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二十二話(前編)

「……アンジェリナ様、なんて酷い恰好……」


サラが顔をしかめた。


(……………………)


兵士に着替えるように言われたが、アンジェはドレスの着方が分からない。

動かないアンジェに、兵士たちは困り果てたようだ。

その結果、鞄を三つ用意しその中にドレスや化粧品やらを適当に詰め込んだ。

そして、鉄の臭いが香るアンジェはそのまま小国へ送られた。

深夜にドアを叩く兵士。寝ていたであろう、カトリーナとオスカー二人に迎えられた。


「……アンジェ、大変だったわね。今サラを呼ぶから……オスカー、アンジェに白湯を」


血の臭いを漂わせる、喋れないアンジェ。

カトリーナは毛布で包み、厭わずに抱きしめた。

二人で身を寄せ合って過ごしていると、サラが駆けこんできた。

そして、今に至る。


「顔も酷いですね、今お綺麗にしますから」


叩き起こされたであろうサラも、優しく丁寧にアンジェを浴槽に入れる。

バラの香りのよいお湯だ。

それでも、凍てついたアンジェの心はまだ解れない。


『この件、皇帝陛下は大変ご立腹です』


兵士のあの言葉。思い出したくないのに、ずっと頭を巡っている。


『建前のため今回も小国へ送りますが、近いうちにきっと大国に戻られるでしょう』


さらに続く絶望の言葉。

大国に戻る。きっとそれは、ガブリエルがいる宮廷に戻されることを意味している。


(………………)


優しいカトリーナ、心配してくれるサラ。

そんな二人のいない、誰も守ってくれない宮廷。ガブリエルの近く。


「アンジェリナ様……!? 寒いですか!?」


ぶるぶる震えるアンジェの肩に、サラは柄杓でお湯をかける。

ふわり、とバラの香りが強くなった。


「怖かったですよね? でも大丈夫ですよ、ここにはアンジェリナ様を傷付けるものなんてありませんから!」


明るいサラの言葉も、今のアンジェには響かなかった。

入浴をすませ、良い香りの香油で髪を整えてもらった。

また、初めて嗅ぐ香り。

三つ並んだ鞄。一つ一つ開けて、サラは感嘆の声を上げる。


「こんなに……!? これもこれも、これも凄い綺麗! ああ、ドレスだけじゃなくて化粧品まで……! あ、このシルクのリボン可愛い……」


サラは目を輝かせてアンジェの鞄の中身を見ている。

サラの言葉は、音として聞こえるが頭では文字として認識できない。

ただぼんやりと眺める。


「アンジェリナ様、本当に大変でしたね! たった三日! いいえ、たった二日だけの結婚生活……しかもこんなに衰弱されて……!」


アンジェの力ないふらふらの身体を拭き、髪を乾かしながらサラは笑顔だ。

それも、見たことのないほどに口元を歪め、目も閉じられそうなほどに細い。


(……笑ってる……)


満面すぎる笑み。

だからアンジェも笑わないといけないのに、今は顔に力が入らなかった。


「どのドレスを着ましょうか! あ、このブローチ素敵! このドレスはいかがですか?」


サラがぱっと広げて見せてくれたドレス。

ただ、今のアンジェにはどうでもいいことだった。


「うーん、これはちょっと暗すぎるかな……アンジェリナ様にはもう少し明るい色味の方がいいかも」


反応のないアンジェからすぐ視線を外し、独り言を呟きながらサラはまた鞄を開けては楽しそうに見ている。

何分も素肌をさらし、椅子に座ったまま放置されるアンジェ。


「アンジェ……あら、まだ服を着ていないの!?」

「あ!? カトリーナ様……ええと、アンジェリナ様に似合う服を探していて……」

「そんなの何でもいいわよ。この子は可愛いから何でも似合うんだから!」


カトリーナの強い言葉に、サラは唇を尖らせた。

不満が顔に出ている。少し珍しい。

いつもは笑顔で素直なのに。


「アンジェの身体が冷えるから、早く服を着させなさい」

「……かしこまりました」


不満そうな暗い声でサラは返事をする。

純白の、それでいてフリルやレースがふんだんにあしらわれているシュミーズを選んで着せた。


「アンジェリナ様はお疲れですよね。夜通し馬車で小国に戻ってきたし……」


アンジェではなくカトリーナを見ながら、サラは言葉を紡いだ。

まるで確認するかのように、何度もカトリーナの顔を見る。


「この後お休みになられるから、シュミーズでいいですよね……」


手を動かしながら、アンジェに着せる服の確認をしている。

カトリーナはそんなサラを無言で見下ろしている。

少しの沈黙が流れる。


「……はあ、どちらでもいいわ。それよりもサラ、いつものチュニックは? そんな真新しい可愛いワンピース、初めて見たわ」

「あ……えっと、これは以前金貨、いただいたじゃないですか……その時に……買ったもので……」


急にサラはしどろもどろになりながら説明を始めた。

カトリーナが眉をあげる。


「あの時の? あなた、蜜蝋とか香油とか、いろいろ集めているわよね? 金貨一枚で足りたの?」

「ええ、はい、おかげさまで……」

「ふうん……あなたにあげたものだから何に使ってもいいけれど……」


小さくなるサラの声に、カトリーナはため息を吐いた。

とても強いため息だ。ため息というより、声に息が乗ったようなそんなため息。


「お母様のお食事とお薬代に使うって言っていたけど、余裕があるようで良かったわ」

「……ええ、はい………おかげさまで……」

「支度が終わったようだから、アンジェを早く部屋に連れて行きなさい。………おやすみ、私の可愛い娘」


さらりとアンジェの髪をなでて、カトリーナは額に口づけをした。

去る前に、サラを一瞥してカトリーナは浴室から出て行く。


「……なによ、人のお金、気になるの?」


カトリーナの姿が見えなくなってから、サラは手を強く握り締めこぶしを作った。

そのこぶしが、小刻みに震えている。


「……自分たちだって、たくさん持ってくるくせに……!」


蚊の囁くような、小さな小さな声。

アンジェの耳にも微かに入るが、疲労と傷心で言葉を理解できない。

ただの音としてしかとらえられなかった。

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