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二十六話(前編)

二十六話 前編


アンジェを背負ったセオは、ひたすらに川沿いを歩いている。

たまに短い休憩を挟んではすぐに歩き出す。


(………………)


最初は軽い、大丈夫だよ! と元気に笑っていたセオも、時間が経つにつれて静かになる。

段々と少なくなる言葉。汗ばむ背中。

今ではもう、口から漏れるのは明るい声ではなく、苦しそうな呼吸だった。


(………………)


アンジェが自分で歩いたほうが良い気がするが、足の裏の痛みを思い出すとその気になれなかった。

だから黙って、湿ったセオの背中にしがみつく。


「……休憩しよう」


段々と足を止める感覚も短くなってきていた。


「……昼間ちょっと張り切りすぎたかな」

「………………」

「大丈夫、アンジェのことは俺がちゃんと教会に連れて行くよ!」

「……う、うん……」


水を飲み、汗を拭いてセオは大きく口を横に開き、歯を見せた。

だが、声にはあまり力がないように思える。


「じゃあ………行こうか………」


少し沈んだ暗い声。


「…………………」


だが、アンジェは目の前にある背中に身を預けるしかなかった。

ゆっくりと歩き出すセオ。


「…………?」


何か近くで音がした気がした。

しかし、耳を凝らすもセオの荒い呼吸と石を踏みしめる音、そして川の音しか聞こえない。


(………………)


気のせいかもしれない。

だが、また近くで音がした気がした。


「………セオ?」

「…………はあ、はあ、すうう………なに?」

「…………………」


アンジェは口を噤んだ。

また聞こえなくなった音。気のせいかもしれない。

そう思った刹那、


「……アンジェリナ様、アンジェリナ様………」


自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


(……え?)


セオは聞こえていないのか、反応がない。

気のせいかと思いつつ、耳を傾ける。


「――アンジェリナ様!!」


後ろから茂みを掻き分けた音と共に、聞きなれた声がした。


(……サラ!?)


びくり、と身体が震えた。

とっさのできごとへの驚きもあるが、こんなところにサラがいることに驚いた。

しかも、綺麗なワンピースは破れ、ボロボロの姿だ。


「……お前は誰だ!?」


振り向いたセオが、低い声で問う。

警戒しているのか、声には緊張が走っている。


「……あなたこそ誰です!? 人攫いが!!」

「人攫いじゃない、俺はこの子を……この子を助けるんだ!」

「は、はああ?」


素っ頓狂な声を上げるサラ。

アンジェはおろおろと二人を見守る。


「私はアンジェリナ様の侍女、サラです。さあ、帰りましょうアンジェリナ様」


サラが近づいてくる。セオは、じりじりと後ずさった。


「オスカー様もカトリーナ様もとても心配されていますよ。さあ、早くこちらに」


一瞬、笑顔のカトリーナの顔が浮かぶ。

しかし、その顔を振りほどくように頭を振り、セオの背中に隠れた。


「………アンジェが嫌がっている! この子に酷いことをしてきたんだろ!」

「し、……してませんよ、別に………」

「その言い方が怪しい、身に覚えがあるんだな!」

「な……!? 言いがかりはやめてください、何もやましいことなんてありませんから、別に! 別に!!!」


語尾を強く強調し、サラは足を止めた。


「アンジェを守らないといけない。それが俺の使命だから……」


まるで動揺しているようなサラの様子に、セオはアンジェを下ろす。


「女性に手荒なことはしたくないけど……でも、仕方ない。君のために」


そういってセオはアンジェに笑顔を向けてから、サラに向き直った。


「ちょっと、手荒なことって何ですか!! 何する気ですか!」


サラがたじろいでいる。

今度は一歩一歩詰めるのはセオで、後ずさるのはサラになった。

だがその瞬間、


「今だよ、みんな! アンジェリナ様を!!」


サラの声と一緒に、茂みから五人の男性たちが現れた。


「……………!?」


あっという間もなく、アンジェは拘束される。


「アンジェ!!」

「ていっ!」


捕まるアンジェに気を取られているセオを、サラは隠していた木の棒で叩いた。

ゴン、という鈍い音にセオがよろめく。


「った……!」

「油断したお馬鹿さんが!!!」


その隙に、セオも拘束され跪かされる。

勝ち誇ったような表情で見下ろすサラ。


(……セオ……! サラ……!?)


アンジェは混乱する。

口をパクパクと動かすが、言葉が出なかった。


(…………え!?)


突然現れたサラ。明るく元気で優しいサラが、セオを棒で叩いた。

先ほどまでアンジェをおぶっていたセオ。

サラに叩かれて、男たちに羽交い絞めにされている。


「アンジェリナ様を見つけたことだし、城へ戻るよ!」


覇気のある声で、五人の男たちに声をかけた。

その声を合図に、縛られたアンジェとセオは男たちに抱えられる。

サラはぽい、と持っていた木の棒を捨てアンジェに向かって大股で歩いてきた。


「ダメじゃないですか~アンジェリナ様。逃げるなんて許されませんよ」


いつものサラの笑顔よりも、もっと歪んだ笑みを浮かべるサラ。


(………怖い……)


得体のしれない男たちも怖いが、サラの顔が一番怖かった。

恐怖に震えるアンジェに、サラは不自然な……不気味に口角をあげた顔を近づけていた。

ゴン、という大きな音と共にサラが目の前から消える。


「………ったあああ……なに!?」


下から聞こえる声。

今度はサラがしゃがんでいる。

男の一人が、サラが捨てた木の棒で殴りかかっていた。


「え!? ちょっと、なに………!?」


驚きと、明らかに怯えた表情でサラは自身を叩く男を見ている。


「サラ、お前にはがっかりだよ。真面目な奴だと思っていたのに」


殴りつけながら、男は言う。

そうして、もう一人の男は大きな石を持ってきてサラに振りかぶった。


「や、やめてよ!! なんで!? どういうこと!? ……うぐっ」


鈍い音。サラの背中に直撃した音。


「お前が横領しているのは知ってるんだ。その身なりの良い服もそう」

「ち、違う!! 私、盗んでなんかいない!!!」

「嘘を吐くな!! オスカー様は国民のみんなに、金貨一枚を分けてくれた!!」

「ああ、でもお前はそれ以上をもらっているだろう!!」


三人目の男が剣をサラの横に突き立てた。


「きゃっ!?」


ぶつかりそうなほど間近に刺された剣。

恐怖で怯えた目で、サラは男を見上げる。


「ねえやめて!? 違うってば、違うの!!!」


腕で頭を守り蹲るサラを男たちは次々に蹴り上げた。


「お前の親父さんとお袋さんはいいやつなのに、お前はクズだ!!」

「あの二人には本当には良くしてもらっていた、それの子どもがお前だなんてな!!!」

「王族の金貨を盗み、私物を盗む卑しい女だとは!!!」

「な……誰に聞いたのよ、そんなこと!!!」


その言葉に、サラは石と砂を掴み目の前の男の顔に叩きつけるように投げた。


「調子に乗んな、盗人が!!」

「ぎゃっ!」


木の棒で頭を叩かれ、サラは地面に倒れた。


「お前の様子を見ていれば嫌でもわかったよ! オスカー様とカトリーナ様は慈悲深いからはっきりは言わなかったが……!」

「じゃあ、じゃあ違うかもしれないじゃない!!」

「黙れ、お前が自分のために金を使ってエダさんを放置した結果、死んだんだろ!!」

「それは、それは私のせいじゃねえだろ!!!」


突然、咆哮する。


「違う、それは国が貧しいからだ!! 私のせいじゃない!!!」

「お前のせいだ! お前が自分の身なりだけに金を使ったから!!」

「違う!! おい、アンジェリナ!! 見てないで助けろ、助けろよ!!!」


頭から血を流し、ぎらついた目でサラはアンジェを睨む。

鋭い眼光に、身がすくんだ。すると、アンジェを抱えていた男が歩き出す。


「おい、逃げんなよ!!! あたしがどれだけ世話してあげたと思ってんの!?」


抱えられ、その場から離れるアンジェにサラは噛みつくように吠えた。


「なあお前ら、毎日笑顔作ってさ、優しくしてさ……あの女は何もわかってないんだよ!?」

「うるせえ、黙れ盗人が!!」


また鈍い音。


「ふざけんな、だったら少しくらいもらったっていいだろ!  お前らなんか戦争で活躍もできない無能――」

「それが本音かよあばずれ女!」

「てめーだって盗みしか能がねえだろ!」

「エダさんに謝れよ、こそ泥が!!」


段々と小さくなる声。しかし、はっきりと内容が聞こえる。

男たちの罵声、鈍い音。だが、サラの声はもう聞こえなかった。

アンジェは目を瞑った。目に浮かんでいた涙が頬を伝う。

頭が真っ白だ。自分の状況にも、サラの状況にも。

何一つ理解できない。

ただ、今までアンジェに向けられていたサラの笑顔だけが浮かぶ。

朗らかで、思いやりがあり、献身的な姿。


(……………サラ……)


ずっと続く嫌な音に、目も耳も、心も背けた。

お読みいただきありがとうございます。


※本作は他サイトでも同時連載中です。

詳細はプロフィールをご確認ください。

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