二十四話(前編)
暗い森の中を、手を繋いだ二人は速足で道なりに進む。
鬱蒼と茂る木々。頼れるのは、月の光とセオが持っているランタンの光のみ。
「あ……!」
「っ危ない、気を付けてね」
何度もつまずきそうになるアンジェの手をセオは引いてくれた。
とても熱く大きな手のひら。
「あと数時間で日が昇る。そうしたら、少し休もう。だからもう少し、頑張れる?」
「う、うん……!」
「アンジェの服が白いから、昼より夜に移動したほうが良いと思ったんだ。ほら、万一見つかっても幽霊に見えるから」
にかっと歯を見せて笑うセオ。アンジェは心強く思った。
セオはこのあたりの見回りをしているといったが、そのせいか夜道にも詳しい。
そしてなにより、アンジェより知識もあり身体も強く、頼もしい存在だ。
優しくて明るくて元気で、アンジェの言葉を聞いてくれる信頼できる人。
「ずいぶん歩いたね。ここまで探しに来ることはないと思うけど、目指す場所は教会! 急ごう!」
ただ、アンジェは限界だった。
それでなくとも普段あまり歩かないのに、ずっと足早に森を進んでいる。
足の裏が痛く、腰も膝もギシギシと音を立てている。
(まだ………?)
うっすらと白む空。日が昇りそうだ。
それなのに、終わりの見えない森の中。
アンジェは、少しだけ不安になった。
「大丈夫?」
歩みが少し遅くなるアンジェに声をかけるセオ。
そこで、アンジェは完全に足を止めた。
「…………」
「まあ、下着だし歩きにくいよね。ほら、乗って」
シュミーズを握りしめるアンジェの前に、セオはしゃがんだ。
(…………?)
迷う。
いくらセオが良い人だといっても、今日会ったばかりの男性の背中におぶさるのは気が引けた。
「じゃあ、まだ頑張れる?」
「う……ん」
「朝はもう少しだよ。頑張ろう」
「うん………」
アンジェの手を引いて、セオはまた歩き出した。
(……痛い……)
痛む足の裏。
皮膚が破け血が出ている気がする。
ズキズキとする痛み。
(……………)
それでも堪えて足を進めることができるのは、セオがいるからだ。
セオと、そして彼が語る教会の話。
みんなが優しく、売り飛ばされることのない、暖かそうな場所。
(……行きたい……!)
早く、少しでも早く。
疲れきり、痛みに堪えるアンジェはそう思った。
「夜が明ける。きっと、起きた村人たちが川に来るはず。だから沿って歩こう」
言葉の原理や確信は分からないが、セオがそういうのならそうなのだろう。
セオに続きアンジェも細い獣道へ入った。
白んでいた空の光は消え、かわりに茂みの奥が光っている。
「……う、……うう……」
つい、呻き声が出る。
足の裏が痛くてもう歩けない。
なのに、脚はしっかりとセオについていく。
「もう少しで川だ、……ほら!」
一段と明るいセオの声。
アンジェも茂みから出る。そして、目の前を流れている川。
「川上に沿って歩けば大国に行けるよ。それに、途中で集落があるからよさそうな人に声をかけよう」
「……………」
あまりに足の痛みに、アンジェは小さく何度も頷いた。
「本当に大丈夫? 苦しそうだけど。疲れた?」
「……………………」
また言葉が出ない。
疲れたんじゃなくて足が痛い。
そう言いたいのに、口は呼吸するだけで精いっぱいだった。
「大丈夫、ここまでくれば家族は諦めてくれるよ」
セオが安心させるようにそうアンジェに話しかけた。
(……足、痛い……)
だが、アンジェの頭の中は足のことしかない。
「あ、ほら! 人がいる!」
セオが大きな声を出し、手を離した。
一人取り残されるアンジェ。
「すみませーん、ちょっといい?」
川で籠を沈めていた少女は、驚いた顔をしてセオを見た。
気さくに話しかけてきた男に、一歩下がる。
「あの、俺たち……大国から復興支援に来てる教会の者だけど」
「ああ! いつもお世話になってます!」
セオが少女に何か見せると、途端に笑顔になった。
先ほどまで訝しんでいた表情が嘘のようだ。
「夜通し作業していたから泊めてほしいんだけど、いいかな?」
「ええ、もちろん。うちへご案内しますね」
少女がすぐに承諾した。
「いいって! 行こう!」
アンジェの元に戻って来たセオは、手を引いて少女の元に戻った。
「ね、大丈夫だって言ったでしょ」
「うん……すごいね、セオ」
「たまに世話になるんだよ。ほらこれ、この印を持っていると教会の人間って証明になるんだ」
そういって、セオがアンジェにも見せてくれた。
薄い鉄の板。見たことのない模様が繊細に彫られていた。
「これで、夜になったらまた森を歩いて、昼間は休ませてもらって大国に行けるよ」
胸を反らし、セオは得意そうに言った。
少女はララと名乗った。
村は近く、すぐについた。
(………………)
ただ、今にも壊れそうな、古ぼけた小さな家だった。
「まあま、よくおいでくださいましたね!」
中から出てきたララのお母さん。
タニアと名乗った。小柄で細く、肌の色が悪い。
小汚い見た目に、少しだけ警戒するアンジェ。
だが、快く迎えてくれた。
「まずはお休みになってくださいね。あら、お嬢さんは……とてもいい服を着ているけど、怪我をしているね」
アンジェを一目見るなり、タニアはアンジェに近付いた。
「靴を脱いでみて」
「……………」
言われた通り靴を脱ぐ。
足の裏は擦り切れ、豆がつぶれ、べっとりと血や液体で濡れていた。
「あらまあ、何日歩いたのあなたたち」
「いや……これは酷い……」
傷を見たタニアとセオは絶句している。
アンジェは怖くてすぐに目をそらした。
「いいわ、薬草があるから手当てをする。ララ、水をとって」
部屋の奥にある棚の中から、草を取り出すタニア。
ララから水桶を受け取り、その中に薬草をとかした。
薄緑色になった液体を、アンジェの足にかける。
「……っ……!」
あまりの痛みに気絶しそうになる。
歯を食いしばった。
「……我慢強いお嬢さんね。叫ぶほど痛いだろうに」
ララが白い布を手渡した。
慣れた手つきでタニアはアンジェの足に布を巻いていく。
「あの薬草は止血したり傷を清潔にするものです。でも、暫くはあまり歩かないほうが良いよ。歩けないでしょ?」
「そうなのか……」
「逆に、よくここまで歩いたもんですよ。お兄さん、気づかなかったんですか?」
「……アンジェ、ごめん」
セオは小さな声で謝る。
アンジェは、痛みでまだ目が開けなかった。
「だめですよ、妹の様子をみてあげないと」
「いや、妹ではないです」
「あ、そうなんですか? 似ているからてっきり兄妹かと……。ララ、布団の用意は?」
「できてるよ」
「良い子ね。じゃあお兄さん、お嬢さんのことを運んであげてください」
『わかった』と短く答え、セオはアンジェを抱える。
急に崩れる体勢に、とっさに首にしがみついた。
「まずは休みな。お兄さんもです。酷い顔ですから」
「ありがとう」
「こっち、着いてきて」
ララのに案内され、ベッドにおろされた。
薄く平らな掛け布団をかけてもらう。
「ごめん、アンジェ」
謝るセオ。アンジェは微笑んだ。
セオは悪くない。ただ、それを言うだけの力はなく、すぐに眠りについた。




