表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/70

二十四話(後編)

賑やかな声。アンジェの意識がふわりと戻る。

鼻をくすぐる良い匂いに、お腹が鳴った。


(……う、痛い……!)


起き上がろうとして触れる足の裏。

とんでもない激痛が走った。

目の前がチカチカする。


「あ、アンジェさん起きたよ」


気配を感じたのか、ララがドアからこちらを見て、駆けて行った。


「もう少しでご飯の用意できるから待ってて! 動いちゃだめよ、痛いんだから!」


姿の見えないタニアが、大きな声でアンジェに言った。


(…………)


辺りはすっかり暗くなっている。橙色の光。深い紺色の空。

既視感があった。昨夜のことを思い出す。

胸がざわりと波立った。


「アンジェ、大丈夫?」


次に顔を出したのはセオだった。

快活な表情はなくなり、代わりに悲しそうに眉が下がっている。


「……うん……」

「ごめん、あの時無理やりにでもおぶればよかった」


ベッドに座りながら謝っている。


「俺は、俺たちは何日も歩いたりするから気にしなかったけど、アンジェは……綺麗な服も着ているし良いところのお嬢さんなのかな」


良いところのお嬢さん。

今の地位は小国の王女だ。

だが、その言葉は言えなかった。


「気が利かなくてごめん」


深く頭を下げるセオ。アンジェは無言で見つめるしかなかった。


(私………)


謝られて、どういえばいいのか分からなかった。

いい、とか、許す、とか、そういう言葉。

どれを選べばいいのか分からない。

昨日は喋れたセオに、今日は無言になってしまう。

だからこそ。


「…………アンジェ?」


セオを抱きしめた。

今まで、いくどとなく抱きしめられてきた。

たくさん感じた、温かく優しい体温。


(………………)


目の前にある、アンジェと同じ色の髪を見つめる。


「………………」

「………………」


暫しの無言。


(……あれ……?)


この後どうしたらいいのか分からない。


「ご飯できたってよー」


遠くで聞こえるララの声に、セオは素早く立ち上がった。


「俺が運んであげるから」

「……うん……」


セオに抱えられ、アンジェは部屋を出る。

炉端のテーブルを囲んで、楽しくおしゃべりしているララとタニアがいた。


「来たね、ここに座って」


恐る恐る座るアンジェのふくらはぎの下に、台を設置した。


「これで足の裏がつかないから痛くないでしょ」

「……ありがとう、ございます……」


たどたどしくお礼を言う。


(……優しい……)


目が潤む。タニアの心遣いが胸にしみた。


「泣かないでよ、セオさんには今日たくさん手伝ってもらったから。お釣りがくるくらいだよ」

「いやあ……たくさん手伝っちゃったなあ」


疲れた顔をしながら、セオが横に座った。


「ほら、うちに限らずだけどどこも男手がないでしょ。だから溜まっていた重労働頼んだの」

「……いやあ本当に……容赦なくて疲れたなあ……」


セオは半笑いを浮かべて、ため息を吐いた。


「宿と食事の代わりに労働力! それが教会の人の勤めってものですよ」

「……ごもっともです」


腕をさすりながら、セオは頷く。


「なんてね、早く食べて。ララが取ってきた魚も木の実もあるよ」


目の前に欠けた皿を持ってララが置いた。

木の実を一つつまむ。

甘い味。果物のような風味。今まで食べたことのない木の実。


(男の人がいない……?)


そういえば、サラも父と弟を戦争で失くし母と二人暮らしだ。

タニアとララと同じ。


「戦争で、多くの命が失われた……だから、俺たちが手伝いに来ているんですよ!」

「じゃあ明日も頼むよ!」

「いや、明日は……。今夜にでも出ようと思っています。食事をしたら、すぐ」

「そっか、怪我の状態が良くないけど……でもわけありなんでしょ。アンジェさんの服、かなりいいチュニックに見える」


チュニックではなくシュミーズだが、訂正しなかった。

顔が赤くなる。下着で出歩いていたのを忘れていた。


「チュニックじゃなくてこれ下着じゃ……」

「…………」

「チュニックか! 女の子の服は分からないなあ!」


言いかけるセオに、アンジェは無意識に軽く眉を寄せて唇を尖らせる。

その顔を見て、セオは慌てて言い訳をした。


「二人は仲が良いね。さ、温かいうちに食べて。お替わりある分だけは好きなだけ食べていいからね」


二人の様子に、タニアは声を上げて笑う。

ララもクスクスと声を出していた。

他愛のない話をしながら、暖かい火の近くでの団らん。

そのせいか、アンジェの疲れ切っていた心が解れた気がした。


(………楽しい……)


自然に緩む表情。活気のある声、和やかな雰囲気。

質素だけど、味のある美味しい食事。

ずっと続けばいいのに、そう思った。


「そろそろ出ようか」


食べ終わり、会話が途切れたところでセオが切り出した。

アンジェは頷く。


「ほら、乗って」


そんなアンジェの前に、セオはしゃがんだ。

広い背中を向けている。


「……………」


タニアとララに支えられながら、その背中にそっと乗った。


「アンジェは軽いね。最初からおぶればよかったよ」


明るい声。

笑っているのが、背中越しにアンジェに伝わった。


「気を付けて。怪我が治ったら顔を見せに来てね。今度はもっと長く泊まってくれていいですから」

「あはは、そうですね。このご恩は忘れませんよ」


笑う声に、セオの背中が小刻みに震えている。


「また来てね!」

「アンジェさんは安静にね、これもあげるから」


タニアはアンジェにランタンと、小さな袋を握らせた。


「これの中身は痛み止めと化膿止めの薬草だよ。水に溶かして傷を洗って使うんだよ」

「助かります、何から何までお世話になってしまって!」

「持ちつ持たれずってね」


何度もお礼を言いながら、セオは家を出た。


「バイバーイ!」

「バイバーーーーイ!!」


ララの大きな声に、セオも大きな声で返した。

明るい家から離れると、周りはすっかり夜の帳が下りていた。


「この川沿いに歩いていけば大国に行けるよ」


アンジェが持つランタンの光が、漆黒の道を照らす。

まだ暖かい家族の余韻が心の中に残っていた。


「良い家族だったね」

「……うん………」

「教会の人たちもすごく良い人たちなんだ、だから懐かしくなったよ」

「……そう、なの……」

「うん!! きっとアンジェも気に入るよ!! だから急ごう」


確信に満ちた、強いセオの言葉。


(……そっか……)


少しだけ、心が弾む。

そわそわとした気持ち。

アンジェもまた、まだ見ぬ教会へ心が急いていた。


「無事に教会に着いて落ち着いてから、また二人で挨拶に来ようね」

「……うん」

「怪我も治ったよって報告して、そしてたくさん働かされるんだろうなあ」

「……………」

「タニアさん、容赦ないから」

「………ふふふ」


ふざけた調子でセオはため息を吐いた。

ただ、嫌そうな感じはしなかった。

暗い道、ランタンの光、少し肌寒い夜の空気。

温かく広いセオの背中に頬をくっつけ、アンジェも微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ