二十一話(前編)
煌びやかなシャンデリア、豪華絢爛の食事。
アンジェは、デイジーとアイヴィーに手を抓られながら席に着く。
「それでね、私たちはお義母様にたくさん食べさせてあげましたの!」
食事中、楽しそうにダニエルへ笑いかけるアイヴィー。
「ほら、口についているわよアイヴィー。よそ見をしない」
「だって……」
アイヴィーの口元を拭きながら、デイジーはため息を吐く。
「だってじゃないでしょう?」
「仕方ないわ、久々のお父様のご帰還よ? アイヴィーも浮かれるわ」
口元に上品な笑みを浮かべながらフォークで食べているポピー。
「そうだ、たまにはいいじゃないか。お前たちの話をもっと聞かせてくれ」
優しく笑みながら、娘たちを見ているダニエル。
(………………)
その様子を眺めているだけのアンジェ。
どこか他人事のような、別世界の光景のように思えた。
「ん……? なんだか外が騒がしいな……」
ダニエルは立ち上がり、窓の外へ向かう。
「なんだ……? 人がたくさんいる……? あれは、兵士か?」
「兵士……? こんな時間に?」
ポピーも立ち上がって窓に近付く。
「お父様の帰還を聞きつけて来たのかしら?」
デイジーが、アンジェのパンを掴みグラスの中に浸し、戻した。
アンジェしか見ていない、一瞬のできごと。
(……………)
水がしみて重くなったパン。
「……怖いわ……」
アイヴィーが不安そうに小さく呟いて、デイジーの近くに行った。
「……………」
アンジェはそのまま食事を続けた。
浸されたパンはもう食べられない。
美味しいのにもったいない。
「何か話しているようだ。私が行ってくる」
「わかったわ。私たちはここでお待ちしますね。二人が怯えているもの」
「頼んだ。まったく、こんな夜更けに無礼な……」
文句を言いながら食堂を出るダニエル。ポピーは笑顔で見送っている。
「大丈夫かしら……なんだか怖いわ」
「問題ないでしょ、例のあれよ。ほら、――死神王女の、アレ」
「……そうなのかしら………そうよね……」
アイヴィーとデイジーは抱き合いながら、アンジェに視線を向けた。
スープを飲みながら、アンジェも二人を見つめ返す。
「え……!? 入ってくる……!?」
ポピーは引きつった声を上げる。
「大変でございます、ポピーお嬢様方!」
ウィロウが転びそうになりながら入ってきた。
「皇帝陛下の近衛兵たちが……近衛兵たちが……!」
「近衛兵ですって!? なぜ!?」
スープを口に入れたまま、アンジェは固まる。
またガブリエルだ。聞きたくない名前。
ごくり、と口の中の物を飲んだ。味も香りもしない液体。
液体なのかも怪しい。とても喉も胸も苦しくなったからだ。
温かい食事をしていたというのに、既に身体の芯から冷たくなってくる。
震える指先、動かない脚。アンジェは、その場で震えた。
「ねえウィロウ、状況を教えなさい!」
「え、えっと確か……『小国の王女を妻に迎え、王家と密約を結んだ疑い』だとかで……」
「ねえ、お姉さま……それって……」
「ポピーお姉さま……?」
「少し黙りなさい。……大丈夫、大丈夫よ。だって、だって……そうでしょ?」
既に廊下から何人もの悲鳴が上がっていた。
そして、金属がぶつかる音。
いつも冷静で上品なポピーが髪の毛に手を入れ、かき回した。
緋色の赤い髪が、パラパラと落ちた。
「う、ううう……そんな……」
取り乱すポピーに、アイヴィーは不安が爆発したかのように泣きだした。
「だ、大丈夫よ、大丈夫、大丈夫だから……」
デイジーは更にアイヴィーを抱きしめ。茶色い髪をなでた。
「大丈夫、大丈夫だから泣かないで……」
慰めるデイジーの声は、震えて少し鼻声だ。
「問題ないわ。ありがとうデイジー、アイヴィーの面倒を見てくれて」
今度はポピーが二人を抱きしめ、デイジーの橙色の髪をなでた。
「ウィロウ、早くドアを閉めなさい!」
「は、はいポピー様!!」
棒立ちしていたウィロウが、はじけたようにドアを閉めた。
そして鍵をかける。
「やだやだ、怖い! 怖いよ!」
「アイヴィー泣かないで。ねえ、お姉さま隠れましょう。ここじゃあ……もし……」
「ええ、そうね。念のため、テーブルの下に移動しましょう。ウィロウはそこにいて。扉を守って」
「は、はい……!」
三人でテーブルの下に隠れる。
床に届くほどのマットが敷かれているので、三人の姿は隠れたようだ。
(……………)
テーブルに取り残されたアンジェ。
隠れなきゃ、と思うのに身体が動かない。
「……ここにいれば安全よ」
「そうよね、テーブルの下まで見ないわよね」
「……怖い、早く終わって……」
足元からひそひそと聞こえる声。
(……私も……)
隠れないと。そう思うのに、脚に力が入らない。
早く、早くと気持ちは急くのに。
アンジェがもたもたしているその間も、怒号や悲鳴は鳴りやまない。
不快な金属音。大きな音。
(……もう、それなら……)
早く終わってほしい。アンジェはそう強く思った。




