりを消し、ドアを閉めた。
カチリ、という音。たった一人の時間。
でも、一人であって一人じゃない。
外にはジョシュがいる。
(もう一度だけ……)
そろりとベッドがら抜け出し、窓辺による。
鉄格子の隙間から角度を変えてジョシュを探した。
ジョシュは、相変わらず立っていた。
そして塔から出て行くルーシー。
二人が、何か喋っている。
(……まさか、ジョシュの話ばかりしていること報告していないわよね!?)
顔が熱くなる。
耳まで燃えているのがわかるほどに、体温が上がった。
髪に練り込んでもらった香油の香りが強くなる。
少し会話をし、すぐにルーシーは城へ戻って行った。
(変な話してないわよね!? やだ……恥ずかしいじゃない……!)
一人佇むジョシュを眺めながら、熱を持った頬に手を添えた。
(寝るのがもったいないわね……)
ベッドに戻り、頭から毛布をかぶる。
今までは、たった一人塔に残されると思っていた。
二人いた兵士たちも無機質で、怖かった。
それが今は、ジョシュが傍にいてくれると思うだけで、心が満たされる。
幸せな気分で、クリスは眠りについた。




