三十一話(前編)
最初こそ淡い期待をしていたものの、本物の幽閉のようだ。
朝昼晩と、食事を持って来がてらルーシーに世話や支度を整えてもらう以外、話し相手もいない。
「食事は美味しいんだけどねえ」
大国の食事は、さすがというべきか小国とは全然違う。
質素で粗末な食事にはもう戻れないほどに、豪華で美味しい。
それに、三食も食べられるなんて今までなかった。大満足だ。
ただ、ずっと狭い場所に閉じ込められているのは退屈である。
小国の時のように、森の中を走り回りたい。
その言葉に、ルーシーは苦笑した。
「もう少しの辛抱でございます」
「もう少しって、どれくらい?」
「……それは私には判断できかねます」
まただ。この真面目な侍女はすぐに言葉を濁す。
話し相手になってもらおうとしても会話が続かない。
「早く外に出たいな」
わざと大きな声で言いながら、食器を重ねた。
ルーシーがそれを無言で手に取る。
「ご辛抱でございます、クリスティナ様」
「クリスでいいわ。みんなそう呼ぶもの」
「しかし……」
「ね? いいじゃない、お願いよ」
「……かしこまりました、クリス様」
迷いながらも従うルーシーの姿に、クリスは満足げに微笑む。
「ルーシー、ちょっといいかしら」
ドアがノックされ別の女性の声が聞こえてきた。
ルーシーが食事を運びに来るとき、たまに一緒に来ては外で待機し指示を出している侍女長エマ。
姿は見たことないが、声は何度か聞いたことがある。
「いかがなさいましたか?」
「……はあ。皇帝陛下より拝謁の仰せがあったわ」
「……………」
「至急クリスティナ様をお連れして」
「……かしこまりました」
ルーシーの瞼が少し下がり、光が消える。
暗くなる表情。酷く沈んでいるようだ。
食器をその場に置き、クリスに靴を履かせた。
「……皇帝陛下の御前へ参りましょう」
ルーシーの重い声。
(やったわ! 外に出られる!)
しかし、クリスは嬉しくなった。
やっとこの退屈な状況が動くのだ。
数日ぶりにドアの外に出て、螺旋階段を降りる。
外に出るとそよ風になでられた。
解放感に、大きく背伸びをする。
(空気が美味しいわね!)
柔らかい芝生と、木々のさざめき。
鳥たちの声。頬をくすぐる、穏やかな風。
見張りの兵士二人がいつの間にか敬礼している。
重い甲冑を着ているというのに、音もなく静かに動く姿が少しだけ不気味だ。
ルーシーとエマに連れられて、塔から宮廷へ入っていった。
(さすが、綺麗ね)
ホールも廊下も枯れ葉一つなく、綺麗に整っている。
敷き詰められた絨毯には泥のシミだってない。
我が国とは全く違う城の在り方に、目を輝かせた。
「…………?」
隣を歩くルーシー。先を歩くエマ。
二人の表情が険しく、まとっている空気がとても重い。
(何か喋ってよ。不安になるじゃない……)
玉座の間へ続く前室に入ると、全身甲冑の兵士二人が再び聳えるように立っていた。
無機質で、重々しい空気。
ここにきて、クリスは緊張してきた。
(いや、大丈夫、急になぎ倒されることなんてないはず……! だって捕虜みたいなものでしょ、傷付けるなんて許されないもの……!)
目の前のドアが開かれる。
(皇帝陛下ってどういう人なんだろう。そうだ、戦争をやめるように提案しよう! それが私の使命なのよ)
緊張からついあれこれ考えてしまったが、重大な責任があることに気づいた。
使命感に、心臓と耳の奥がバクバクと鳴る。
「皇帝陛下、クリスティナ様をお連れいたしました」
エマが言いながら、俯いて進む。
ルーシーの目配せに、クリスも床を見て進む。
(息苦しいわ………)
壁には全身を鈍色の鉄で武装させた兵士たち。
まるで置物のように並んでいる。
玉座があるであろう、高御座の一番下の段が目に入った。
そこで、エマは足を止めたのでクリスも止まる。
人がたくさんいるというのに、耳が痛くなるほどの静寂が流れている。
「クリスティナ」
頭上から降ってくる声。
(……え?)
聞き覚えのある声。
ずっと恋焦がれていた声。
思わずクリスは顔をあげた。
(嘘………)
玉座に座る人物。
まぎれもない。約束を交わした『彼』だった。
「………………」
四年という月日が、『彼』をずいぶんと大人びさせ、冷たい表情をさせていた。
何よりも、威圧感があった。
「皇妃の座は空いている」
冷たく言い放たれた言葉。
途端に、隣で俯いていたエマがぶるぶると震えていた。
静かに、それでいて激しい量の涙が絨毯を濡らしている。
「………え?」
確か、皇帝には息子がいたはずだ。そして、皇妃もいた。
目の前の男性に再度視線を向けた。
理解できない状況に、口から出てきたのは素っ頓狂な情けない声。
「約束しただろ。迎えに来た」
「………………」
約束は、した。
しかし、状況が呑み込めず、考えがまとまらなかった。
考えがまとまらなければ、言うことも決まらない。
出てくるはずの言葉が出てこず、口を閉ざす。
目を瞬かせているクリスに、皇帝は満足そうに目を細めた。




