三十話(後編)
カトリーナが国王のオスカーと結婚したことで、侯爵から公爵へ爵位が上がった。
それに味を占めた公爵――父は、今度はクリスのことを大国へ売り飛ばした。
大国から迎えに来た豪華な馬車に揺られ、クリスは唇を尖らせる。
(私には想い人がいるって言ってるのに……)
四年ほど前のことだ。
戦争が激化し、人手が足りないということで、クリスは森の一角に小屋を建てた。
そこで手当てをしたり、料理をふるまったりと傷を負った兵士たちに尽くしていた。
その中で、ひと際目立つ男性がいた。
少し年上だろうか。大人っぽい容姿に、とても端正な顔立ちの青年。
大きな怪我を負っていたのでベッドに運び、つきっきりで介抱をした。
青年は名前を名乗らなかったが、大国の兵士のようだった。
五日ほど経った頃、
『戦場に戻る』
『危ないわ、まだ傷がふさがっていないもの!』
見つけたとき、大量に出血していた。
傷もそうだが、何よりまだ身体的に不安があった。
『長くは離脱できない』
だが、彼は短くそれだけを言い立ち上がった。
とても責任感があり、まじめな青年。
『そう……。……また会えるかしら?』
『必ず迎えに行く』
希望を持って聞いてみると、青年はそう返してくれた。
クリスは嬉しくなり、その言葉を支えにしてより一層支援に励んだ。
無事でいてほしい、でも、また会いたい。
奉仕を続けていたら、会えるかもしれない。
それは、両親も、姉のカトリーナも知っていることなのに。
それなのに、今現在大国へ売られることになってしまった。
二十歳を過ぎても縁談を断るクリスに、両親が業を煮やしたのかもしれない。
(侍女かメイドか……捕虜みたいなものかしら)
我が国の貴族なんて、大国からすれば取るに足らないだろう。
ただ、クリスは一応国王の義理の妹に当たるので、丁重に扱われるはずだ。
(酷いわ!! 私、まだあの人のことを待ちたかったのに!)
しかし、彼は大国の人間だ。
もしかしたら宮廷に勤めている……可能性もある。
そう考えると、新しい希望に少し気が楽になった。
(わああ、凄い!)
到着した宮廷はとても大きく、公爵邸よりも城よりも立派だった。
天と地ほどもある豪華さに、息を呑む。
「ようこそおいでくださいました。こちらです」
同じ年くらいの侍女が迎えてくれた。
「ルーシーと申します」
ルーシーが丁寧な口調で喋る。
大国ともなると、侍女の服すら綺麗なドレスになるようだ。
案内され向かったのは、宮廷の奥、細く小さな塔だった。
「ここ?」
「……ええ」
ルーシーは困ったように笑う。
螺旋階段をぐるぐると上る。
塔の先端、小さな一つの部屋。
ベッドと本棚と、テーブルとイス。
こじんまりとした内装だ。
「……ここ?」
「ええ、はい……」
ルーシーはやはり、申し訳なさそうな困った表情で笑った。
「こちらで待機をお願いいたします」
待機?
明らかに、メイドや侍女として迎えられていない。
一瞬で悟る。捕虜として連れてこられた、が正しいようだ。
(まさか本当に捕虜だなんて……。幽閉なんてつまらないわ)
窓の外を眺める。地面が遠い。
ルーシーが歩いている姿が小さく見えた。
人の判別はできるものの、ここにいると彼に会うことは難しそうだ。
降りることは難しそうな高い塔。唯一の出入り口には外から鍵を閉められている。
(まあ、仕方ないわね)
ここ数年は、負傷兵の手当てに明け暮れる忙しい毎日だった。
もしかしたらが彼がいるかもしれない。そんな淡い期待に、走り回る日々。
長い奉仕活動へのご褒美的な休息だと思うことにした。




